第4話 開演

怪しいのはアッサム役の沖田蓮二ではないだろうか。

暗転した時にミルクを運んだのは彼だ。舞台袖に行くまでに、ミルクの口の中に毒を押し込めば五月遊貴子を殺害できる。

早速、この推理を葉織に聞かせてみる。

凄いよ、ナイスだよ、お手柄!という反応を期待していた柚木だったが、彼女は冷静に、「それはないと思うよ。誰だって口の中に勝手に異物を入れられそうになったら抵抗するでしょ。それに、鑑識結果によってミルクの紅茶から毒物が検出された。つまり犯人がアッサムだと仮定すると、その方法を使ったなら、彼はミルクに毒を盛って殺害し、警察が来るまでの間にミルクのカップに近づき、毒を入れたことになる。ミルクに毒を盛るだけでも大変なのに、そんな疑われるような行動もとらないといけない。可能性は極めてゼロに近いね」と一蹴された。

だめだ。判らない。糸口が掴めない。頭を抱えてしまう。

少し目先を変えてみよう。


――そうだ、と思いついた柚木は、

「動機だ。動機ですよ、葉織さん。こうなったら最も五月遊貴子を殺したいだろうと思われる人物に焦点を当てて、もう一度DVDを見直したり調査したりすれば」と提案してみたのだったが、途中で遮られてしまう。

「ううん。それは方向が逸れてしまっているよ。誰が一番殺意を内に秘めていたかなんて、犯人にすら判らないことだよ。そう、深い動機があるが犯人とは限らない。ちっぽけな動機でも、人を殺してしまう人はいる。そもそも動機というのはね、容疑者候補を揃えるという点ではとても有効だけど、容疑者を一人に絞るには向かない要素だよ。そして、今回のケースでは既に容疑者候補は出揃っている。さらには、犯行状況、犯行時間がどの瞬間か、とまではいかないけれど、非常に狭い範囲であることは明らか。だから、この事件解決の切り口は『どういった手段で、どのタイミングでミルクの紅茶に毒が入れられるのか』で合っているよ。」

 

葉織の云う通りだ。事件から一日経過して、証拠物のDVDを一回見ただけで音を上げてて刑事が務まるか。張り切り過ぎて少々、肩に力が入っていたようだ。焦りは事件の早期解決には繋がらない。深呼吸しよう。「すー。はー」

