第219話 彼女の相手をするのも兄の仕事です

「……っていうか、もう一回お風呂入ってるよね? 入ってるよね?」

 ずーっと僕にひっついていたからわかるけど、完全にいい匂いしてますよ? もう一度入る意味ないよね?


「……お風呂二回入っちゃだめって決まりはないでしょ?」

 こっ、この妹……開き直りやがった……。

 やや強引とも取れる美穂の屁理屈に僕は何も言い返せない。


 そうこうしている間に美穂は服を全部脱ぎ終わって、当たり前のように素っ裸。……半年で劇的な変化があるわけではないけど、それでも目に毒なのは間違いない体をしているのは事実。僕は脱衣所で頭を抱えた。


「ほら、お兄ちゃんもはやくはやく」

 美穂のなすがままに僕は一緒にお風呂に入らされ、さっきまでしていたバイトの疲れを癒す暇などあるはずもなく、またまた妹の体を洗わさせれたり妹に体を洗われたりと気の休まらない時間を送った。


「……その、えっと……寝ない? もう寝よう? ね?」

 お風呂からあがり、部屋に戻ると(当然美穂も一緒に)、ちょっと冷めた目をした水上さんが待っていて、簡単に「お風呂頂きますね」とだけ言ってその場を立ち去っていった。先に寝てしまうのも申し訳ないので、スマホいじったり本を読んだりじゃれつく美穂の相手をしたりして時間を潰すと、僅か三十分ほどで水上さんは僕の部屋に帰ってきた。


 そして何が始まったかというと……。

「ほ、ほら……もう年も明けたわけだし? 別に見たいテレビがあるわけでもないんだろ? っていうかもう僕寝たいんだよ。あははは」


 きっと母親の仕業であろう二組きちっと隙間なく敷かれたお布団の間で睨み合いを続ける、美穂と水上さんをなだめる仕事が始まったわけだ。


「なんで水上さんがお兄ちゃんの部屋で寝るの? そこの布団は私が使うの」

「いっ、いや……それはその……ほら、美穂は自分の部屋があるだろ?」

「……ふうん、お兄ちゃん私が邪魔なんだ。私がいない間に、水上さんとえっちなことしたいから私が邪魔なんだ」


「ちっ、ちがっ……そ、そんなわけないだろ?」

「……別に私は妹さんの前でも構わないですけど」

「サラッと怖いこと言わないで水上さん。あなたは構わなくても僕が構うの」

「じゃあ私お兄ちゃんと一緒に寝てもいいよね? 何が駄目なの?」


 こうなるからできれば実家に帰りたくなかったし、可能なことなら水上さんも連れて行きたくなかったんだ……。いや、水上さんを連れて行かなかったとき、暴走した父親が勝手にお見合いセッティングするリスクも微粒子レベルであり得るので、それを回避するには連れて行くのが確実なんだけど……。


「……い、いや……えっと……」

 どうしよう、無理に言い聞かせると美穂の場合泣き落としを使ってくるし、今は深夜だ。大晦日の深夜は何時まで起きていてもいいっていう風潮はあるにせよ、夜中に泣かれたらさすがに近所迷惑だし……。


 うまい対処を思いつけないでいると、抑えが利かなくなった美穂が僕を巻き込む形で布団に倒れ込んで、……まあ、要はいつもの添い寝の体勢に持っていった。


「もういいもん。こうしちゃえば一緒だし」

「えっ、あっ、ちょっ……」

「えへへ……お兄ちゃんの匂いだあ……くふふ……」


 おっかなびっくり背中に座っている水上さんの表情を確認すると、

「ひっっ」

 満面の笑みで僕にすり寄っている美穂とは対照的に、……感情という感情をどこかに置いてきたかのような無表情で、僕らのことを眺めていた。


 いっ、妹だからっ、妹だから浮気じゃないっ、っていうか僕は寧ろ被害者だからっ!


「……いえ、私は大人なので。兄妹仲が睦まじいのは非常にいいことだと思いますよ? ……八色さん?」

 ……やばい。これ東京戻ったら確実に何かあるパターンだ絶対に。もう障害がないから好き放題されるやつだ。


「妹さんが同じお布団で寝られるようなので、私は隣で失礼しますね」

 そう言って、無表情のまま水上さんは部屋の電気のヒモを二回引っ張って全部の灯りを落とした。少しして、水上さんが布団に入る音がする。


 と、とりあえず、水上さんが大人になってくれたから、この場はことなきを得た……のか?

 なんて、思ってたよ。思ってたけど。

 あの水上愛唯がこんなことをされて何もしないはずがあるだろうか。いや、ない。


「……ふぇ?」

 ……ちょうど、僕をサンドイッチするように美穂と水上さんが横になっていて、僕の背中に水上さんがいるんだ。


 その、がら空きになった背中に、

「……ぃ、ぃ……?」

 人差し指でこちょばすように、背中に文字を書き始めていた。

 ……え、え……?


 い、も、う、と、さ、ん、と。

 お、ふ、ろ、で。

 な、に、さ、れ、た、ん、で、す、か?


「うっ……そ、それは……」

 まさか、妹の体をあちこち洗わさせれたりとか、自分の体を洗ってきたとか、そんなこと言えるはずがない。そんなこと言おうものなら、朝目が覚めたらシーツが鮮血に染まっているに違いない。僕の血なのか、美穂の血なのかは知らないけど。


 水上さんの攻撃は未だ止まらず、今度は首筋のちょっと弱いところを優しくソフトタッチして、

「……妹さんとあまり仲良くされ過ぎちゃうと、私も嫉妬しちゃうかもしれませんけどね」

 と、掠れるくらいの大きさで囁いた。


 も、もう充分嫉妬されているじゃないですか……。

 ああ、まだ初日、初日なんだよこれ? 実家帰ってまだ数時間しか経ってないんだよ? なのに、もう僕の胃液は逆流しそうだよ……。


「……くふふ……おにいちゃん、だいすき……」

 幸せそうな夢見ているなあ! 初夢は僕ですか? 富士や鷹よりラッキーとか美穂なら言いそうだし、言いそうだし……、

「……私のほうが八色さんのこと、大好きですからね……?」

 そこで張り合わないでくださいほんとに。僕のこと好きでいてくれるなら少しは僕の体調を慮ってください……。


 妹の寝息と、水上さんの止まない口撃に挟まれながら、僕はミシミシと軋む胃の音を感じつつ、大晦日の深夜を過ごしていた。


「あら、太地。早いのね。明けましておめでとう……って、どうしたのそのクマ。ひどい顔よ?」

 翌朝。元日の朝。リビングで重箱に入ったおせちを食卓に並べていた母親と鉢合わせるなり、そんなことを言われた。


「ははは……おめでとうございます……。いや、ちょっと、うまく寝つけなかっただけで……ははは……」

「……ああ、美穂が太地の部屋行ったのね。あの子はいくつになってもお兄ちゃんっ子ねえ。彼女できてからも大変ね、太地は」


 ……とりあえず、黒豆大量に食べていいですか……? 長生きしたいです……無事に。

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