第200話 水上さんvs井野さん(第2ラウンド)

 それから数日。浦佐はいつも通りに戻っていて、カウンターの裏で鼻歌を歌いながらソフトの加工をしたり、たまにとてとてと売り場に出てゲームの棚の確認をしたり、僕と小千谷さんの偏差値が低い会話にも普段通り渋い顔をしたりと、通常運転だった。


 ただ、金太郎鉄道のパッケージを見る度に「二徹で百年―♪」とひとりごとを呟いているのが僕にとっては怖い。

 い、今からでも撤回できないだろうか……。その場の流れでつい言っちゃったけど、二徹で金鉄百年は普通に頭が悪い。真面目に脳みそが溶けそう……。


「せっかくだし、円ちゃんとあと誰かひとり誘って四人でやりたいっすねー」

 しかし、あれだけ浦佐が楽しみそうに頬を緩めているのを見ると、やっぱなしで、とも言えない。っていうか、やっぱり井野さんも巻き込むのね……。ごめん、僕のせいで。っていうか年頃の女の子に二徹とかさせて大丈夫? 浦佐はもうやる気満々だからいいとして……。まあ、もう気にしたら負けか。


 ……一度言ったことをひっくり返すのもよくないし、腹を括ろう……。とりあえず、二月までに家に眠気覚ましの魔剤を二ダースくらい用意しておこう。あと、お茶も二ダース。


「……? どうしたんですか? 八色さん。そんな渋い顔して」

 休憩前の勤務中、ゲームソフトの棚の前で上機嫌そうな浦佐を見ていた僕に、同じく補充に出ている井野さんが話しかける。


「……いや、なんでもないよ」

「そ、そうですか……。そ、そういえば、八色さんの家にお邪魔するの、明日ですけど……何か持っていったほうがよかったりしますか……?」

 値下げする漫画の山を体の前で抱えている井野さんは、僕にそう尋ねる。


「いや……学校からそのまま来るんだよね? 無理しなくていいよ。お菓子も飲み物もあるから」

「わ、わかりました……」


 ……でも、この子、僕の家に来るのに大抵とんでもないお土産持ってくるからな。ゴムだったりゴムだったりゴムだったり。


 あとまあ、学校から直接来るのは、水上さんも同じなんだけど……。大丈夫かなあ。明日。不安でいっぱいだなあ……。


「すみません、この漫画ってどこにありますか?」

 考えごとをしていると、近くにいるお客さんから声を掛けられる。


「はい、なんでしょう──」

 心の片隅で明日の不安を思いながら、僕はひとまず目の前の仕事をこなしていった。


 翌日。平日ということもあり、井野さんは当たり前だけど高校が、水上さんも授業があるということで、ふたりの学校が終わってから僕の家に集合になった。ふたりとも、夕方五時くらいに到着するとのことだ。


 僕は僕でテーブルの上にコップなり飲み物なりお菓子なり筆記用具をセットして待機する。時計を見ると、午後の四時。


「……ちょっと準備早すぎたかな……」

 入れるとは言え、三人もテーブルに座るとなるとかなりの狭さだし、テーブルの上には物が広がっている。そんなにやれることもないし……、


「本でも読んで待つか……」

 勉強机に置いていた単行本を手に取って、ベッドに寝転がったタイミング。


 ピンポーン。


「……四時だよね? まだ」

 うん、スマホの時計も四時だし、僕は間違っていない。宅配便のあてもないし……。え?


 開きかけていた本を再び枕元に置いて、僕は玄関に出る。扉を開けると、


「……こんにちは、八色さん。お邪魔します」

 これまたちょっとカラフルで、普段のパステルカラーが基調の服とはイメージが違う水上さんがいた。


「ご、五時頃に着くって言ってなかったっけ……?」

「駄目でしたか……? 授業がちょっと早く終わったので、そのまま来ちゃったんですが」

 水上さんはきょとんとした顔で小首を傾げる。


「……いや、駄目ってわけじゃないんだけどさ……」

「ベッドの上でおひとりでお楽しみのところでしたら、駅前のカフェで時間潰してきますけど……」


「これから女の子ふたりを家に入れるってときに、自家発電するほど僕は溜まってないからね?」

「でも……周期的にそろそろかなあって思っていて」


 …………。確かに、ね? 今日か明日くらいにかなあとは思ってた節はあるけどね? それを言い当てられると僕はとっても怖いんだ。あれですか、僕が水上さんの周期を把握しているように、水上さんも僕の周期を把握するんですね。そんなシェア僕は嫌だ。っていうかどっちも水上さん主導のシェアだし。


「……とりあえず、入りますね。お邪魔します……」

「い、いらっしゃい……」

 靴を揃えて置き、水上さんは部屋に上がる。

 ……大丈夫、一時間なら何もないさ。いくら復活した水上さんとは言え、一時間じゃ何も、何も起きない……はず。だよね?


「……僕の家、こたつないから、寒かったら言って。暖房の温度上げるから。あと、上着貰っちゃうね。そこにかけるから」

「……ありがとうございます。とりあえず暖房は大丈夫です」


 水上さんの上着を貰って、僕のコートをかけているところに並んでハンガーにかける。

 とりあえず、早いけど、もう勉強始めてもいいかな……。と、思っていると。


 再びインターホンが部屋に鳴り響いた。

 ……四時十五分ですが。これは、井野さんが到着した、ということでよろしいでしょうか。


「ちょ、ちょっと出るね」

「はい……」

 なんか表情曇ったよね。これ五時集合にして早めに来て、その間に僕とどうこうしようって算段だったね。


 玄関を開けると、浦佐から貰ったマフラーに冬物のコートを羽織った井野さんが白い息をたてながら立っていた。


「……い、いらっしゃい」

「お、お邪魔しま……す……。あれ、も、もう水上さん着いているんですか?」


 まあまあ外は寒いみたいで、頬まで赤くさせた井野さんは、玄関に女性ものの靴が置かれているのを見て、やや悲しそうな顔を作る。

 これ……井野さんも同じ魂胆だったな。


「う、うん。ついさっき……。ちょっと授業が早く終わったからって」

 というか、高校の六時間授業が終わるのって三時半とかだよね? そこから四時十五分に僕の家に着くって、まあまあ急がないと無理なんじゃ……?


「そ、そうなんですね……」

 ああ、見てわかるくらいにしょんぼりしている。水面下で牽制合戦が始まっているよこれ……。


「と、とりあえず、立ち話もなんだし、どうぞ」


 水上さんの靴のすぐ隣に、今度は井野さんのローファーが並べられる。僕の靴は靴箱にしまっているとはいえ、ふたりぶんの靴を置いただけで土間は窮屈だ。……よく三人や四人もお客さんを入れた日があったな。


 井野さんからも上着を受け取ってハンガーにかけ、いざ部屋に着席。

 僕の左右に井野さん水上さんと位置を取り、テーブルにはそれぞれの教科書なり参考書なりが広げられた。


 ……ま、ひとまず勉強、頑張るか。

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