第225話 鼻血とシェアルーム

「ああっ、センパイそんなところにまき散らさないでくださいっすよー! 自分がいけなくなっちゃうじゃないっすかー」

「……仕方ないでしょ、僕だって出したくて出しているわけじゃないんだから……」

「むむ……センパイに先走らせるのは駄目っすねえ……」

「……ひぅ、い、いく……出す……先走る……ひゃぅん……」


「……よく一般的な会話でそこまで下ネタ絡みそうな単語だけを抜き出すね、井野さんは。そんじゃ、サイコロ振るよ……?」

 僕は隣に座っているむっつりスケベの後輩を遠目に見ながら、コントローラーをカチカチと操作する。


 金太郎鉄道とは、何本もシリーズ作品が出ている人気のパーティゲームで、俗に友情破壊ゲームと呼ばれることが多い。鉄道に模したプレイヤーのキャラクターが、全国各地を巡り巡って資産を増やしていこう、そういう内容だ。色々駆け引きや運も介在するので、なかなか楽しいゲームになっている。


 で、今何があったかと言うと。このゲーム、ひとつの区切りとしていち早く指定された都市のマスに移動する、って目的がある。僕と浦佐が目的地への最短ルートを走っていると、僕がちょうどその道に……まあ、その、排泄物を象った障害物を設置したわけだ。意図はせず。通行止めみたいな状態になるので、浦佐は別のルートを選ばなければならず、それでブーブー言っていた、ってわけ。


「あーあ、今回はセンパイがゴールしそうっすねー」

 ちょうど僕がサイコロで6を出して、目的地まであと少しになった。浦佐は遠回りしないといけないし、井野さんはかなり距離がある。こうなると、僕のゴールはほぼ堅いものになる。


「そういえば、円ちゃんはどこに進学するんすか? 国立の結果待ちっすか?」

 すると、ちょっとゲームから集中を逸らすために、浦佐はそんな話題を井野さんに振った。


「う、うん……。この間、一番行きたい私立の結果は出て、合格してたから……。国立待ちだね……」

「どこ受けたんすか?」

「……じょ、女子大を……」


 ほう、それは初耳。まあ、浦佐と偏差値の差が三十もあるって時期もあったみたいだから、もともと頭は良いんだろうけど。……まあ、その分エロにも知識が振られている感が否めないけど。


「たっ、ただ、センターの自己採もそんなによくなかったし、二次試験も自信ないから、多分落ちるかな……って」

「でも、もともと私立行くつもりだったんすよね?」

「う、うん……。でも、担任の先生が受けてみないって言ったから……とりあえず」


 普通とりあえずで国立は受けるものじゃないと思うんだけど……。特に東京都にある大学は。よほど先生が惜しいと思ったのか……。


「あーでも、国立でも私立でも、円ちゃん大学は大体同じ位置なんすね。じゃあ話が早いっす」

 パン、と乾いた音が部屋に響く。浦佐がコントローラーを置いて手を叩いた。


「ほらっ、前話していたシェアルーム計画っす。自分もその辺っすから、どうっすか?」

「……それ、前聞いたときも思ったんだけど、浦佐、志望校変わった? 僕の記憶違いかもしれないけど」

「えーっと、まあ色々あったんすよ。色々。とりあえず自分は、大学さえ行けば親に文句は言われないっすから。で、どうっすか? どうっすか?」


 そして、浦佐はベッドから身を乗り出して、すぐ横に座っている僕の目の前を横切って井野さんのほうまで体を伸ば……そうとしている。……届いているか届いていないかで言えば、届いていない。……ちっちゃいから。


「えっ、えっと……い、一応話はしていて……」

「うんうん」


 ゲームそっちのけで春からの新生活に花が咲いている。……いや、一応ゲームの進行自体は止まってない。浦佐も足で操作している。……ほんと、手足ゲーム機に馴染みすぎだろ……。


「この間……浦佐さんが家に泊まったときに、両親がどっちも浦佐さんのこと気に入ったみたいで……多分、いいって言われるんじゃないかと、思う……よ?」


 まあ、浦佐はコミカルな動きが愛らしいというか、そんな魅力はあるよね……? マスコットっぽいというか。多分、井野さんのご両親、めっちゃ可愛がりそう。……で、色々コスプレさせたりして、浦佐にトラウマを植えつけそう。……実の娘と同様に。


「そうなんすねっ。やったっすー。通学も楽になるし、バイト先も近くなるっすし、ゲーム実況の動画も気にせず撮れるようになるっすよーこれでー」

 井野さんの前向きな答えを引き出すと、浦佐は体をベッドのほうに戻して、またゴロンと寝転ぶ体勢に復帰する。そして。


「ああ、あと、円ちゃん専用の鼻血噴射用のスペースを用意しないといけないかもっすね」

「ぶほっ!」

「ひっ、ひぃん!」


 ……そんな発言をかましたわけだけど。ペットのトイレじゃないんだから……。いや、ペットのトイレ並みに暴発すること多いけど。


「う、浦佐さん、そ、そんなしょっちゅう私鼻血出しているわけじゃないよ……?」

「んー、でも、親の目がない家っすよ? 絶対円ちゃん、今よりもっと刺激が強いもの買い始めるっす。それに、ちょっと妄想が捗っただけでもあれっすから、正直その発言は信用できないっす。本当に」

「ひゃっ、ひゃう……い、今もえっちなもの買ってるみたいに言わないでよ……うう……しかも、八色さんの前なのに……」


 いや、僕どう反応すればいいの? スルーするのが大人の対応? っていうか、浦佐よ、井野さんの部屋に泊まったとき、何を見つけたんだ。

「ああ、自分は別に円ちゃんが何買おうが気にしないっすから。朝からひとりでしてようが何しようがほんとに」

「あっ、朝からなんて今はしてないよう……」


 ……おーい。今、「今」って単語が聞こえたぞー。なんでこんな簡単なシーンで誤爆しているんだこの子はー。


「浦佐……そのへんでもうやめてあげて……。これ以上は、井野さんがオーバーキルされるだけだから……」

 もうすっかり恥ずかしさで小さくまとまってしまっている。……あれ? でも、浦佐と同居すれば少しはこのむっつりも改善されるのか……? いや、むっつりが悪いって言いたいわけじゃないけど……。何気に、同居させてもいい組み合わせなのかもしれない。


「……そろそろ五年目の決算入るけど」

 そうこうしているうちに、ゲームは百分の五まで進んだ。あと九十五年だ。……先は長いな。ほんとに。……今はまだワイワイ楽しくゲームも雑談もしているけど、そのうちただコントローラーを操作するだけの機械と化すかと思うと、怖い。色々。


 でもまあ。

 平日の昼間っからゲームできるのも、これが最後なんだろうなあって……。


「……八色さん、お、お風呂あがりました……」「……センパイ、お風呂どうぞっす……」


 次の日の昼。ゲームが始まってから二十五時間くらいが経った頃。完全に死んだ顔つきのふたりが部屋に戻ってきた。何故井野さんと浦佐が一緒にお風呂に入っているかって?

 ……湯船で溺れないためだ。


「……じゃあ、次は僕が入るよ。……その間、好きにしてて……」

 そして、僕も僕で、心配されそうなテンションの声でそう言っては、フラフラとお風呂に向かう。


 ……そりゃこうなるわ。こうもなるわ。

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