「CRYまっくすド平日:宇宙パトロールルル子 OP」 何もしなくていい、という時間も大切ですわ

「大変な目に遭いましたわ」

 唱子さんは、食後のかき氷をホチホチと食べていた。


 私も、チョコサンデーで一息ついている。


「さっきのはアクシデントだったけど、今日はいい思い出いっぱい作ろう。もう夏休みも残り少ないから、色々体験したいね」


「そうですわね。『CRYまっくすド平日』の気分で行きましょう」

 なんか、唱子さんが息を吹き返した。テンション高くなりそう! 


 五〇Mプールで競争する。しかし、私は唱子さんにまったく追いつけなかった。


「ぜえぜえ、唱子さんっ。インドアのクセして早いって!」

「色々と、習い事をしていましたので」


 聞けば、水泳教室にも入っていたらしい。肺活量を鍛えるためだったんだって。


 でも、唱子さんは得意げになることもなく、プールから上がる。

 

 パラソルの下で、昼食を取ることに。


 前から食べてみたかった、このプール名物のロコモコを頼んだ。


 一方、唱子さんはカレーライスか肉うどんか悩んでいた。


「じゃあさ、カレーうどんにしたら?」

「それですわ!」


 おつまみは、ねじれたフライドポテトとフランクフルトをシェアし合う。


「こんなにも長いポテトは、初めて見ましたわ!」


 長ーいポテトを指で摘みながら、唱子さんは驚きの声を上げる。


「何もしなくていい、という時間も大切ですわ。人生は、このポテトみたいに長いのですわ。焦らず、ゆっくり行きたいものですわね」

 年寄りみたいなことを、唱子さんは言う。どれだけ濃い人生を歩んできたのか。


「唱子さんは、張り合いがないとは思わない?」


「思いませんわ」

 きっぱりと、唱子さんは言い切った。


「夢を持てしまうと逆に縛られてしまう時があります。夢に関連するもの以外は意味がないと。本来は、意味がないものこそ、なにか教えてくれることがありますのに」


「ムダも大切ってこと?」



「今は空前の夢ブームで、『目的がない人はかわいそう』という意見が主流のようです。が、他人の夢を生きることのほうが、よっぽどかわいそうですわ」



 唱子さんの言葉は、重い。


 彼女はずっと、母親の夢を叶えるためだけに生活していた。

 

 しかし、その目的は自分のためになっていないと気づく。


 自分を見失っていることがわかった後、唱子さんは母親に反抗した。


「育ててくれたんですから、母を憎んではいません。ただ母に罪があるとすれば、自分の夢とわたくしの夢をイコールに考えてしまったことですわ」


 目的を失ったのに、なぜか唱子さんが清々しく見える。

 その理由は、こういうことなんだろう。


「お母様とは、今は?」

「夫婦間の仲は、決して悪くありませんわ。父とも度々、連絡を取り合っているようなので」


 本当に、唱子さんとだけ不仲なんだという。


「失礼だけど、毒親って感じではないんだね?」


 唱子さんも「はい」と答えた。


「嫌いというより、距離を起きたい、自立したいという気持ちが強いですわね。そのためなら、貧乏になっても構いませんわ」


 唱子さんの考えは前向きだ。逃げているんじゃない。


 きっと、死ぬときも前のめりなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る