第188話 ひとりブレストと再登場の真面目君

 それからしばらくというもの、特にこれといったイベントは起こらない日々が続いた。井野さんは受験が近づいているので、本格的にシフトのときしか顔を合わせなくなったし(まあそれが当たり前と言えば当たり前なんだけど)、浦佐もそれにつられて僕の家に押しかけるようなことはしなくなった。


 それで、水上さんはここ最近ずーっとなんかおかしいまま。僕が聞いてもはぐらかされるだけだし、調子が狂う。


 ……ちなみにだけど、この三名が落ち着いてくれるだけで、僕の日常はある程度平和なものになるのか、と感動さえ覚えたのは別の話だ。最近ずーっと、何かしらのイベントなりハプニングが起きて、気が休まる暇なんてなかったからね。今年の三月までの感じと似たようなものだ。


 当時はそれでも平和とは思っていなかったけど、三月までの日常を平和と認識する程度までには慣れてしまったようだ。


 で、そんな平和な時間が意図せず手に入ったわけなので、シフトが休みの日に自宅で、約束通り僕は水上さんと井野さん、どっちを選ぶのかを考えることにした。


「……ま、まあこういうのは紙に書いたほうがわかりやすいってよく言うし……」

 勉強机の上、ルーズリーフにシャーペンを用意した僕は自分に言い聞かせるようにそう言う。……ほら、恋愛沙汰をノートに書くってなんか恥ずかしいでしょ……? 形に残るし。


「……とりあえず、長所からまとめていこう……」

 罫線に沿って、僕は「・」をいくつかつけて、その後にそれぞれのいいところについて書きだしていく。


井野さん 長所

・好きなものに対して正直

・行動が柔らかい

・周りに気を使うことができる

・絵が描ける


水上さん 長所

・(基本)落ち着いている、物腰が穏やか

・物覚えがいい

・大概のことはそつなくこなす(料理は除く)

・わからないことははっきり聞く

・子供っぽい一面を見せると普通に可愛い(→あーちゃんモード?)


「……ってこれじゃまるで人事査定じゃん……。僕就職する前から人事部とか人財の仕事してどうするんだよ……っていうか僕何様だよ……」


 書きだしたルーズリーフを見てちょっと頭を抱えるけど、こういうのは直感が大事だし、ちゃんと決めると宣言した以上、しっかりやらないといけないのは事実。

 ……ひとりブレインストーミングか、これは。


「……自分を客観的に見るのは今はやめよう。身が持たない……」

 で、次は僕個人として気になるところ、だけど。


井野さん 気になるところ

・思考が基本桃色

・カップリングに見境がない

・自己評価がかなり低め

・たまに暴走する


水上さん 気になるところ

・行動が重たい、エロいことも普通に受け入れちゃうししちゃう


「……水上さん、逆にこれ以外ある?」

 書いていて思った。だって、僕が悲鳴をあげてきた数々の出来事、全部これに起因しているよ? 裏を返せば、ここさえどうにかなれば僕が気になる点はほぼ解消されちゃうよ、これ大発見じゃない?


「井野さんは……まあ……」

 思春期だから桃色思考は仕方ないとして、BLの趣味を否定する気はないし、それを言ったら僕の性癖なんてもっとやばいだろうし……。BLとおもらしを天秤にかけるのも変な話だけど……。


 自己評価が低いのは僕もどうにかはしようとしているけど、そうそう簡単にいくものではない。っていうか簡単に直ったらそれは嘘だ。暴走するのはもはやご愛嬌。


 単純に考えれば、さほど気になる要素が強くない井野さんのほうが減点は少なく、印象はいい。高校生っていうことが障害になるだろうけど、今その話をするのはなしの方向で。年齢を理由にするのはフェアではない。


「ただ……そんな単純でもないんだよな……」

 それだけで井野さん、ってジャッジを下せるはずもなく、十分水上さんにも一定の魅力は感じている。……行動が重たいことを抜きにしても。


 料理でちょっとドジっちゃうのは俗に言うギャップ萌えに繋がっているし、基本彼女は一緒にいるとき、僕を軸に行動してくれる。僕と水上さん自身のふたりが、楽しくなれるような行動を選択している、はず。ま、まあ「僕の楽しい」が、水上さんのものさしで測られているからエロいことも多々してくるのだろうけど……。


「……それで、どうしたものなんだろう……」

 いいところ、気になるところをそれぞれお箇条書きにしてまとめてみたけど、いまいち決めることができない。


 しばらくの間、机に向かって悩んでいると、ふと置いていたスマホが着信を知らせた。

 ……バイト関係か実家かな、と予想を立てて通知画面を見ると、

「え?」


 そこには、予想もしてなかった名前が表示されていた。

「も、もしもし八色です」


 すぐに僕は電話に応答し、相手の反応を待つ。

「あ、先生ですかっ? 僕です、八木原ですっ」


 電話をかけてきたのは、高校のときの水上さんの同級生の八木原君だった。話すのは、夏に初めて会って以来だ。……というか、先生呼びは継続なんですね。


「……ど、どうしたの? いきなり電話なんかして……」

「そ、その……今さっき、あーちゃんからラインが来て……」

 僕はそれを聞いて、ギクっと体が硬直してしまう。別に悪いことをしたわけではないのに。


 ……嫌な予感がしたんだろう。普段連絡を取らない八木原君から電話がかかってきて、それが最近なんかおかしい水上さん絡み。不安にならないほうが難しい。


「悩みがあるから相談に乗って欲しいって言われて……」

「……へ、へえ……」

 不安指数爆上がりですね、これは。ええ。


「ど、どうしてそれをわざわざ僕に?」

「だ、だって、僕、誰かの相談なんて聞いたことないですし、それだったら先生にコツとか教えてもらったほうがいいんじゃないかって。先生が頼れる存在なのは、もう知っていますしっ」


 ……ねえ、僕は水上さんが八木原君にそういうラインをしたってことを知ってよかったのかな? 僕でも小千谷さんでも、井野さんでも浦佐でも宮内さんでも、津久田さんでもなく、八木原君ってことは。

 八木原君でないといけない理由が少なからず存在するのだろうから。


「……えっと」

 どうする? これ。

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