第199話 また一緒に徹夜でゲームしてくれますか?
「……これは、さ。僕の想像っていうか、一年くらい井野さんを見てきた僕の所見っていうか……。井野さんは、多分、そんなことで浦佐を嫌ったりはしないよ」
っていうか、あの子に人を嫌いになるって感情が、果たして存在するのだろうか。
俗に言うパリピやカーストのトップに君臨するようなリア充の同級生は苦手かもしれないけど、それでも嫌いではないはず。
苦手なんだから、それ以上の強い感情なんて持ちたくないって思うはず。
「……ちゃんと話せば、井野さんはそんなことで誰かを嫌ったりなんてしない」
ちょこんと座ったままの浦佐に、僕は呟く。
「……まあ、今はお互い受験前だからやめておいたほうがいいだろうけど、色々落ち着いたらさ、話すといいよ。浦佐なら……そこは大丈夫だよ」
「……そ、そうっすか……?」
「うん。浦佐がそこまで井野さん思いなら、問題ない」
さて。あとは僕が話したいことを話して、自己満足は終わり、かな。
別に、僕はこれから浦佐と険悪な仲になりたくはない。春先にも言っていたけど、職場恋愛は拗れたときが面倒だ。……今まさに拗れているという指摘は甘んじて受け入れます。どうせ僕が辞めるまであと四か月っていう見方もできるけど、四か月も気まずいまま仕事をしたいかと言われると答えはノーだ。
それに、さっきも言ったように、休日に浦佐と一緒にゲームする時間が、嫌だったわけではない。
「……で、だけど。まあそんな友達のことを大事にする浦佐と、バイト先の先輩を通り越してもはや友達みたいな距離感で色々やっていると、今のままでいるのが一番楽しいんじゃないかって思えるわけなんだよ」
涙を堪え続けて上を向いている浦佐を目に入れないために、僕は思いきり俯いては、足と足の間の水色の床を見つめる。
本人だって、あまり見られたくないだろうし。
「浦佐がそのへんどう思っているかは知らないけど、まあ、今のままじゃ嫌だって思ってこうしたわけかな」
「……センパイが円ちゃんのこと好きってはっきり言ってくれてたら、こんなこと言わなかったっすよ。……どうせ、帰ってからわんわん布団潜ってそれで、終わりっす」
なるほど。あの前置きはそういう予防線も兼ねていたのか。
「……優柔不断でごめんね」
「ホントっすよ。センパイのバーカ」
やや涙混じりだけど、普段通りの軽い口調は戻ってきた。
「……なんとなく、浦佐にも好意は持たれてるんじゃないかって思ってたんだ。井野さんや、水上さんほどわかりやすくはないけど」
「……センパイ、自意識過剰っすか?」
「仕方ないだろ……。じゃないと僕の身が持たないんだから……」
あんな求めていない刺激的な日々を無事に乗り切るためには、身の周りに敏感にならないといけないわけだし。
「でも……さ。こう言ったらあれだけど、浦佐とは、彼氏彼女になってどうこうするイメージがつかなかった。……見た目とか抜きにしてだよ」
「それで見た目が原因だったら、センパイとは二度と口利かないっすね。で、身長が二メートル超えたら動画の枠まるまるいっこ使って『センパイのチビ』って言ってやるっす」
「二メートルって……ゲーム実況者じゃなくてバレーボールとかバスケットボール始めたほうがいいんじゃ」
「そうっすね。それもありかもしれないっすね。スポーツ選手」
地味に浦佐はすばしっこいからそのまま身長大きくなったらわりかしあり得るんじゃないか……いや、やっぱりないな。浦佐はゲームのコントローラーを抱き枕にして寝るくらいだ。そんな彼女がゲーム以外をするところなんて、想像できない。
「……ただ、やっぱりセンパイの家で並んでゲームしているのが、一番楽しそうっすね。自分にとっては」
「最大級の誉め言葉って思っておくよ」
「円ちゃんもゲームはあまりしないっすし、おぢさんとは煽り合いにしかならない気がするっすし、学校の友達もゲームする人はいないっすけど、なんだかんだ文句言いながらも一緒に徹夜してくれるセンパイが、ゲームに関しては一番っす」
「……それが端から聞けば友達にしか聞こえないんだよな……」
「また、一緒に徹夜でゲームするっすか?」
「……暇なときなら」
「それでこそセンパイっす。自分の入試が終わるの、二月の中旬とかそのくらいっすけど、それが終わったらゲーム持ってセンパイの家押しかけるっすね」
え、ええ……? もう決めるの……? っていうか入試が終わったらなの? 合否発表出るまでせめて待とうよ……。
「金太郎鉄道、百年プレイで実況動画撮影っすー」
「は? え?」
「自分のこと振ったんすから、それくらい付き合ってくれてもいいっすよね? ひとりが嫌なら、円ちゃんも誘うっすよ」
「いや、ひとりが嫌とかそういう話じゃなくてだな」
「楽しみっすねー、金鉄。買うだけ買って積んでるんすよー。さすがにひとりでやるのは寂しいっすし、受験も近いっすから、新作ゲームは手を出すの我慢してるっすし」
「って、っていうか僕も動画に出ることになってるのほんと勘弁して、マジで」
「大丈夫っすよー。顔出しはないっすからせいぜい声出しくらいっすねー。予告のツイートくらいはしておいたほうがいいかもっすねえ。『今度友達と金鉄100年プレイ実況動画あげまーす』とかって。いやー、二月が楽しみっすよー。おかげで受験も頑張れそうっすー」
さすがにこのままだとなし崩し的に動画出演が決まってしまう。それは許してもらいたいから、下げていた顔を上げて僕は浦佐のほうを向く。すると、
「……あ……」
視線に入った景色に、僕は思わず声が漏れた。
「あれ、どうしたっすか? センパイ。そんな、隣に座っている高校生が笑いながら泣いているのを見ちゃった、みたいな顔してー」
……口振り、表情、何もかもがいつもとそっくりなのに、違うところがあるとしたら。
ニコっと子供っぽい、大げさに言えば憎たらしい笑みから、ポタポタと、一筋の透明な宝石が、天井から差し込む照明の光を反射していて。
穏やかな弧を描いた唇は、やはり笑顔を浮かべているように見えるけど、よく見ると微かに震えていて。
「……嬉しいんすよ? また、センパイと徹夜でゲームできるのが。でも……振られた直後にニコニコできるほど、自分、器用じゃないっすよ」
「……いいよ、一徹でも二徹でも付き合うよ。バイトさえなければ」
こんな顔見せられて、駄目って言えやしなかった。
「ホントっすか? 二徹って言ったっすね? もうこうなったらいっそ生放送とかにしちゃおうっすかねー。四十八時間耐久金太郎鉄道、とか銘打ったら急上昇乗れるかもっすよ?」
「うん、なんでもいいよ。なんでもいいから……」
僕が言っていいかはわからないけど、また、元気になってよ。
浦佐は、夜番の元気印なんだから。
僕らがお店の入居しているビルを出たのは、閉店から二時間が経った頃だった。
浦佐も帰宅が日を跨いでしまうことになって、大丈夫なのかなと思いもしたけど、浦佐曰く「朝、親が起きたときに自分が部屋にいれば何も言わないっすから大丈夫っすよ」とのことで、特に何をするでもなく京王線の改札に入っていった。
てくてくと歩いていく彼女の背中を、最後まで見送ったのは、初めてのことだったと思う。
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