第217話 ラスボスの登場です()

「……んで? 八色は今日これからシフトが終わったらすぐ電車乗って帰省ってか? 忙しいねえ」

「……明日明後日とお店はお任せしました」


 なんて会話をしている休憩後のカウンター。僕と小千谷さんはどこか遠い目を浮かべながら並んで買取査定をしていた。レジは宮内さんがひとりで守っている。


 水上さんと付き合いだしてからはや一週間。あっという間に年の瀬はやってきて、大晦日を迎えていた。……いや、色々あったよ? 色々。バイト帰りに手を繋いで歩いたりとか? (水上さんにとって)緊急の事案がなければ動いてなかった個人ラインが毎日動くようになったりだとか?

 ……いえ、今のところは普通に楽しんでいます。重たい要素を感じていないので。はい。……クリスマスの夜以外は。ええ。


「その期間、お店にいるバイトが俺だけになるとは思わなかったぜ……。あと宮ちゃんとヘルプだけど……」

「平均時給えげつないことになりそうですね……」

「ははは、まさか俺が一番下っ端になる日が来るとはなあ」


 ヘルプさんは、言ってしまえば本部の社員なので、当然正社員だ。宮内さんもそうなので、都合、そういう扱いになる。……それはそれで凄いけど……。


「で? 水上ちゃんも八色と一緒に帰省なんてなあ。今新宿駅にいるの?」

「……じゃないですかね。もうそろそろお店も閉まる時間ですし」


 大晦日と元日は短縮営業なので、いつもより早くお店が閉まる。僕はそのまま大荷物を持って帰省、小千谷さんは希望としては大人しく家に帰って年越しそばを食べたいみたいだけど、どうやらそれは叶わないと嘆いていた。


「……しっかしなあ。いや、矢印向いているのは知ってたけど、まさかいきなり八色の実家に行くなんて……。さすがの行動力だな」

 そして、小千谷さんには一瞬で付き合いだしたことバレました。……まあ、そのうちバレるとは思っていたからいいんだけど……。


「僕の胃は今悲鳴をあげてますよ。緊張の嵐で」

「……妹ちゃんの説得、頑張れよ」

 半ば同情するように言っては、話を打ち切った小千谷さん。すぐさまマイクに手を移したので、査定待ちのお客さんの呼び出しをするのだろう。


 ……積もるものもあるけど、とりあえず今日の仕事納めをしっかりやらないとな……。にしても。

 ……大晦日にエロコンテンツ売りに来るんじゃないよ……。


「そんじゃ、また来年なー八色」「よいお年をー太地クーン」

 閉店後、僕はそうやって小千谷さんと宮内さんと別れ、ひとり新宿駅へと歩き出した。ちょっと大きめのリュックサックを背負って、JRの改札を目指していた。


 さすがに大晦日、ということもあって普段の夜よりは新宿の街は閑散としていた。地元だともっと少ない……っていうか、誰も外を歩いていない、っていうことまであるんだろうけど。

「……ごめん、お待たせ」


 少しして、待ち合わせ場所の新宿駅の西口改札に到着。あらかじめ買っておいた乗車券で入場して、改札内で待っていた水上さんと合流する。

「いえ……大晦日までお疲れ様です……」


 大晦日、元日の夜は僕の実家に泊まることになっている水上さん。二日の朝の電車で東京に戻って、その日の夜からまたシフトに復帰する予定みたいだ。僕は三日朝の電車で戻る予定。


「……電車の時間も近いし、ホーム上がっちゃおうか」

「はい」

 そうして、スーツケースを片手に引く水上さんを連れ、いつもとは違う、中央本線の特急のホームへとエレベーターで移動した。


 乗車する電車は既に入線していて、すぐに僕らは車内へと乗り込んだ。大きな荷物を上にある荷棚に置いて、フカフカのシートに腰をふたり並んで落とした。水上さんが窓側で、僕が通路側だ。


「……晩ご飯はどうしたの? 一応、実家も蕎麦は用意しているみたいだけど」

「出かける前に、カップ麺食べて来たので……。とりあえずは大丈夫です」

「そっか。……僕はお昼から何も食べてないんだよね……さすがに今は疲れてるから何も食べる気しないけど……」

「……休憩中、何も食べられなかったんですか?」


 僕の発言に驚いたようで、水上さんは目を丸くさせこちらに身を少し乗り出して聞いてくる。

「……まあ、休憩って言っても、ちょっとしか取ってないから。僕は十五分。ほら、今日は短縮営業だから、そもそもの勤務時間が短くなるんだよね。だから、休憩も短くなってるから……」


「そ、そうなんですね……」

「それに、ちょっと疲れて……眠いや……」

 だらしなく口を開けてあくびをしてしまい、ちょっとだけその拍子に涙も出てしまう。


「……終点まで降りなくていいんですよね?」

「うん」

「でしたら、お休みになられてもいいですよ? 私は、適当に暇を潰しているので」

「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


「よければ、私携帯用の毛布持っているので使いますか?」

「……用意よくないですか?」

「そ、その……乗車券の駅名が聞いたこともない場所だったので、長旅になるのかなって思って、つい……」


 ああ……まあね。田舎なのは間違いない。コンビニすら遠いし。

「ありがたくお借りします……助かります……」

 洒落じゃなく眠いので、僕は水上さんから飛行機でよく見る小さい毛布を拝借して、シートの背もたれに思い切りよしかかって目をうっすらと閉じた。……寝落ちるのに、時間はさほどかからなかった。


 一時間半もすれば電車は終点に到着。すぐに降りて、接続の電車に乗り換える。逃すと待ち時間がとんでもないことになる。さすがに寒空の下ブルブル震えながら電車を待つ趣味はない。


 二十分程で地元の駅に到着した。大学に入ってからここに帰るのは初めてなんだけど。

「……相変わらず何もないなあ……」

「……わ、私、駅に改札機も券売機もないところ、初めて見ました……」


「水上さんの実家はさすがにここまでじゃない?」

「は、はい……簡易改札機はギリギリありました」

「なら十分都会だよ」


 軽く苦笑いを浮かべつつ簡易的な駅舎を出て、久しぶりの地元の町を歩きだそうとすると、近くから車のクラクションが鳴り響いた。


「……え?」

「おーい。太地―。迎えに来たぞー」

「…………」

 ゆっくりと移した目線の先には、運転席の窓から顔を出している僕の父親……と、後部座席で鬼のような睨みを利かせている美穂の姿が。


「んぐ……」

「……八色さん? どうかされましたか?」


 あ、あの車……乗らなきゃだめですか……? すっごく嫌なんですけど……。

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