第220話 初詣に行こう

 みんなが起きたのは十時を回った頃。四人家族プラス水上さんを交えてとりあえず新年の挨拶を済ませ、久しぶりに食べるおせち、お雑煮に多少の感慨を覚えて朝ご飯を食べていた。……いや、ほら、男子大学生のひとり暮らしだと、そもそも正月だからって何か特別なもの作ることもしないし、そもそもバイトで忙しかったから、元日の朝だってパックの切り餅適当に焼いて醤油で食べただけだったし。


 朝ご飯を食べ終わった頃にはちょうどお昼手前くらいになっていて、お出かけするには都合がいい気温まで上がっていた。

 僕がリビングでみかんを貪りながらテレビを見ていると、


「ねえねえお兄ちゃん、初詣行こうよー」

 完全に出かける支度をしていつでも外に行けますっていう美穂が僕の手を引っ張ってそう言ってきた。


「なっ。み、美穂―? お父さんは誘ってくれないのかー?」

「……別にお父さんはいいかな」

 僕に話しかけるトーンとは百八十度違う声音で美穂は呟いた。……おう、冷たい。


「ガビーン……、お、おのれ太地め……。たった二日しかここにいないというのに、この親不孝者」


 ……ガビーンって口に出す人初めて見たよ……。会社でウザがられてない? 父さん……。あまり寒いギャグ連発すると、嫌われるよ……?

 あと、親不孝ってそんな使いかたする……? いや、いいんだけど、いいんだけどさ。親より先に死ぬとか、罪を犯すとか、その他諸々まあまあ重たいことをしでかしたときに聞く単語だと思うんだけど……。


 それに、そこはかとなく隣から視線が痛く刺さっているんですが……水上さん?


「い、いいもーんだ。駄目って言われても勝手についていくもんねー」

「ついてきたら大声で人呼ぶよ、お父さん」

「そっ、そんな……お父さんなのに……?」


 御年五十を超える父親が、「いいもーんだ」って口にするのもまあまあ引くんだけど、その上実の娘にストーカー扱いされているのがなんか不憫で仕方がない。……そこまでされたら同情もしたくなる。いや、自業自得だけど。


「……初詣って、近所のだよね? ならいいけど……」

 家から徒歩十分のところに、小さな神社がある。この地域一帯の人は大抵そこに初詣に行くことが多い。

「やったっ」

 僕が首肯すると、美穂はさっきまで冷めた態度からは一変、子供みたいにはしゃいで喜び出した。


「……水上さんも、行く?」

 念のため首を捻って隣を向くと、変わらず僕をジーっと見ていた水上さんと目が合う。さすがに、水上さんを家に残して外に出るわけにはいかない。


「……はい。行きます」

「……むうううううう」

 なのだけど、やはりというかそれが美穂にとっては不満のようで、さっきの明るい表情からは一変、ほっぺに大きな風船をふたつ作って抗議の意思を示した。


「……愛娘と初詣すら行けない俺って……」

「はいはい。お父さんは後で私と初詣行きましょうねー」

 こっちはこっちで悲壮な雰囲気になっているし。……ある意味では平和なのかもしれない。僕を犠牲にしている面はあるだろうけど。


 それで、どうなったかと言うと。


「……あの……そこまでくっついて歩く必要って……」

「だって、彼氏ですし」「だって、お兄ちゃんだもん」


 右腕に美穂、左腕に水上さんががっちり腕を組んで僕らは初詣に向かっていた。……美穂はともかくとして、水上さんのほうはやや当たっているようにも感じるけど。……多分、当てているんだと思うけど。


「……は、はい。わかりました……」

 ただ……何が問題かって言うと、田舎とはいえみんな初詣には出かけるから、必然的にこの両腕に無邪気な女子と綺麗めな女性がしがみついている端から見れば爆発を願いたくなる状況を衆目に晒すわけで。


「あら、太地君今年は帰ってきてたのねえ。あらあら、美穂ちゃんとも相変わらず仲良さそうで……あれ?」「おお久しぶりじゃん八色―……ってん?」


 ……あと、田舎特有の世間の狭さって言うか、すれ違う人すれ違う人から声を掛けられるわけで。……多分これは瞬く間に僕に彼女ができたってご近所さんに知れ渡るケースだ。人の口に戸は立てられぬって言うし。


「んぐぐぐぐぐぐ……」

 それを見た美穂は対抗してますます僕にくっつくし、対して水上さんもますます腕の力を強めるし。……あの、大人の対応、どこ行きましたか……?


 ……軽く心にダメージを負い続けた道のりを歩き終え、目的地の神社に到着。やはり地元民御用達の神社ということもあり、たくさんの人が参拝に訪れていた。……普段はどこにこんな人がいるんだってくらいはいる。


 ひとまずお参りだけ済ませてから、定番のおみくじを買うことに。

「お兄ちゃんはなんてお願いしたの?」

「……就職先がブラック企業じゃありませんようにって」

 本殿から社務所に移動する間、ひっついたままの美穂とそんな話をする。


「……現実的なお願いですね、八色さん」

 お参りの際に、一度腕から離れたことで、常識的な距離感で近くを歩く水上さんから、そんな突っ込みが入る。……僕だってわかっているけど、大事なことだし……。


「ちなみに、水上さんは……?」

 聞くまでもないかもしれないけど、礼儀的に尋ねておいた。


「……? 八色さんと、ずっとこうして幸せにいられますように、ですけど」

「……お兄ちゃん? 何顔赤くしているの」

「いや、な、なんでも……」

「むうう……」


 当たり前のように言うけど……言うけどさあ……。いやだめだ、考えたらますます墓穴を掘りそうだ。これ以上はやめておこう。間違いない。


 おみくじをそれぞれ引いて、人がいない神社のすみっこで一斉にくじを確認する。

 ……末吉か。まあまあかな……。良くもなく、悪くもなくって感じだろうか。そんなにえげつないこと書いてないし……。


「ふ、ふたりはどうだった……? え……?」

 すぐにおみくじから顔を上げて、僕は尋ねたのだけど、


「う、ぅぅぅ……」

 おみくじの内容がよほど酷かったのか、美穂があろうことかその場でポロポロと泣きじゃくりだしてしまった。


「どっ、どうかした美穂、大凶でも引いたの……?」

 慌てて僕は美穂が持つおみくじに目をやる。

「……同じ末吉か。でも、何がそんなに泣くことが……あ」


 上から順に文字を追っていき、目についたのは「待ち人」の項目。

 ……来ないでしょう。便りはあり。と。


「……お兄ちゃんが、お兄ちゃんが私のこと捨てちゃうよお……」

「って、ちょっ! な、なんでそういうことになるの?」

 新年早々、大粒の涙を流して顔をくしゃくしゃにさせた美穂が、僕の胸元に抱きついては顔を埋める。


「だって、お兄ちゃん、私より水上さんのほうが好きなんでしょ……?」

 ……こ、これまた、比較しにくいことを言い出したよ……。うーん……。

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