「茜色が燃えるとき:ガングレイヴ ED」 ここは、わたくしの部屋ではございませんわ

 勉強会は、午前中だけで終了した。というのも、午後はやることがあるからだ。


「それにしても、すごいね。唱子さんのお部屋」

「ここは、わたくしの部屋ではございませんわ」

「……うそ?」


 唱子さんの部屋は、この階全部だという。

 この部屋は来客用のスペースだ。

 他にも、アニメを見るだけの部屋、寝るだけの部屋などもあるとか。


「わたくしのお部屋は散らかっていまして、とても人様にお見せできる状態では」


 全部で四室ある階を、まるまる専有しているなんて。


 唱子さんの家に来たのも、その部屋が目的であるのだが。


「はーい、お昼ごはんっすよ」


 お盆を持って、エルマさんがリビングに。


 チャーハンと冷やし中華という、ごくごく簡単なものだ。チャーハンだって、台所の残り物で作ったような簡素さである。


「おいしい! ホントに残り物で作ったの⁉」 


 信じられないおいしさだ。


「日本の食材が素晴らしいだけ」とエルマさんは謙遜するけど。


「どうして、エルマさんは日本に?」


「就職活動を兼ねた、留学っす。日本の技術を勉強して、外国に売り渡すっす」


 物騒な言い方をしているが、おおむね間違っていないだろう。


 着ているシャツや小物類から察するに、エルマさんは苦学生には見えない。


「気になります?」


「うん。いいところの子だよね、エルマさんって?」


 エルマさんは、私の問いかけに「イエス」と答える。


「こちらのエルマさん。実はわたくしよりお嬢様なのですわ」

「マジで!」


 私も亜美ちゃんも、同じリアクションをした。


「てことは、超セレブなん?」

「日本に住む外国人の留学生さんは、たいていお金持ちだったりしますわ」

「だよね。留学してくるくらいだもんね」


 亜美ちゃんが、納得する。

 長いこと海外に住むんだもの。先立つものがないとだよね。


「バイトして、こっちで暮らす感じなんですか?」

「下の階で住まわせてもらってるっす。だから、粗相はできないっすねー」


 ゆくゆくは、日本に永住するつもりらしい。


「社長さんには感謝してるっす。のんびりできるバイトをさせてもらってるので」


 食事が終わり、いよいよ本格的に部屋を借りる。


「では、こちらですわ」


 私たちは、一番壁際の一室に招かれた。

 この場所こそ、私たちお目当ての「演奏スタジオ」である。


「一時間だけなら、お貸しできますわ」


「ありがとう! お店が閉まっちゃって大変だったの!」

 亜美ちゃんが手を合わせて、唱子さんに礼を言う。


 バイト先のバーが改装工事に入り、使えなくなってしまった。

 他の練習場は高くて使えない。


 そこで、唱子さんの持つスタジオを借りることにしたのだ。

 他の利用者と入れ替わる合間だけだが。


 他のメンバーと合流し、亜美ちゃんが演奏を始めた。


「おお、『茜色が燃えるとき』ですか」


 亜美ちゃんは、文化祭でアニソンを歌う。その練習場を探していたのである。


「イマニ!」


 サビの一歩前で、エルマさんがジュースを持って立っていた。


 楽しそう。音痴だけど。

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