第5話 毒殺劇
アッサム 「僕の身体は毒を無効化する。ゆえに死なない(観客に向けて)」
ミルク 「み、皆、止まっている」
アッサム 「僕が、超能力で時間を止めたのです。動けるのは、僕と君だけだ」
ミルク 「時間を……」
アッサム 「ええ。といっても、それほど長くは止めていられない。じきに、また
時間は流れ始めます。ミルクさん、貴女まだカップに口を付けていま
せんね。ちょうど良かった。僕が合図をしたら紅茶を飲んで下さい。
合図はそうですね、ウィンクにしましよう。そして飲んだら倒れて下
さい。倒れたら、決して動かないで下さい。死んだ振りをお願いし
ます」
ミルク 「え?」
アッサム 「大丈夫。今に判ります」
ミルク 「何だか良く判りませんが、やってみます」
アッサム 「(少し低い声で)モドリッキム、ナガレアル」
アッサム、人差し指を上に、親指を横にして手でL字を作り、天に掲げ、ゆっくりと下ろす。
再び、時間が流れ始める。(皆、動き出す)
ローズ、紅茶を飲む。(ローズはカップに口許まで近づけて止まっている状態から動き出すので)
女 「の、飲んだ。飲んだわよ」
男 「ああ、馬鹿め。何も知らずに飲みおった」
男と女、数秒ローズを観察。当然のことながら、ローズに死ぬような変化はない。
女 「し、死なないわよ」
男 「おかしいな。何の変化もないぞ」
この男と女の会話中に、アッサム、観客の方を向いてピース(ただし無言)
ローズ 「どうかしました」
女 「あ、いや」
男 「な、何でもない」
女 「ちゃんと、毒入れたの?」
男 「もちろんだ。きっとまだ溶けきっていないからだ」
ローズ 「それにしても、美味しい紅茶だ」
アッサム 「本当ですね。とても深みのある味がする。ミルクさんも遠慮なさら
ずに。(ウィンク)」
ミルク、小さく頷いて、紅茶を飲む(それまでは、使用人として遠慮して飲まないこと。
※あとで、御主人・奥方に叱られるを怖れて)。
ミルク、カップを置いて(割れると後始末とか面倒なので置くことに)、すぐに喉を押さえるなど苦しんでいる感じを出しながら、倒れる。
一同、驚く(アッサムも振りで)。
男 「ミ、ミルク」
女 「ちょっと、お前」
ローズ 「ミルクさん」
アッサム 「ミルクさん」
一同、立ち上がったり、駆け寄ったりして心配。
アッサム 「こ、これは……。し、死んでいますね。毒を盛られたのでしょう。
おそらく青酸カリです」
ローズ 「な、何だって。……本当だ。脈がない」
女 「そ、そんな」
男 「な、なぜミルクが。と、とにかく人工蘇生を試みよう」
アッサム 「待って下さい。ミルクさんは毒物を飲んで倒れている可能性が高い。
人工呼吸も心臓マッサージもやめておいたほうが良いでしょう」
ローズ 「そうだな。でも、このまま冷たい床の上に彼女を置いておくのは忍
びない。せめて寝室まで運んであげましょう」
暗転。
(ミルクを下手に捌けさせて)明転。
ローズ 「ああ。どうして可愛い人の命はこんなにも儚いのだろうか。……さあ、
それでは皆さん、考えましょうか」
男 「何をだね?」
ローズ 「決まってるでしょう。誰が犯人かをあぶり出すために、知恵を絞る
のです」
男 「そんなの警察を呼んだ方が」
女 「待って、警察はまずいわ。この前の義父様殺しが、せっかく自殺とし
て処理されたのに、今回のことをきっかけに再捜査されるとやばくな
るかもしれないじゃない」
男 「う、うむ。それはそうだな」
ローズ 「どうかしましたか?」
男 「い、いや何でもない」
女 「ね、ねえ。それより、他殺と決めつけるのは早計じゃないかしら。
自殺だった、ということも十分考えられるんじゃないかしら?」
男 「そうだな。安い賃金でこき使っていたからな。苦しかったんだろ」
ローズ 「そんなに追い詰めていたんですか?」
男 「い、いや、今のは、言葉のアヤだ。と、とにかく、自殺ってセンもあ
るんじゃないのか?」
ローズ 「自殺の可能性は低いでしょう。わざわざ人前で自殺しようと考える
人なんて滅多にいませんし。それに、ミルクさんが同席したのは彼女
の意志ではなかったはずです」
アッサム 「成程。ではローズさんはこの中に犯人がいるとお考えで?」
ローズ 「ええ。そうです」
(男、女、ちょっとローズらから離れたところで~)
女 「ミ、ミルクはあなた殺してないわよね」
男 「ああ、もちろんだ。殺そうとも考えていなかった」
女 「と、いうことは、あの二人のうちどちらかが犯人」
男 「いやいや、共犯かもしれん」
