第181話 トリックオアトリート
そして、やって来た十月三十一日。盆と正月が一緒に来たようとかたまに言うと思うけど、まさにハロウィンと井野さんの誕生日が一緒に来て僕のメンタルはバクバクです。……しかもね、今日のシフトがね? 僕と井野さん……と、中番ふたり、っていう鬼畜な日なんですよ。
つまるところ、休憩明けから閉店までは僕と井野さんのふたり。ね? たまに起きる夜番のシフトが偏ってしまった現象。その代わり中番が多いから休憩前までにどうにかしてねっていうメッセージすら感じるね。仕事に関しては。
……で、もう気象予報士なんて必要なくなるくらい嵐の予感がビンビンするよ。そりゃ夕方からこんな深夜テンションになるよね? 怖いもの。めちゃくちゃ怖いもの。
「…………」「…………」
井野さんは変わらず勉強をしていてほとんど喋らず、僕がこんなんだから、夕礼前のスタッフルームはなぜかお葬式ムード。なんか、バイトはじめたての頃ってこんな感じだったかな……。何を話せばいいかわからないからとりあえず黙る、みたいな……。
辺りに井野さんがめくる参考書の音だけ響き、時間だけが流れていく。そんな沈黙を打ち破ったのは、やはりというか、
「お疲れ様あ……って、どうしたのよふたりとも、そんなに静かになっちゃって。らしくないわねえ」
今日は火に油を注ぐのではなく、着火剤の役割をしてくれた宮内さんだった。
「お、お疲れ様です……」
「嫌ねえ太地クン。井野さんが静かになるのはわかるけど、あなたまでどうしてそんな顔が引きつっているの? ほらあ、ニコニコしなさいニコニコ」
と、緊張に緊張が重なった僕の頬をつまんではぐりぐりとほぐしてくる。……ん?
「……みや×たい……ひゃぅ……」
ですよね。誕生日だろうが勉強中だろうがなんだろうが、ネタが落ちていれば反応する、それが井野さんですよねえ……。おかげで少し安心したよ……。それも変な話だけど。
「……月末なのにラストがふたりなことに緊張しているんですよ。僕でもこれは久しぶりですし……」
「ごめんねえ。本当は虎太郎クンも入るはずだったんだけど、なんでも腰とか色々痛めていたのが酷くなったみたいで、お休みになったのよ」
……津久田さん、今度僕に美味しいお酒奢ってくださいよ。あなたのせいで今僕は胃に穴が空きそうになっているんですから。
「急だったから代わりも見つからなかったし、一応浦佐さんと水上さんにも聞いたんだけどねえ」
……まあ、どうせ浦佐は暇なら出勤するだろう。お店にも井野さんへプレゼント渡すためにも来るって言うくらいだし。それでも出勤できないってことは、ハロウィン用にゲームの生配信をするとか、そんなところだろう。水上さんは単純に大学とか課題で忙しい……と予想しておきます。
「月末締めだし、ちょっと不安だけど、まあ太地クンいれば大丈夫わよ、ということで、強行策に出たわけよ」
「……まあ、代わりに中番が増えているのでどうにかしようってつもりがあったのは伝わってるんでいいです」
「そうそう、頼み込んじゃったわあ。上がりまでに太地クンの手足となってこきつかわれてって言ったら、喜んで引き受けてくれたわ。さすがの人望ね、太地クン」
「……どういうお願いしているんですか」
「そりゃ、ワタシみたいな年取ったのにお願いされるのと、太地クンみたいに若い男の子にお願いされるのじゃ、若い男の子のほうが喜ぶでしょ?」
「……人をあごで使うドSな八色さん……そ、それもアリかも……ひぅん……」
あーはいわかりました。もう突っ込み放棄します。
「もう、とりあえず夕礼始めましょう? はい……月末ですし……」
と、まあ、ウチのお店にしては比較的平和に一日が始まった。言った通り、夜番は僕と井野さんしかいないので、休憩は交互になる。井野さんが先休、僕が後休だ。
夜番はいないけど、中番は人が多いので、別に人がいなくてしんどい、ということにはならない。それに、宮内さん曰く僕の手足となりたい勤労意欲満々の先輩二名があからさまに目を輝かせて「我々は何をすればよろしいでしょうかっ、八色氏」と並んでやって来たし。……知らないけど〇〇氏って、二人称で使うと煽っているように聞こえるのは気のせいかな。
……まあ、人が笑えるレベルでいないときは煽られて、笑えないレベルで人がいないときは心配されるっていうのが常だから。……うん。
煽ってきた僕の手足はとりあえず売り場に出てる補充物が乗ってるカートを全部空にしてくださいという指示を雑にすると、「合点承知の助」と敬礼をして補充に行くからまあ面白い。
というように仕事をしていると、あっという間に先休の時間がやって来た。
「で、では……休憩入ります……お疲れ様です……」
予定通り井野さんがスタッフルームに引き上げていき、それとほぼ同時に。
「どうもっすー」
ちょっとおしゃれな紙袋を小脇に抱えた浦佐がぴょこぴょことカウンターにいる僕に話しかけてきた。
「あ。太地センパイ、トリックオアトリートっす」
……ニコニコとした表情の浦佐は、右手をパーにして僕にお菓子を要求してきた。
「……今? よりにもよって今なの? 今僕が持ってたら色々と問題だよ?」
「あ、持ってないんすね。じゃいたずらしておくっすねー」
「え、……ええ……?」
用はそれだけだったようで、浦佐はすぐに井野さんのいるスタッフルームに入っていった。
……一応、今日カバンにお菓子は持ってきていたのに……。勤務中にお菓子を要求する子供がいるかよ……。とほほ……。
「ん? どうされたか八色氏。渋い顔をされて」
そうしていると、売り場の補充から一度戻ってきた中番の先輩が面白いものを見つけたと言わんばかりに僕に話しかけてくる。
「……その口調いつまで続くんですか」
「我々の任務が終わるまでであります」
……じゃあ早く仕事を終わらせてください。
「……古語口調なのか軍隊風なのか、せめて統一してくださいよ……」
「さすがの突っ込みでございます、上長」
「…………」
「で? 今浦佐があからさまにプレゼントってわかる代物を持ってやって来たけど、八色は何か持ってきたのか?」
急に現代語になるんですね。……まあいいや。
「ま、まあ……一応は」
「ふ~。井野ちゃん喜ぶだろうなあ。想像するだけでなんかキュンキュンしちゃうぜ」
完全に楽しんでやがる、この先輩。
「……っていうか、こんなところで油売っていいんですか。まだ補充」
「補充ならもう終わったぜ。俺らが本気出せばこんなもんよ」
あれですか。現代語に戻ったのは、任務が終わったよって意思表示だったんですね。わかるかい。
「……じゃ、じゃあ、ソフトの買取分だけでも加工していってください」
「了解であります」
……もう今日やるべき仕事ほとんど終わったんですが。
やっぱり凄いわ、ベテランは。
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