第180話 無理なプレイは禁物です

 翌日。井野さんの誕生日まであと数日に迫った日。この日のシフトは僕と浦佐と小千谷さんの三人。例によって小千谷さんはスタッフルームで家電を、浦佐はソフト加工場でソフトを触ってもらっていて、僕はひとり寂しくカウンターに入っている。


 やはりこの時期は年末の出費に備えて買い控えをする人が増えるので、それなりにお客さんは少ない。

 だからこそ、モヤモヤと考えごとをしながらもなんとか業務はこなせていたのだけど、


「やっほー、来たよー」

 そうもいかないお客さんがやって来てしまった。しまったってなんだろうね。


「いらっしゃいませ……って」

 なんで妙に肌がツヤツヤしているんですか津久田さん……? 昨日ほんとに何をしたんですか? もしかして目覚めましたか? 新たな性癖の扉でも解放しましたか?


「……えらく上機嫌ですね。いいことでもあったんですか?」

 っていきなり女性に言うのは失礼極まりないので当たり障りのないことでそれとなく尋ねておく。


「えっ? そう? そっかー、そんなにわかりやすかったかー。会社でも言われたんだよねーくふふ」


 ……小千谷さんの顔はえらくゲッソリしていたから、これ黒ですね。……どうしよう、小千谷さんのお尻が真っ赤に腫れあがっていたら。バイトの先輩が鞭で叩かれていると知ったときにどう反応すればいいのだろうか……。


「それで? 八色君はえらくお悩みのようで?」

 津久田さんは買取カウンターに背負っていたバッグを置き、僕にそう聞く。


「……僕も顔に出てましたか?」

「んー、まあ、そこそこ顔合わせてるしねー。普段と比べてなんか生気がないのは感じたよ」


 なるほど……。僕に至ってはそもそも生きてなさそうという感想なんですね……。そこまでいっていたか……。

 僕はバッグの中身をあけて、次々に査定物をテーブルに広げる。


「……このくらいなら五分ちょっとで終わりますね」

「なるほど。相談時間は五分ってわけか。まあでも大抵八色君が悩むのは女の子関連って相場が決まっているからね。こっちゃんが聞いたら怒りそうなことだけど」


 ……そんなに僕女の子のことで悩んで……ますね。はい。ちょくちょく津久田さんに話聞かれてますね。

 津久田さんが持ってきた本をバーコードに通しながら、話を続ける。


「それで、今度はどんなことでお悩みかな?」

「……津久田さんって、小千谷さんのどこを好きになったんですか?」


 いつもだったら、適当にはぐらかしている場面だ。でも、こればっかりは、ちゃんと聞いておきたいというか。

 ……僕の頭のなかだけでは、答えを出すリソースがないというか。


「……八色君らしからぬ直球な質問だね」

「それはあれですか。僕が普段ものごとをはぐらかしているっていう遠回しな揶揄ですか」

 僕は苦笑いを浮かべつつ最後の査定物のバーコードをスキャンする。


「……三十点で一万円ですね」

「ん、それでお願いします。はい免許とポイントカード。で、どうしてそのような疑問を?」


「……いや、だって考えてみてくださいよ。フリーター・趣味ギャンブル・性格適当の三拍子ですよ? ダメ男にカテゴライズされても文句言えない立場ですからねあの人。例えそれが百年の恋だろうが冷める人は冷めそうなものですけど。──ありがとうございます、確認終わったのでお返ししますね」


 本人確認も済ませ、僕は精算のためレジに一旦入って、お金を持って再び津久田さんの目の前に立つ。

「んー、そうだねー。こればっかりは直感というか、感覚だよね? ほら、恋に理論持ち込んだら味気ないでしょ?」


「……理論派からしたら対極の意見ですね。まあ、概ね同意できますけど」

「感覚は適当でも、気持ちが本気ならそれでいいじゃん。って思うけど。どうかな?」


 ああ、なるほど。それじゃ津久田さんと小千谷さんは似た者同士ってわけだ。

 そりゃ、腐ったとしても縁が続くわけですね……。


「……ま、八色君が誰と誰と誰に言い寄られて困っているかは知らないけど、目には目を、歯に歯をって言うでしょ? 本気には本気だよ。そんじゃ、お邪魔しましたー。こっちゃんにお尻の腫れ具合は大丈夫って聞いておいてねー」


 せっかくいい話をしていたのに、最後ので全部台無しですよ。僕の周りでシリアスな話できる人っていないんですか?

「……ありがとうございましたー」


 津久田さんはヒラヒラと手を振ってお店を後にする。

 ……誰と誰と誰、ってところまで行ってるなら知らないはずないじゃないですか。三人目までそうなんですか? って言いたくはなるけども。


「……佳織帰ったか」

 しばらくの間立ち止まって、考えごとをしたのち、買い取ったものを加工カウンターに移そうとすると、加工済みになった家電を抱えた小千谷さんが遠い目をして僕の隣に突っ立っていた。


「いたなら言ってくださいよ。小千谷さん……びっくりするじゃないですか。あと、お尻の腫れ具合は大丈夫ですか?」

「……俺のケツの心配をまさか野郎にされる日が来るなんてな……井野ちゃんか宮ちゃんに聞かれたらややこしいことになるんじゃないか?」


「……どっちも今ここにいないから聞いたんですよ。あと、僕が心配したのはあくまで皮膚のほうです。まかり間違っても別のお尻を想像しないでくださいよ? 僕にそっちの趣味は本当にありません」


「……俺だってねえし八色がそんな趣味持っていたとしたらドン引き通り越して今後どうやって関わればいいかわからなくなる事案だぜ……」

「減らず口が健在なうちは大丈夫ですね。安心しました」

「……だといいな」


「最近、ほんとロクな話してないっすね、センパイとおぢさんは」

 そしてこれまたニョキっと地面から生えるように浦佐が会話に混ざってきた。皆さんどうしてそんな隠密行動に徹しているんですか……?


「この間はAVの話をして、今日はお尻の話っすか? センパイたち、働きすぎで頭おかしくなったんじゃないっすかね」

 ……正論なのでぐうの音もでない。働きすぎなのかな……僕って。


「浦佐……。男にはな、頭おかしくなるくらい辛いときもあるんだ」

「別に男じゃなくても辛いときくらいあるっすよ」

「……家電の補充行ってくる」


 ほんと小千谷さん大丈夫か? キレが全然ないですよ? こんな簡単に浦佐に言い負かされるなんて、結構レアというか。


「あっ、そういえばセンパイ。今度の円ちゃんの誕生日っすけど。自分その日シフト休みになってるっすから、バイトの休憩時間めがけてお店に行くっすね」

「……なんでそれを僕に?」


「まあ、一応その日太地センパイ出勤っすし? ついでに言うと円ちゃんも出勤っすし? あ、店長にはもう言ってるっすから、気兼ねなくスタッフルーム入るんでそのつもりでお願いするっすねー」


 それだけ言うと、また浦佐はひょこりと効果音を立ててソフト加工場へと戻っていった。

 ……そっか、井野さんの誕生日、僕出勤で井野さんもシフトなのか……。


 これは嵐が巻き起こる予感しかしないな……。

 割とマジで。

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