ローズ 「(近づいて)どうかしましたか?」
男 「あ、いや。……オホン。犯人は君たちのうちのどちらかじゃないの
かね?もしくはグルとか」
女 「そうよ。だいたい職業からして、超能力者に探偵だなんて、真っ当
じゃないわ。怪しすぎる」
アッサム 「痛いトコロついてきますね」
ローズ 「ははは。……全く」
アッサム 「でも、僕たちは犯人ではありませんよ」
ローズ 「ええ、もちろんです(頷く)」
男 「なぜそう言えるのかね?」
ローズ 「それには私が答えましょう」
ローズ、紅茶を一口飲み、倒れる。
男 「おお、やった。今度こそ毒が効いたか」
女 「やったわ」
ローズ、むっくりと起き上がる。
ローズ 「何てね。ところで、何が『やった』のですか?」
男 「あ、いや」
女 「わ、悪い冗談はやめて下さい」
男 「そ、そうだ。とっても心配したんだぞ」
ローズ 「本当ですか?」
男 「ほ、本当だとも。な、なあ」
女 「え、ええ。そうよ」
ローズ 「そうですか。では話を進めましょう。ところで、なぜ、先程私が紅
茶を飲んでも死ななかったのか。判りますか?」
女 「不死身だから?」
ローズ 「いえ、毒が入っていなかったからです」
男 「私は毒を入れたぞ」
女 「バカ」
ローズ 「この事件は無差別殺人ではないのです。犯人は紅茶にではなく、ミル
クさんのカップにあらかじめ毒を塗っておいたのです。だから、彼女
だけが紅茶を飲んで倒れた」
アッサム 「おお、いい推理ですね」
ローズ 「それから、紅茶だけでなく、これも大丈夫でしょう。(バウンドケーキを指す)アッサムさん、食べてみて下さい」
アッサム 「(食べて)うん、デリシャスです」
ローズ 「先程、アッサムさんも言われたように、私たちは犯人ではない。な
ぜなら、私たちにはミルクさんのカップに毒を塗ることができない。
彼女がどのカップを使うのかさえ知らなかったのですから。そして、私
たちが殺したのではないとすると、犯人はあなた方二人のどちらか、
あるいは共犯」
男 「ちょ、ちょっと待ってくれ。ミルクを同席するのを提案したのは君
だったはずだぞ。怪しいのは君だ」
ローズ 「私の提案が無くとも、いずれあなた方が呼び出したでしょう。口実
は何とでもなる。彼女はメイドで、あなたがたは雇い主なのです
から」
男 「証拠は、証拠はあるのか。私たちがミルクを殺したという証拠」
女 「そ、そうよ。私たちは本当に殺ってないわ」
ローズ 「この屋敷では先程話したように、以前も毒で人が死んだ。そう、あな
た方の父がお亡くなりになった。あの事件は他殺の疑いがあります。
そして今回の事件。二つの事件は重なる点があります。同じ屋敷での
犯行。青酸カリによる中毒死。犯人は同一犯であると考えられる。
そしてこの犯人はまた殺人を犯すかもしれないし、何よりも、犯行
に用いた青酸カリをまだ処分しきれてないかもしれない。屋敷内の
どこかに一時的に隠してあるか、もしくはまだ所持しているか。どち
らかでしょう」
男 「持っとらん。持っとらんぞ。毒なんか持っとらん」(ワザとらしく
見える感じでポケットから毒の入った小瓶を見せる)
ローズ 「成程。そこですか」
女 「バカ……」
男 「う……。持っとらんっていったら持っとらん」
ローズ 「さて、どうやってアレを取り出そうか……。ふむ、困った。私では体
格的に力づくは難しそうだ」
アッサム 「お手伝いしますよ、ローズさん。……時間よ止まれ。トマレロリン、
トマレロミン!」
男と女、ピタッと動きを止める。
ローズ 「こ、これは……。二人の動きが止まっている!」
アッサム 「僕が時間を止めたのです」
ローズ 「成程……。超能力というわけですか、便利ですね。それで、どれくらい持ちます?」
アッサム 「残念ながらあと数秒しか……。さあ今のうちに」
ローズ 「ええ、判ってます。ご協力感謝しますよ」
ローズ、男のポケットから毒を取り出し、男の手に握らせる。
アッサム 「さあ、また時間が流れ出しますよ。モドリッキム、ナガレアル」
アッサム、また例の仕草をする。
時間、また流れ始める。
ローズ 「その手にあるものは何ですか?」
男 「な、何じゃこりゃあ!」
ローズ 「毒……、ですね」
男 「ど、どうして」
女 「な、何やってんのよ、あなた」
男 「し、知らん、知らんぞ。何で手に持っているんだ」
ローズ 「言い逃れはできませんよ」
男 「く……」
男、女うな垂れる。
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