第224話 地獄の幕開け
浦佐企画・参加者僕、井野さん、浦佐の二徹ゲーム大会を翌日に控えたシフトの休憩のタイミングのこと。僕はコンビニで買ってきた菓子パンをパクパクと食べていると、どこかウキウキな様子の宮内さんがスタッフルームに入ってきた。休憩は僕ひとりしかいないので、スタッフルームには僕と宮内さんだけだ。
「……ど、どうしたんですか宮内さん。そんなに気分よさそうにして」
「あ、太地クンいいところに。休憩終わったら五分貰えないかしら。話しておきたいことがあるのよ」
「今できるなら今しちゃってもいいですけど……僕の休憩終わりってことは、宮内さんの退勤時間ですよね」
「あら、いいの? 休憩中に仕事の話するのあまり気が進まないんだけど」
「五分で終わるなら構いませんよ」
僕は菓子パンの最後のひとかけらを口に放り込んで、宮内さんの話を待つ。僕がパンを飲み込んだのを見てから、
「今日、ウチのアルバイトに応募してきた子がいてねえ? 高校生の男の子なんだけど」
「は、はあ」
「太地クン、面接に同席してくれないかしら?」
「……はい?」
今、なんておっしゃいましたか?
「え、なんで、僕? っていうか、僕バイトですよ? しかもあと一か月で辞める」
「まあ、あまりケースはないんだけどねえ? でも、太地クンくらいの経歴になると、そういう社員がする仕事に同席してもらったりとか、任せたりもできるようになるんだけど」
「いやいやいやいや。さすがに荷が重すぎますって」
しかも面接って。面接って。僕ごときが人様を選別しろと? 無理があるんじゃ……。
「大丈夫よお。別に百パーセント太地クンに決めてもらうわけじゃないわ。ただ、次の夜番の軸になるかもしれない子だから、一度太地クンにも見てもらったほうがいいかと思って」
「……それは、まあ……」
「多分井野さん浦佐さんの世代が、次の夜番の黄金世代になると思うわ。そろそろ水上さんも含め、ふたりも昇給させるつもりなんでしょ?」
ニコリと穏やかな笑みを見せた宮内さんは、手にしていたいくつかの商品が入ったかごをテーブルに置き、僕の斜向かいの席に座る。
「……え、ええ」
昇給のご相談はまだしていないはずなんですが……。気づかれるものなんですね、さすがです宮内さん……。
「それはともかくとして。早いうちにそのふたりの世代の次も育てておきたいのよ。でないと、四月からみたいに、ベテランが辞めるときにお店がパンクしちゃうわ」
「ま、まあ……そうですね……」
「でも、ここのバイトって、よくも悪くも癖が強いじゃない? ワタシも朝・中番の雰囲気は完全に把握しているつもりだけど、夜番はそうもいかないわ。閉店までいない日のほうが多いから。癖が強い雰囲気に馴染める子かどうか、夜番をよく知る太地クンに判断してもらいたいのよ」
なるほど、言いたいことの筋は通っている。あのカオスな職場、もたない人は三日ともたないと思う。
「……それなら、小千谷さんでもいいんじゃ。歴はあの人のほうが長いですよ?」
「虎太郎クンは正直こういう仕事は向いてなさそうよ。大雑把な性格しているし」
……小千谷さん、こういうところはやっぱり信用されてないんですね……。
「……わ、わかりました……同席はしますけど、期待はしないでくださいよ……? 所詮、ただの学生のバイトであるのには変わらないんですから」
「ありがとうー、助かるわあ。それじゃあ、ワタシと太地クンがいる日に面接持っていくから、日付決まったら教えるわ。よろしくねえ」
「は、はい……」
そこまで言うと、話は終わったみたいで、再び上機嫌そうにルンルンとステップを踏みながら宮内さんはさっきのかごを持って、スタッフルームに置いてあるパソコンに向かいあった。
……さ、最後の最後に、どでかい仕事が舞い込んできたよ……。まあまあ責任が重たい。いや……別に僕が決めるわけではないわけだし、気楽にいこう、気楽に……。うん。
なんてことがあった翌日。朝の十時。水上さんから「わかってはいると思いますが、間違いがあったら駄目ですからね」というラインを頂いて、僕は自宅に井野さんと浦佐を迎えた。……あと、「おふたりには、色々とお世話にもなったので、特別です」という、追記も。
「お邪魔するっすー」「お、お邪魔します……」
もう何回目かわからないくらい、この後輩たちも家に上げたけど、今までで一番、荷物の量が多いかもしれない。……そりゃそうだ。二徹が確定しているってことは、要するに二泊三日で僕の家に泊まるってことだ。着替えとかその他諸々必要にもなるだろう。……もしかしなくても、僕らって馬鹿なのでは?
「いやー、太地センパイの家来るのもなかなか久し振りっすねー」
部屋に入って、真っすぐ僕のベッドに荷物とともにダイブする浦佐。こういう礼儀がなってないところは変わっていない。
「そ、それに、部屋の隅に置かれている缶ジュースの山って……何ですか? 八色さん……」
それとは対照的に、大人しくテーブルの横に女の子座りで位置を取った井野さんは、テレビ台の横にそっと置いてあるブツの山を指さして震えた声で聞いた。
「……え? 魔剤だけど? 二徹するんでしょ? 必要かなあって思って」
その数二ダース。つまり二十四本だ。ひとり八本は飲める。
「ひっ、ひぅ……も、もしかして……少しも寝ずにゲームをし続けるんですか……?」
ごく自然な疑問だと思う。でも、浦佐はあっけらかんとした様子で答えては、
「さすがにそれは目が死んじゃうっすし、体にも悪いっすから、休憩は挟むっすよ。ご飯と、お風呂と、トイレのときくらいに」
「……そ、それ以外には……」
「へ? 何言ってるっすか円ちゃん。センパイの家で三徹したいなら、それでも構わないっすけど、結構ちゃんと真面目にやらないと、金鉄百年なんて終わらないっすよ?」
井野さんにトドメを刺す内容の言葉を放つ。実際百年プレイって終わらないんだよね。
「……う、うう……。わかったよ……浦佐さん……」
「大丈夫っすよ。三食で一時間、トイレを三十分。お風呂をひとり三十分と仮定すれば、一日に三時間の休憩は取れるっすから。それだけ休めば十分っすー」
……それ本当か? 本当なんだろうな。二十一時間ゲームして休憩は三時間でいいとか、どこの都市伝説だ? 絶対に真似しちゃいけないことに決まっているよねそれ。
……って、突っ込みたくもなったけど、もとはと言えば僕が発端なので、この場で指摘は入れないでおく。
「ささっ、早速っすけど、ゲーム始めるっすよー? あっ、あと一応ゲーム画面と音声録音させて下さいっす。実況動画の素材になるかもっすから」
「……そこらへんはお好きにしてください。僕らが動画に出演しないなら」
「オッケーっすー」
ベッドの上で寝そべりながら、恐ろしいほど速い手つきで各種コードを接続していく。テレビとか、パソコンとか、色々なコードが浦佐の周りには並んでいる。
僕はその間に、テーブルの上に「普通の飲み物」であるお茶とコップ、さらには個包装されたチョコレートやビスケットの詰め合わせを広げる。……少しでも健康でいるために、最善の努力は尽くすつもりだ。ははは……。
「よしっ。それじゃあ始めるっすよー」
各員それぞれコントローラーを握って、これから始まるであろう地獄に向けて覚悟を固める。……いや、浦佐はむしろ楽しんでいるか。
こうして、血と涙が流れる二徹金鉄チャレンジは、幕を開けた。
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