第二章 マイナーアニソンの夏

「セツナイロ:ゆゆ式 イメージソング」 わたくしにも不得意分野はありますわ……

優歌ゆうかさん。そこ、文法間違えてますわ。英単語をよく読んでくださいまし」

「あっと、ありがと唱子しょうこさん」


 中間までもう少しとなった。


 私は亜美あみちゃんとファミレスで勉強会をしている。

 エアコンが効いているからだ。

 コーチは、唱子さんが受け持つ。


「あーもう、つらたん」

 頭をかきむしりながら、亜美ちゃんが課題を投げ出す。


「しっかりなさいませ、亜美さん。中間で赤点を取ったら、部活禁止になるのでしょ?」


「そうはいっても、分かんないもんは分かんないよ」

 ドリンクバーを往復して、亜美ちゃんが野菜ジュースで一息つく。


「でも、だいぶはかどったよ。エライ亜美ちゃん」

「唱子っちのおかげだよ。助かる」


 私たちがほめたからか、唱子さんはにへらと笑う。

「わたくしなんて。みなさんのガンバリが実を結んだんですわ」

 といいつつ、唱子さんもカラオケを我慢して中間に望んでいることを、私は知っていた。


「ホントまじ完璧超人だよねー、唱子っち。苦手なものなんてあるの?」

「運動は、激しすぎると貧血を起こしますわ」


 言われてみれば、唱子さんが体育で好成績を叩き出した記憶はない。


「アニソンは完璧なのにね」

「そうでもないのです。わたくしにも専門外はありますわ」

「うっそ。だって知識豊富で」


 ゴン、と唱子さんが額をテーブルに叩きつけた。


「ど、どうしたの⁉」


 私が尋ねると、唱子さんが天井を指差す。

「え、なに、お化けいるの? おばけが怖いの?」


 テーブルに突っ伏したまま、唱子さんはブンブンと首を振る。


 正確には、指は天井隅に設置されたスピーカーに向いていた。


「ある意味、お化けですわね。あの方は」

 店で流れているメロディを指しているらしい。



「米津玄師?」


 スピーカーからは、『3月のライオン』のテーマソング『orion』がかかっていた。 


「ぼ、ボカロ曲は素人以下ですわ」

 そうだったんだ。

「コンピュータに、詳しくありませんの。ですから、あまり知らなくて。そのため、米津玄師の存在をノーマークにしていたなんて、とんだ失態を」

「どうして、また」

「マイナーソング探しに没頭していたせいで、VOCALOID系は数が多すぎてスルーしていましたの」


 ネットの普及によって、どれがメジャーでどれがマイナーか判断が難しい。ボカロ曲は特に。


「早い曲や難しい曲、ゲームのイメージソングなど、二次創作系が中心だったのも、わたくしが手を出さなかった要員でしたわ。わたくしがボカロを語ろうものなら、老害呼ばわりでしょうね」


 そこまで言わせるなんて。ボカロ曲は奥も業も深い。


「まだ、ボカロPが手掛けたアニソンなら、たいていは知っていると思ったのですが」


「『ゆゆ式』の曲とかは、キャラソン含めて全部がVOCALOID関係者が手掛けたんだよね」


「ええ。『セツナイロ』はOPでもEDでもないのに、人気ですわ」


 知っている楽曲の話題になったので、沈んていた唱子さんの顔が、落ち着きを取り戻す。


「ですが、そんな程度ですわ。『あーボカロPが作りましたのね』なんて認識しかないので、わたくしがボカロなんて語れないのですわ」


「そっか。完璧超人にも、苦手なものはあるんだね」

 亜美ちゃんが、ボールペンを取った。

「なんか自身湧いた。くよくよしてもしょうがないよね」


「その意気ですわ、亜美さん」


 二週間後、亜美ちゃんはどうにか学年平均七〇点を超えて、部の残留を果たした。

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