第223話 久しぶりの高校生組

 前に、うちのお店のピークは、一月、五月、八月って説明をしたと思う。もちろんそのいずれも大忙しなんだけど、群を抜いて強度がやばいのは一月だ。……バイトの面接のときに、必ず聞かれるのは「年末年始は出勤できますか?」の一言。……つまりはそういうことだ。年始のセールは猫だろうが杓子だろうが手伝って欲しいってこと。


 そんなセールで夜番五人中四人がいない日ができる。それに残されたバイトはどんな気持ちになるかと言えば……。

「八色おおおお……待ってたよ、俺にはお前が必要なんだああああ……」


 僕が帰省から戻って、すぐにバイト先に向かったところ、スタッフルームで先に出勤の準備をしていた小千谷さんが僕を見つけるなり泣きながらこちらに走ってきた。


「……なんで今年会って早々抱きつかれないといけないんですか……。男性と意味なく熱い抱擁を交わす趣味はないですよ……」

 そんな、井野さんが喜ぶようなことしなくても……。


「もう地獄だよ、俺には思いきりツッコンでくれるお前がいないとメンタルがもたねえ」

「そっちですか。むしろそっちなんですか」

「ああ! この流れるようなツッコミ! これだよこれ! 宮ちゃんもヘルプの社員も俺のボケをスルーしちゃうから、寂しくて寂しくて」


 ……なんだろう、無性に帰りたくなってきた。今から風邪引いたことにして、家に帰ろうかな……。長距離の移動したばっかで疲れているし。

「あっ、おい、何帰ろうとしているんだよ、逃げるなって、俺と一緒に燃え盛る売り場を鎮圧しにいこーぜ八色おおおおお」


 なんてちょっと中二病が混ざっているんですか。忙しすぎて思考回路ショートしたんですか……?

 一瞬冗談で踵を返してお店を出ようとしたけど、はぁとため息をひとつついて僕はロッカーに荷物をしまい始める。


「……いや、ちゃんと出勤はしますよ、しますけど……。小千谷さん。初対面のヘルプの人にもそんな調子でいたんですか?」

 カバンのなかから制服を取り出して、更衣室のドアノブに手をかけると同時に、冷めた表情を作って僕は小千谷さんをじーっと見つめた。


「……ああ。だってほら、俺大学生のときは語学の先生ナンパするような奴だったし」

「今は大学生じゃないですよね」

「……ほら? 男って永遠にガキみたいなところあるじゃん?」


「精神論はいらないです事実だけで話してます」

「……やっぱこのくらい辛辣なツッコミじゃねえとなあ。締まらねえよなあ……」

 なんで二日お店を空けただけで突っ込みの価値を確認されているんだ……。


「あ、それよか。水上ちゃんとの帰省はどうだったよ。姫はじめは済ませたのか?」

「……やっぱり帰っていいですか」

「わあああ悪い悪い冗談だから、冗談だって」


 何? 姫はじめってそんなに一般的な単語だったっけ? 僕は古文でちょろっと触れた程度なんだけどなあ……。しかも意味はまちまちだし。


「昨日の水上ちゃんは楽しそうな顔して店やって来たから、安心したよ。また前みたいに泣き腫らせてたらどうしようかと思ってたけど」

「小千谷さんは僕を何だと思っているんですか……」

「ん? 罪な男」

「……非常にシンプルなご意見ありがとうございます……」


 それから、小千谷さんが言うところの、燃え盛る売り場へと出動した僕は、見事セールの勢いに押される要領で、燃えかすとなって休憩時間にスタッフルームに戻っていった。

 ……うん、どうせこれが最後のセールだし、ちょうどいいや。うん。


 お正月のセールもなんとか無事に終えると、またしばらくボトムの時期に入った。っていうか、僕が残り在籍する時期は全部ボトムだ。一月末から水上さんを中心に色々教え残した仕事を教えたり。


 ……あ、たまにデートとかも行ったよ? ごく一般的なデートを数回。え? 姫はじめはどうなったかって? ……あまり思い出したくないので、そこはスルーということで。水上さん、僕が音を上げるまで本当に頑張るから……。こんなこと言ったら大学の友達とかに怒られそうだけど……。バレンタインデー? ……そんなものはなかった、なかったんだ……。いいね?


 なんてことをしているうちに、一月も終わって二月に。二月頭になると、まず私立の一般入試が終わった浦佐がお店に復帰した。……おかげでまたお店が一段と騒がしくもなる。


 続けて二月末になって、一応受けるという国立大の前期入試が終わった井野さんも帰ってきた。……あ、そうそう。気まずくなるかもと思うこともあった井野さんとの関係は、なんとか普通の先輩後輩くらいの仲で踏みとどまった、と勝手に思っている。避けられるってことはなかったから。


 そんな二月の終わりのある日の夕礼前。この日のシフトは僕と浦佐と井野さんの三人だ。

 もう勉強しなくていいーとばかりに、浦佐は思い切りピコピコ携帯ゲームをいじっているし、井野さんはスマホで漫画を読みふけている。すると、


「あ、そういえばセンパイ、二徹金鉄いつにするっすか? 円ちゃんも誘うつもりだったっすから、二月中は諦めてたんすけど」

「……やっぱりするんだね」

「当然っすよー! 一月二月はずーっとそれを生きがいに受験頑張ったんすよ? これでやらないってなったら怒るっす」


 相変わらずゲームを操作しながら器用に身振り手振りで感情を表現する浦佐。

「……に、にてつきんてつ……ですか?」

 で、井野さんは何のことかわからない、というようにポカンとした顔をする。まあ、そんな反応にもなるよね……。


「そうっす。二日間寝ないで金太郎鉄道をプレイするっすよ。円ちゃんも、滑り止めの私大はもう受かってるっすから、浪人は絶対あり得ないんすもんね? ならゲームしても平気っすよね?」

「う、うん……浪人はない……よ?」


「自分はもう合格通知来てるっすし、せっかく暇な時間が多いんすから、思い切りゲームをするってなって。いいっすよね?」

「……え、で、でも……どこでやるの……?」


「へ? 何言ってるっすか。センパイの家に決まってるっすよ」

「ひぅっ。で、でもでも、そ、そんな、それはさすがに水上さんに悪いというか……」

「あー、そのことなら大丈夫っすよ」


 おどおどと済まなさそうに僕の顔を見た井野さんに対して、浦佐はあっけらかんと答える。

「水上さんには、センパイとセンパイの家二日間借りるっすけどいいっすか? って許可を取ったっすから」

 ……そういう根回しは早いんだな。浦佐。いや、いいんだけどさ。いいんだけどさ。


「それに、センパイがここのお店にいるのもあと一か月っすし、少しくらい思い出お借りしてもバチは当たらないっすよー。ねっ、センパイ」

「……少しじゃ収まらない量になると思うのは僕だけかな」

「いやいやー。たかが二日っすよー」

 凄く濃密な二日間になりそうだけどね……。


「……み、水上さんがいいって言っているなら……私は大丈夫ですけど……」

「やったっす! それじゃあ来週、都合よく自分たちが二連休重なって取ってる日があるっすね? そこで決行っすー。楽しみっすねえ」


 ……そんな都合いいシフトが作られていたのか。さては浦佐、謀ったな……?

 ……今日家に帰ったら、通販でエナジードリンクを大量に購入しておこう。でないと、三体の屍が家に生まれそうだ。

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