第39話 アバン王との戦い

 しかし、それは先ほどまでの怒りに身を任せたようなただの感情とは違っていた。

 リタはタバルの横を駆け抜け、もう一度ライリーの目の前に立ちはだかった。

 そして、目を閉じると心を落ち着かせるように長く息を吐いた。

(お母さん……少しだけ私に力を貸して)

 心の中でそう呟くと、覚悟を決めたように目を開いた。

「ライリー、こうべを垂れなさい。お前のあるじが誰であるか、今自分自身に問いなさい」

 幼い少女から発せられたその声に、そこに居た全員が息を飲んだ。

「その瞳に己の信念を映しだし、みずから呪縛の鎖を断ち切りなさい」

 小さく揺れ動くライリーの瞳を真っ直ぐ見据えながらリタは続けた。

「お前は何を守り、何を誇りとするのか問いなさい」

 すると、ライリーは内なる何かを抑え込もうとするように徐々にもがき始めた。

 そして、そこにいた全員がその不思議な光景を目撃したのである。

 ライリーはゆっくりと大きな翼を広げ、リタに向かってこうべを垂れた。

 瞳は真っ直ぐ自分のあるじを見つめ、静かに翼をとじて起き上がった。

 その時の変化をリタやダイモーンたちは知らなかった。

 しかし、アバン王やその側近たちは、目の前の少女の瞳があかく光り輝いていくさまを目撃していたのだ。

――それは、リタとライリーの主従関係が生まれた瞬間であった。

 そして、はまさに一瞬の出来事であった。

 宙を舞う刃のきらめきがリタの横を通り過ぎ、アバン王の肩に突き刺さったのである。

 今まで静まり返っていた戦場に戦慄せんりつが走った。

 アバン王の側近たちは何が起こったのか分からず、目を見開いて剣の突き刺さったあるじを眺めていた。

「今俺たちのかせはとれた。傷を負ったあるじを抱えて戦う覚悟はあるか?」

 剣を投げた人物は有翼馬に乗り、リタの横に躍り出た。

「いくら一国の王だろうと、血が流れるさまを一興と呼ぶやつに俺たちは情けをかけない」

 ヴェリエル率いる天使の子孫たちがざっとアバン王を囲んだ。

「俺たちの刃はお前に通るぞ、アバン王」

 ヴェリエルはそういうと、傷口を押さえながら馬にしがみつくアバン王を見下ろした。

 アバン王は悔しそうに顔を歪め、やがて撤退の命を叫んだ。


 撤退していくアバン王たちの後ろ姿を眺めながらリタはその場に座り込んだ。

 すると上から言葉が降ってきた。

「よう、お嬢ちゃん! かっこよかったぜ」

 声がした方を見上げると、頬から血を流した知らないおじさんがそこにいた。

 リタはぽかんと口を開けてそれを眺めていた。

 そんな様子をみて、ヴェリエルは豪快に笑ってみせた。

「ああ、すまない、俺はいつも挨拶が遅れるんだ。俺はヴェリエル。天使の子孫だ」

 ヴェリエルはそういうと馬からひょいと飛び降りて、挨拶をするようにリタに手を伸ばした。

 しかし、その手をはばんだのは大きな漆黒の翼だった。

 ヴェリエルは一瞬驚いてライリーを見上げると、またもや豪快に笑い出した。

「はっはっは、あるじを守っているのか? もうお前は立派な飛竜だ! だが、俺は敵じゃない。お前のあるじと仲良くさせてくれ」

 そう言いながら、ヴェリエルが優しく翼を撫でると、ライリーは不思議そうに首をかしげて翼をとじた。

「リタ!!」

 そんな2人の間に割って入り、リタを力強く抱きしめたのはルアンナだった。

「リタ! 無事でよかった! 本当に良かった!」

 ルアンナは涙を流しながら、何度もリタの名前を呼んだ。

「ルアンナ……心配かけてごめんなさい。それにずっと看病してくれてありがとう。ずっとそばに居てくれてたの分かってたよ」

 リタはルアンナを抱きしめ返しながら肩に顔をうずめた。


 差し出した手の行き場を失いつつ、そんな2人のやり取りを眺めていたヴェリエルにジョナは声をかけた。

「今回は本当にあなたたちに救われた。あなたたちが居なければ、俺たちはアバン王に追われ、大切な飛竜まで失うところだった。感謝してもしきれない」

 ジョナはヴェリエルとその後ろにいる天使の子孫たちに深々と頭を下げた。

「いいんだ、そもそも俺たちの祖先が事の始まりなんだから。それに、天界を捨て、共に地上に降り立った仲間を救うのは当たり前のことだ」

 ヴェリエルはそういうと穏やかに微笑んで見せた。

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