第178話 帰省→八色くんの沸点→SM

「まあその、あれですよ、最近父親と喧嘩して、ちょっと気まずいだけですから」

 あまり彼女を連れて帰れの話は他人にしたくないので、適当な言い訳を並べておく。


「へえ、八色でも親子喧嘩ってするんだなあ。ちょっと意外だわ」

 僕も意外でしたね。僕って親と喧嘩するんだ。ふーん。


 ……まあ家族が家族なもんで、突っ込みを入れまくることはあっても、あくまでネタとして楽しめる(ネタに収まっていないものも多々あるけど)範囲ではあると思っているし、そこまで大きな喧嘩を僕はしたことがない。


「そもそも八色が怒るって地味にイメージしづらいんだよなー。仕事のとき以外で」

「いや、そりゃ僕だって怒るときは怒りますよ」

「例えば?」


 ややニヤついた小千谷さんの顔を少しイラっとしつつ僕は答えを探すけど、パッと思いつかない。

「……女子高生に避妊具渡したとか」


 直近で思いつくのがこれって、僕どんな生活をしているんだよ……。今更だけど。

「ああ、井野ちゃんにコンドーム渡したときね。まあ確かにあの後の八色のキレっぷりは見ていて面白かったわ。内心笑いを堪えるので必死だったな」


 このあたりの事情は水上さんもなぜか把握ずみなので、取り立てて大きな反応はしない。ちょっと眉間にしわが寄ったのは確認したけど。


「……あれでしたらもう一度説教しましょうか?」

「いや、遠慮しておくわ。俺だってマゾじゃないし、そもそも野郎にいじめられるくらいなら綺麗なお姉さんにいじめられたいしな」


「……その発言、間違っても津久田さんの前では言わないほうがいいと思いますよ」

 恐ろしすぎて密告もできない。……いや、津久田さん、ちょっとツンデレの気質があるというか。あからさまではないんだけど、


 多分僕がこれを津久田さんに報告すると、津久田さんは「へえ、こっちゃんがそんなことを……ありがとうね?」と闇オーラ満々で返信してくれるはず。ただ、内心は「こっちゃんがそう言うなら、ちょっと試してみようかな……」とか思っている、……はず。


 つまるところ、二重の意味で言えないってわけです。はい。

「……とりあえず、今の小千谷さんの発言そのまま、津久田さんに転送しておきましたね」


 だと言うのに、水上さんはまた表情を微かに緩めた状態に戻してそう呟いた。

「へっ? 水上ちゃん? 嘘だろ? あっ、やべっ、今一瞬脳裏に鞭を持った佳織の姿が出てきた……」


 ……もうガチのSMプレイを想像されてますねこの人は。仕事前だぞ……。いや、小千谷さんの場合は休憩中か。


「津久田さん曰く、『りょうかーい。近いうちにお使いを派遣するからそのつもりでねー』だそうです」

 ……小千谷さんが強制連行されてその代わりに浦佐が出勤する未来が見えた。


「みんなお疲れ様あ。なんか今虎太郎クンの口から『鞭』って単語が聞こえたけど、そういう予定でもあるのかしら?」

 ……そして火に油を注ぐタイミングでの宮内さんの登場。ほんとこの人登場する時期が神がかっているよな。ベテランの代打の神様かってくらい。


「SMは慣れないうちは気をつけたほうがいいわよお? SやるのかMやるのかわからないけど、お互いが楽しめないならただの暴行になっちゃうし」


 それでなんでこの人は色々と踏み込みにくいところまで詳しいんだ。この間はヒモの矜持について語っていらっしゃっていましたけど、宮内さんの恋愛遍歴もそれなりに気になりますよ。


「いや、宮ちゃん、俺は全然そのつもりはないよ……?」

「最初はソフトくらいがちょうどいいと思うわあ」


 なんで知っているかのように話すんだこの人は……。

 って、僕ら三人は顔を見合わせて思っていたことだろう。


「あ、そうそう。太地クンにはまだ言ってなかったけど、今年の年末年始は他店と本部からヘルプを頂くから、帰省とかでお休みにしたい日があったら早めに教えてちょうだいね?」


 スタッフルームに置かれている月間予定表のホワイトボードに色々書きこむ宮内さんは、そう話す。

「あー、はい……浦佐から聞いてました」


 そういやもとの話は帰省だったな。帰省から僕が怒る怒らないになって、それがいつの間にかSMプレイの話になって……。

 ジェットコースターにもほどがないか? この流れ。


「太地クンいない日はさすがに人の数的にもパワーバランス的にもヘルプが必要になるだろうから、そこだけは把握しておきたいのよねえ」

「えっ、宮ちゃん俺は……?」


「ウソウソ、虎太郎クンもよ。特にふたりともいない日っていうのは、普段からそうだけど絶対にその時期は作りたくないけど、お家の事情もあるでしょうしね。早めに知っておけば、この日だけはヘルプ欲しいって言えるから、それでね」


 ……ああ、どんどん外堀が埋められていく。なんかもう、これは僕にちゃんと帰れって言われているような気がしてきた……。

 だって帰省していいって暗に言われているんだもの……。


「……で、でしたら元日だけお休みください……。あとの一日は比較的余裕あるところでシフト空けるので……」

「元日だけでいいの? 三が日まるまるって言えないのがブラックでつらいところあるけど、二日までだったらどうにかなるわよ? ねえ? 虎太郎クン?」


「……ま、まあ去年の年始は八色が馬車馬のように働いたし……今年ははい。頑張ります……」

「らしいわよ? 二日までいいって」


 ……僕の予想より一日長く実家にいれそうな流れになってきました。

「……で、でしたら二日までで……」


 空気に負けて、結局年始の二日間をお休みにすることで決定。……元日までだったら美穂がぐずる可能性も否めなかったし、それはそれでまたアリ……なのか?


「はーい、わかったわ。そのつもりでいるわねえ。それじゃ、そろそろ夕礼にしましょうか」

 どうしよう、いつもなら年始が休みだ、わーいってなるはずなのに、モヤモヤしか広がらない。


 理由は明快、やはり彼女問題だ。

 井野さんは絶対に連れて行かないとして。三択なわけだ。水上さんを連れて行く。誰かにお願いして連れて行く。ひとりで帰ってお見合いコース。


 ……ただ、誰かにお願いしたら、それこそ水上さんがただじゃおいてくれないだろうな……。実家では美穂に刺され、東京では水上さんに刺され、あまりメリットがない気がする……。それだと水上さんかひとりの二択になるんだけど……。


 そりゃ頭も痛くなるよな……。


 水上さんも普段通りに見えると言えば聞こえはいいけど、ところどころなんか感情を押し殺しているような印象もチラホラと。


 具体的に言えば、いつもならあからさまに表情を険しくさせるところを一瞬に留めたりとか。最近あまり僕のことを束縛……というか、実力行使に近いことをしなくなってきているのも関係あるんだろうか……。


 だってね、これまでの半年、月一くらいのペースで僕は水上さんの裸を見るか胸を触らせられるか押しつけられるか、それとも水着見るかのいずれかをやっているわけで、それがここ最近ないとなると、なんか、ね。


 ……僕がそう考えること自体、水上さんに毒されているわけなんだけど。どうしよう、月一で女の子の身体を生で見ないと気が狂うやばい男になったら。


 うーん……うーん……。

 どうしたものか……。

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