第190話 あまり解決してなさそう
「ふぇ? わ、私と浦佐さんで……?」
そりゃ、まあそんな反応にはなるよね……。
「そうっすそうっす。いい案だと思わないっすか?」
ニヘっと悪戯っぽい笑顔を浮かべて浦佐はとてとてと一度抱えているゲームソフトの山を売り場に補充しに向かう。
「……ま、まあひとり暮らしっていうか、親元離れて生活するのは経験しておいて損はないと思うよ……。お金が許すならね」
「そ、それはそうなんでしょうけど……」
僕と井野さんが(今回はちゃんと全年齢向けの)本に値札を貼っている間に、また浦佐が戻ってきた。
「うーん、いい案だと思うんすけどねー、シェアルーム。……あ、別に円ちゃんが二十四時間いつでもひとりで気持ちよくなることしてようが自分気にしないっすから。動画の録音に声さえ入らなければなんでもオッケーっすから」
「にっ、二十四時間って……そ、そこまで私欲求不満じゃないよっ、ひゃ、ひゃうん……」
……まあ、男子大学生はよく聞くけどね……。することないから気づいたら一日五回してたとか友達にいるし。
でも、申し訳ないけど井野さんならやりかねないとは思ってしまう。だって、今浦佐と目が合っているけど、お互い渋い表情しているもの。
エロに関してはほとんど信用されていないんだよな……井野さん……。まあ、日ごろの行いだろうけど。
「ま、考えておいて欲しいっすー」
そう言い、浦佐は再び自分の巣である狭苦しいソフトの加工場に戻っていった。しばらく僕と井野さんは何も言わず、目の前の作業を黙々とこなしていたけど、やがて耐えきれなくなったのか、
「わっ、私、別に一日中そういうことばっかり考えているわけじゃないです……」
と、顔を真っ赤にして首まですくめて僕に言い訳してきた。
「……へー。そうなんだー」
「そ、そんな棒読みで答えなくてもいいじゃないですか……、八色さん……」
「いや……って言われても……」
僕はバーコードを読み込むスキャナーを握り、山のように積んだ本に通し始め、
「……いきなり僕の家押しかけて口なり手なりでするって言い始めたり、勤務終わりにキスしてくださいってせがんできたり、僕をオカズにしていたりって知ってたら、ねえ……?」
「う、ぅぅ……」
これもはやむっつりを通り越してがっつりなのでは? 知らないけど。
「……そ、そんなこと、八色さんにしか言ってません……」
「…………」
苦し紛れの一発にしては破壊力は高かった。けど、冷静になろう。
あんなこと、誰彼構わず言っていたらもはやそれはがっつりを通り越してただの変態さんだ。うん。だからそこに萌えを覚える必要はない……。うん。うん。
「さ、ラベル発行したし、井野さん貼ってってー」
もうこの話はこれで終わり、という意思を示すために、僕はまた新しい仕事を井野さんにお願いしておく。
「ひゃっ、ひゃい……」
……なんでそんな返事が慌ただしいものになっているの。さてはまた良からぬことを妄想していたな……。
突っ込みは入れないけど。……まあ、それが井野さん、みたいなところはあるし、もういいかな。
……これで井野さんと付き合ったら、果たしてどうなるのだろうか。こんな距離感が、ちょっとだけ詰まるのだろうか。
いや、ちょっとで済むのかな……。井野さんはタガが外れると暴走が激しくなるから、彼氏彼女になったらもっと色々直球でやりたいことしてきそう……。
も、桃色関係でなければ別にいいんだけどね。手をつなぐとか、そこらへんまでなら、全然。
……しかし、そういう意味では、予想がつかなさそうだな……。意外と。
その日の仕事も無事に終わって、息を吐くと白い息が出る寒空を歩いて家に帰った。部屋に入るなりすぐにお風呂を沸かし始めて、その間にパソコンを開いて今日の勤務中に話した引っ越し先の物件を適当に探しだした。
「……うわあ、でもやっぱり二十三区内は家賃高いなあ……」
ずらっと並ぶ物件の列に見える金額は、どれも今住んでいる部屋より高いものばかり。たまに安いものもあったりするけど、それはかなり条件が劣っているものだ。まあ、安さには理由があるものだし。
ページをスクロールしていくと、次第にワンルームからふたつ部屋がある物件も混ざり始める。
「……部屋は二倍になっても家賃は単純な二倍にならないってね」
まあ、これなら浦佐がシェアルームを提案するのもわかるね。世の中っていうのは大概ひとりに厳しいから。
春からの手取りが何万円で、そこから色々差っ引いて家賃に使えるお金は、と逆算してあれこれ考えているうちに、お風呂場からアラームが鳴り響いて、とりあえず部屋探しはそこで中断した。予算は決まったし、一歩前進ってところかな。
そして、一日空いて次の僕の出勤日。この日のシフトは、僕と水上さんと小千谷さんだ。
僕と小千谷さんは先に到着して、それぞれ夕礼前のひととき、スマホをいじりながら過ごしている。
ただ、この間水上さんが顔を真っ赤に腫らしてやって来た、という前例があるからか、心なしどこかスタッフルームには緊張が走っているように思える。いつもなら小千谷さんが軽口を叩くはずなのに、今日はそれがない。
夕礼開始五分前になって、ようやくスタッフルームの扉が開く音がした。チラッと視線を向けると、水上さんの姿がそこにあって、ひとまず安心はする。
「お疲れ様です……」
「おー、水上ちゃんお疲れー、今日は元気そうで何よりだよー」
見た感じは普通そうだけど……。八木原君、うまいこと解決したのかな……?
「この間はすみません……今日は大丈夫なんで」
小千谷さんと何事もないように普通に挨拶を交わし、ロッカーに荷物をしまおうとする。が、しかし。
「あっ」
ロッカーに入れようとした荷物は、ドンガラガッシャンと激しく音を立てて、ひっくり返って床に散乱してしまった。
「おいおい、大丈夫かー、水上ちゃん」
らしくない光景にさすがの小千谷さんも苦笑い。すかさず立ち上がって回収するのを手伝おうとするけど、
「い、いえっ。大丈夫ですので、はい……」
……おーい。八木原くーん。一体何を言ったんだー? 寧ろ悪化してるような気がするんだけどー。ちょっとお兄さんに説明してもらってもいいかなー。
……いや、真面目にいいのか? これ。
暖房はそれほど強くないはずなのに、自然と僕の額には汗が浮かびだしていた。
き、今日の
……な、何も起きませんように。
それだけ願って、僕は夕礼が始まる前に持っていたスマホをロッカーにしまいに行った。
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