そんな柚木を尻目に葉織は、静かに脚本の冊子を開く。

紙ずれの音に気づいた柚木は、彼女に倣うことにした。


○△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽▽△▽○


星都大学演劇部 【シャッタースピード】第五十一回公演

『名探偵ローズ~苦味を帯びたミルクティー~』



〈キャスト〉

ローズ       椿山賢一

アッサム      沖田蓮二

男(レモン)    阿久津三郎

女(レモン夫人)  四条真美子

ミルク       五月遊貴子

刑事(姉御風)   六條理沙


〈スタッフ〉

音響        七見朱実

照明        染乃剣八

衣装        九重歩美

演出・脚本     雨上零


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


ミルク、メイドの仕事。下手から登場。

まずは、テーブルの上に紅い薔薇が一輪生けられた花瓶(細くて一輪挿し向けのもの)を置く。


上手から、男(レモン)と女(レモン夫人)が現れる(ふたりはどこかに出掛けて帰ってきた)。


ミルク  「お帰りなさいませ、旦那様、奥方様」

男    「うむ」

女    「(テーブルの上を指で軽くなぞって)あら、まだできてないみたいね。

      ミルク」

男    「この愚か者!テーブルを拭いておけと言いつけておいただろ。このウ

      スノロ。早くやらんか」

ミルク  「申し訳ございません。今すぐに」


ミルク、一度下手に捌け、ふきんを持ちすぐに戻ってくる。そしてテーブルを拭く。そのミルクの所作を、男と女は軽く睨みつけるような感じで見る。


男    「それが終わったら、次はお茶の準備だ。いいか、ローズティーだぞ」

女    「あら、あなた。今日だったかしら?あのローズとかいう探偵が来る

      のは」

男    「ああ、そうだ。それに、アッサムも招待してある」

女    「アッサム?」

男    「ほら、あのカルト人気のある超能力者だ」

女    「思い出したわ。そういえば、テレビでちらっと顔を見たことがあ

      るわ。何を考えているのか、掴みどころのない男ね」

男    「メイドを雇う生活。特別な客人を招いてお茶をする。――貴族みた

      いでいいと思わないか」

女    「ええ、素敵だわ。これも、先日、お父様(女から見たら義父)を自

      殺に見せかけて殺したおかげね。莫大な遺産と保険金が手に入っち

      ゃった」

男    「はっはっはっ。それはそうと、あれ以来、また人を殺してみたくな

      ったぞ」

女    「あなたってホント悪い人。人を殺めることに愉みを覚えてしまった

      のね」

男    「ああ。今度は身内ではなく、変わった人物を殺りたいのだ」

女    「ふふふ、そう。……今日殺すんでしょ。で、どっちを殺すの?ロ

      ーズ?アッサム?」

男    「両方とも殺してみたいが、それは流石に難しい。……そうだな、と

      りあえず狙いはローズだ。薔薇は散りゆく様が一番美しい。(ミルク

      に向かって)ミルク、ちゃんと綺麗にしとけよ」

ミルク  「はい」


男、女、下手へ捌ける。

ミルク、拭き掃除を終え、一度下手に下がる(ふきんをしまってくる)。

アッサム、上手から何の脈絡もなく登場。椅子に座る。

ミルク、下手から戻ってくる。


ミルク  「わっ。誰ですか!いきなり!」

アッサム 「(立ち上がって)アッサムです」

ミルク  「あ、あなたがアッサム様。……ってどこから入ってきたのですか?旦

      那様は戸締りにうるさい方ですから、門扉も玄関も閉まっていたと

      思いますが」

アッサム 「おや、僕のことをご存知ないのですか?超能力者ですから、どんな施

      錠も僕の前では無力。簡単に開けてしまいます」

ミルク  「そうですか。でも、正式にご招待しているのですから、そういった

      真似はしてほしくなかったです。次からは呼び鈴を鳴らして下さいま

      せんか」

アッサム 「わかりました。そう致しましょう。次があれば」

ミルク  「次が?」

アッサム 「あ、いや失礼。僕には少し先の未来が見えてしまうのです」


ローズ、手に薔薇を一輪持って上手から登場。


ローズ  「(アッサムに向かって)それが本当だとしたら、君はとても魅力的な

      人物だ。私の助手に欲しいくらいだよ。(ミルクの方を向いて)

