「ハルカトオク:宇宙よりも遠い場所 挿入歌」 絶妙なタイミングでかかったね

「あんたに辛く当たっちゃった。もう、仲良くなんてなれないよね」

「みどりちゃん」

「今までありがとう。優歌。それじゃあ」


 足を引きずるように、みどりちゃんは去ろうとした。


 私は、なんと声をかければいいのだろう。

 がんばれ? 白々しい。

 向こうでも元気でね? 自分の心から追い出すみたいじゃないか。

 


 そのとき、有線で『ハルカトオク』が流れた。『宇宙よりも遠い場所』の挿入歌だ。


 

「お待ちになって! 兵藤さん!」


 みどりちゃんが振り返る。


「わたくしは、優歌さんと少しの間だけお友達でしたわ。ですが、優歌さんの口から、あなたの悪口なんて聞きませんでしたわ!」


 唱子さんの言葉を聞いて、私のほうが驚いた。

 そうだったのか。自分でも気づいていなかった。


「うん。分かってる」

 振り返り、みどりちゃんは微笑んだ。

「だから、ワタシは優歌をキライになんてならない」


 みどりちゃんは、走り去ってしまった。


 

「済まないね。わがままな子で」

 一人残されたアニメ研の部長が、苦笑いを浮かべる。

「いえ。みどりちゃんと話す機会を与えてくださって、ありがとうございました」


「ここまできて、図々しいと思うけど、よかったら、ふたりともアニメ研に」


 部長から誘われ、私は唱子さんとうなずき合う。


「私たちには、もう居場所がありますので」


「そっか。じゃあまたね」

 アニ研部長が、自動ドアの向こうへ消えていく。


「お気をつけて」

 私は頭を下げて見送った。


「よろしくて? みんなでアニメのお話をする方が楽しいのでは?」


 私は、首を振る。

「唱子と一緒にいたい」


「ありがとうございます。優歌さん」


「それにしても、ハルカトオクが絶妙なタイミングでかかったね。思わず涙ぐんじゃった」


 涙を堪えるのに、必死だった。


「『これから茨の道を一人で進もうとしている友垣を見送る歌』として、『The Loneliest Girl』は、いささかしんみり過ぎるかと」


「『力を合わせて一緒にがんばろう』、って歌だもんね」


 アニメも、まったく接点のなかった者同士が、音楽という共通の頂点を目指す話だ。


 私は、みどりちゃんの決意は分かっても、みどりちゃんと同じ道を歩めない。


「気を落とさないでくださいまし。わたくしは、プロの道から逃げました。兵藤さんは立派ですわ」


「そうだね。私は、見送ることしかできなくて」


「なので、『元気でいってらっしゃいませ!』という曲を流していただきました。わたくしなりにエールを送ったつもりですわ」


「えっ、それじゃあ」


「はい。わたくしが店主に頼んで」


 そんなことまでできるんだ。



「ありがとう、唱子さん」


「いえ、わたくしにはこんなことしかできませんわ」


 それでも、すごくうれしい。


「私、唱子さんがともだちでよかった。これからも、よろしくね」


「わたくしも、優歌さんとずっとともだちでいたいですわ」

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