「夢を信じて:ドラゴンクエスト勇者アベル伝説 ED」 忘れもしない、二〇一三年紅白歌合戦!

 その昔、唱子さんは歌姫として英才教育を受けていたらしい。


「来る日も来る日も、『糸』、『糸』、『糸』! 毎日同じことばかり!」


 

「中島みゆきは、おキライ?」


 

「別に『糸』はいいのですわ! 『ネプテューヌ THE ANIMATION』でも声優さんのカバーで流れましたし! カテゴリやジャンルを超えて、愛されている名曲なのは分かります! でも、毎日同じことの繰り返しにうんざりしましたの!」



 唱子さんが九歳の時に、テレビで大会があった。

 収録時期は、年末だったという。



「母が指定した課題曲は、『壊れかけのRadio』、徳永英明の名曲です。でも、わたくしにとっては、テンプレでしかありません!」

 

 当時唱子さんは、「自分は死ぬまで、母の操り人形として生きるのか」と、絶望しているところだったのだ。


 人々の注目を集めていた少女とは思えない重圧を、彼女は抱えていたのである。


「今思えば、壊れていたのは私の心でしたわ。国民的名曲すら、愛せなかったのですから」

 


 

 しかし、唱子さんはその日、神を見たという。


 

「街頭テレビに流れていた曲に、わたくしは胸を打たれましたわ。忘れもしない、二〇一三年紅白歌合戦!」



 話を聞いて、私もピンとくるものがあった。


「ああ、『夢を信じて』がかかってたとき?」


 唱子さんが、ニコリと笑う。


「はい。わたくしは、ビリビリと電流が流れましたわ」



 誰しも、『壊れかけのRadio』、もしくは『輝きながら』か『レイニー・ブルー』を期待していただろう。

 ここで、まさかのテンプレ崩し。『ドラゴンクエスト 勇者アベル伝説』のテーマソングを。



「すぐにわたくしは、課題曲をその日に変更いたしました」


「私、その回見たよ。年始めの番組に出ていたよね?」


 そこには、『夢を信じて』を高らかに歌う、唱子さんがいた。


 一回戦負け。なのに、どうしてこの子は、こんなにも清々しい顔ができるんだろう。

 私は、疑問に思って仕方がなかった。

 そんな背景があったなんて。


「わたくしは、吹っ切れました。母と決別し、父のススメで別居いたしましたの。今は、父の持つマンションに、メイドさん数名と住んでいますわ」

 


「それで、人前で歌うのもやめちゃったんだ」


「はい」と、唱子さんはうなずく。


「コーラス部へ勧誘も受けましたわ。ですが、自分の歌いたいものを歌うことの楽しさを忘れてしまいそうで、断りましたの。これからは、盛大にワガママをしようと」


 スキなカラオケを歌いつつ、成績も落とさないでいるから驚きだ。

 

「決めましたの。高校は、特に放課後は怠惰に生きようと。もう誰かの操り人形はごめんですわ」


 唱子さんが、決意表明をする。


「その点、あなたのご両親は優しそうに思えますわ」


「そうかな」

 

 

「ええ。あなたの優しさは、きっとご両親の影響だったのですね?」

 

「ど、どうだろう」

 あまり、実感ないや。



「だって、見ず知らずの声優さんを祝ってらっしゃるわ」

 

 それに、と続きを言いかけて、唱子さんは黙り込む。


「どうしたの、唱子さん?」



「いいえ、なんでもありません。それより歌いましょ、優歌さん」

 

 その後、私たちは二時間の会合を終えた。


 でも、唱子さんは何を言いかけていたんだろう?

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