      でも、僕の瞳には貴女の方が魅力的に映る」


ミルク、またしても突然入ってきた客人に戸惑いを見せるが、すぐに落ち着きを取り戻すように努める。


ミルク  「もしかして、あなたはローズ様ですか?」

ローズ  「ご明察です。たいした推理力だ。いや、これも名探偵ローズの名声が

      高まっているからか――」

ミルク  「いえ、今日、御招待させて頂いてますのは、お二人様だけですから。

      それより、一体どうして」

ローズ  「鍵が、空いていたからね」

ミルク  「……すみません、ローズ様。次からは呼び鈴を鳴らして下さいませんか。私がお迎えに参りますので」

ローズ  「オーケー。君の言葉を受け入れよう。ところで君、名前を教えてくれ

      ないかい?」

ミルク  「(アッサム、ローズの二人に向かって)紹介が遅れました。私、レモ

      ン家にメイドとして仕えております、ミルクと申します。以後お見知

      りおきを」


ローズ、「ミルクか。いい名前だね」と言いながら椅子に座る。

男、女、下手から再登場。


女    「ミルク!どこにいるんだい、ミルク!」

男    「何だ、まだここにいたのか。おお、もうお客様がお見えじゃないか」


ローズ&アッサム、立ち上がる。


男&女  「今日はようこそおいで下さいました」

女    「(ミルクに向かって)早く、お茶をお持ちして」

ミルク  「かしこまりました」


ミルク、下手へ。

一同、簡単な挨拶を交わしてから座る。


男    「今日は、あなた方とささやかなお茶会ができて嬉しいかぎりです」

女    「ほんとうですわ」

ローズ  「お褒めに預かり、光栄です」

アッサム 「どうも」


ミルク、下手から紅茶セットを台車に乗せて持って来る。


ミルク  「失礼致します」


ミルク、紅茶を淹れてカップを配る。(この間、テーブルの面子は間を空けず、ア

ドリブで会話をしている)ミルクの所作を、ローズは目線で追う。


女    「そうだ、アッサムさん。あなた、凄腕の超能力者なんでしょ。何か

      見せて下さらない?」

男    「それは名案だ。是非見たい」

アッサム 「申し訳ありませんが、それはできません。僕の能力は人に誇示する

      ためにあるのではありませんから」

女    「あら、残念。でも、たまにテレビに出て、やってらっしゃるじゃ

      ない?」

アッサム 「あれは仕事と割り切ってやっているのです。食べていくために仕方

      なく」

女    「(ちょっと不機嫌な感じで)そう」

男    「ふん。そもそも、超能力なんて本当に持っているのか?」

ローズ  「まあまあ、お二人。察してやりましょう。彼は萎縮しているのですよ。

      どんな超能力を披露しても、この名探偵の前だと、たちまちタネを解

      き明かされてしまいますからね」


男、女、はははと頷く。


女    「そうだ。では、ローズさんの話をお聞かせ願いたいわ。鮮やかに事

      件を解決した話」

男    「はは、そうだ。私も聞きたい」

ローズ  「そうですね。それじゃあ、ある泥棒さんの話を」


ローズ、わざわざ立ち上がって、自己陶酔している感じで、周辺を軽く歩き回りながら話

す。


ローズ  「ある日、私は一人の女性に出会いました。この薔薇のように気高く、

      優美な私でさえ、不釣合いと感じてしまう人。とても綺麗で、品の

      ある、天使のような人でした。……でも、ある日盗まれてしまいま

      した」

男    「盗まれた?何か事件に巻き込まれたのですな」

女    「はっ、まさか誘拐事件」

ローズ  「いえ、彼女に、男ができたのです。……私のことは眼中になかったよ

      うです。近くにいたのに」

女    「……それってただのローズさんの失恋の話じゃないですか」

男    「何が泥棒の話だ」

アッサム 「ドンマイです」


ローズ、むっとして、一~二秒間程アッサムを睨む。


ローズ  「泥棒ですよ。盗まれたのですから、私の心が」

男    「そんな話より、ちゃんと推理して謎を解いた事件の話をしてくれます

      かな。殺人事件の話とか」

ローズ  「そんな話……。ま、まあいいでしょう。でも、せっかく私が話すの

      です。聞き手は多い方がいい。あの、なんといったかな……。そうだ、

      確かミルクさん。あの娘もここに呼びましょう」

女    「そんな、メイド風情と、私たちが同席なんて」

男    「ちょっと待ちなさい。どうやらローズはミルクに惚れているようだ。

      彼女が居た方がローズに隙が生じる。そこを狙って、この毒をロー

      ズの紅茶に入れれば……」

ローズ  「どうかしました?」

男    「あ、いえ、おほん……。では、ミルクも呼びましょう。ミルク、ミ

      ルク。ちょっとこちらへ来なさい」


ミルク、下手からやってくる。


ミルク  「お呼びですか、旦那様」

男    「うむ。ミルク、お前も同席しなさい」

ミルク  「よ、よろしいのですか?」

男    「ああ、今日は特別に許そう」

ミルク  「ありがとうございます」

女    「お前も自分のお茶を淹れなさい」

ミルク  「はい」


ミルク、自身の紅茶を淹れ、ローズの(観客席から見て)左隣に座る。


ローズ  「ではお話しましょう。これは解決した事件……、というより、解決

      直前の事件ですが。先日、この近辺で、六十歳代の男性が紅茶を飲

      んで亡くなってしまいました。死因は紅茶に混入していた青酸カリに

      よる中毒死。警察は、遺書が見つかったことなどから自殺として処理

      したそうです」

アッサム 「あ、その事件、僕も新聞で読んだことがあるかもしれません」

女    「まさか、あなた」

男    「父親を殺したこととダブルな。まさかとは思うが、感づかれていると

      すると、まずい」

女    「今のうちに毒を盛って、奴を殺してしまいましょう」

男    「そうだな。まずはローズを殺らねばな。アッサムも後で片付けてし

      まうとしよう」

ローズ  「しかし、真相は自殺ではなかった。男性の死には不可解な点が幾つ

      かあったのです」

アッサム 「へえ。例えばどんなところです?」

ローズ  「大きくは二つ。まず一つ、残された遺書がワープロ書きだった点。

      被害者の盆栽関係の友人の話では、被害者は手紙などはいつも手書

      きであったとのこと。そしてもう一点。ゲートボール仲間の友人の話

      では、被害者は普段良く飲むのは緑茶で、紅茶は人に勧められない

      限り滅多に飲まなかった。……そこで私はこう推理しました。男性

      は誰かに紅茶を勧められて飲んだ。その誰かに毒を入れられている

      とは知らずにね。結果、命を落とした。そして犯人は遺書をこしら

      えて、自殺に見せかけた」


ローズ、右記の長ゼリフを自己陶酔している感じで。途中で、カップをつまみ上げる。

男、その間に廻りこんでローズの近くに行き、カップの中に毒を投入(ローズは自分に酔っているので気づかない)

ローズ、長ゼリ終わってカップを口許に近づける。男と女、抑えた声で「よし、飲め」「飲め」と言う。


アッサム 「時間よ止まれ。(少し高い声で)トマレロリン、トマレロミン!」


アッサムとミルク以外、静止。


アッサム、ローズのカップを自分のカップと取り替えて、紅茶を飲む(要するにローズの紅茶を飲む)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る