第218話 妹をなだめるのは兄の仕事です
「……別に、迎えなくてもいいって言ったと思うんだけど」
仕方なく車に近づいた僕は、運転席に座る父親に渋い声で言う。駅から家まではせいぜい徒歩で二十分。そこまで遠いわけじゃない。
「いやいやいや。息子が彼女連れて帰るっていうのに迎えもせずに家でテレビ見ている父親がいるか?」
……正論だけど、正論だけどさ。
そして、僕に続いて後ろからスッとやって来た水上さんと、父親が顔を合わせる。
「あの……」
「ああどうも、いつも太地がお世話になってます、太地の父ですー。さ、どうぞ、さぞ遠くてお疲れでしょうし、後ろ乗っちゃってくださいー。美穂―、ドア開けてあげてー」
気さくに父親は水上さんにそう挨拶をして、後部座席に乗っている美穂にドアを開けるよう促す。しかし、一向にドアが開く気配はせず、ただただ寒空に吹きつける冷たい風を浴びている状態だ。
「み、美穂ー?」
「……いいよ、自分で開けるから」
困惑する父をよそに、僕は後部座席のドアを開ける。すると、目の前にはキッと僕の奥に立つ水上さんを睨んでいる美穂が、二人掛けのシートのど真ん中に座って通せんぼをしている。
「……う、後ろ、いい?」
「お兄ちゃんならいいけど」
「い、いや……普通逆じゃない?」
客人を助手席に乗せるのはなんか……ねえ?
「……水上さん、後ろ乗っていいよ。僕助手席入るから」
このままいっても平行線のままで、何も生産性のない時間を過ごすだけだ。寒いし夜遅し疲れてるしで、いいことがひとつもないので僕は助手席に向かおうとすると、
「ちょっ、ちょっ」
するするーっと細い腕が伸びてきては、僕の体を後部座席へと美穂が引きこませた。
「駄目っ。お兄ちゃんはこっちに座るのっ」
リュックを背負ったまま後ろに座らされた僕は、脇をがっちり美穂にホールドされて身動きが取れなくなってしまった。
「……太地、あまり美穂とくっつき過ぎるなよ」
いや怒られるの僕なの? おかしくない? おかしくないですかこのドタコン親父め!
「んー、まあ荷物とか助手席にまとめて置いちゃえば、ギリギリ三人乗れるだろ。どうぞ、スーツケースこっちで預かっちゃうんで、狭いですが後ろ乗ってください。なんだったら太地は歩かせるんで」
ほんっと僕に対する扱いは雑ですね。マジで。
「いっ、いえ……それはさすがに……。す、すみません、ではお願いします……」
……あの水上さんがちょっと引いている。なんかそれはそれで貴重な気がする。
父親の提案通り、大きな荷物をまとめて助手席に置いてしまい、僕と水上さんは美穂のいる後部座席に。なんだけど、
「……み、美穂……?」
席順が、僕、美穂、水上さんと、水上さんから僕をガードするような形に。ちなみに、番犬の如く唸り声をあげつつ美穂は水上さんを汚らわしいものを見るような目で見つめてます。
「……お兄ちゃんを誑かした悪い人お兄ちゃんを誑かした悪い人お兄ちゃんを誑かした悪い人……」
あ、もう完全にそういう認識なんですね……ははは……こりゃ大変そうだ。
「車だとすぐ着くんで、待ってくださいねー」
父親は父親で運転しなきゃだし……なんだ? この地獄絵図は……?
「むううううううううううううううう」
駅から実家へと向かう約十分程度の間、美穂から唸り声がしない時間は一瞬たりとも存在しなかった。
だ、大丈夫かなあ……これ。
「……た、ただいまー」「お、お邪魔します……」
そうしてたどり着いた四年振りの実家。ガラガラと音が鳴るスライド式の玄関の扉を開けると、懐かしい家の香りがまず僕を出迎えた。父親はまだ車を停めているけど、美穂は相変わらず僕と水上さんの間に割って入っている。
「おかえりなさい、あらあ、それに水上さんも。やっぱりあなただったのねえ、太地の彼女さんって。遠いところありがとうございます、さ、どうぞ、あがって」
すぐに家で待っていた母親が玄関まで出てきて、水上さんを家のなかへと案内していく。
「客間でもいいかなって思ったんだけど、太地の部屋でいいかしら?」
「ごほっ!」
先に靴を脱いでなかに入っていく水上さんに言った母親の一言に、僕は思わず座りながら咳き込んでしまう。
「あら、だって付き合っているんでしょ? もうすることもしているでしょうし、同じ部屋で寝てもいいでしょ?」
出会って二言目に下ネタぶち込む普通? いくら初対面ではないにしても、お客さんなんだからそこらへんはさ……。
「い、いや……それは……」
「あら。太地のことだからまず否定から入るかなって思ったら、ほんとにやることやってるのね。太地も大人になったのね……」
息子が童貞を捨てたことで感涙しないでください僕が恥ずかしいです。あと、美穂の前でそんなこと話さないで……。色々な意味で、色々な意味でまずいから……。
「……お兄ちゃん? それ、どういうこと……?」
ほらあ、ますます美穂の顔が怖くなったよ……。火にガソリン注がないでよ……対応するの僕なんだから……。
「……とりあえず、僕はお腹空いたのでご飯食べてもいいでしょうか……?」
「はいはい、いいわよー。水上さんはどうする?」
「で、でしたら、せっかくなので私も……ちょっとだけ」
「わかったわ、でしたら今準備しちゃうから、ちょっと待っててねー」
ひとまず一旦プレーというか会話を切るために、強引に晩ご飯の話題に僕は逸らした。ひとまずうまくいったようで、母親は台所に向かうために僕らから離れていった。
「……荷物、重たいから部屋に置こうか」
「は、はい、そうですね……」
「んんんんんんんんんんんん」
……ただし、美穂は除く。
僕の部屋に入ると、本当に布団が二組置かれていた。軽く恥ずかしくもなったけど、ウチの家族はそういうものだと思えば、仕方ないことなのかもしれない。
スーツケースとかリュックサックだとか、荷物を一旦全部そこに置いてリビングに移動。年越し蕎麦の残りを水上さんと並んですすった。……間には美穂がいたけど。食べている間、母親や車から戻ってきた父親に根掘り葉掘り聞かれたりもしたけど、まあ適当にいなしてその場は凌いだ。……子供の話をされたときはさすがに怒りそうになったけど。
それでだ。晩ご飯が終わって、次に何をするかって言われたら、疲れているしお風呂入って寝るって選択を取ると思うんだ。
それ自体に僕に異論はない。ごく普通のことだと思う。ただし。
「……み、美穂、ひ、ひとりで入りたいんだけど……」
「やだ。私も一緒に入るの」
……今しがた、脱衣所で服を脱ぎかけている妹を含めば、話は別だ。
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