第174話 妹を怒らせると大変です

「……誰と電話してたんすか? センパイ」

 そして、一番起きて欲しくないタイミングで、後ろからのそのそと浦佐が起き上がった。


「……き、聞いてた……?」

「そうっすねえ。今すぐ帰省なんて無理ってくだりと、それに彼女ができたわけじゃないってところから聞いてたっすねえ」


 聞いて欲しくないところだけを効率的に拾っているじゃないですか。それはそれで凄いよ。

「……そ、そっか。へぇ……。ところで浦佐。君は何時に帰るんだい?」

「うーん。まあ十時前になったここ出るっすよ。……って、それで誤魔化されると思ったっすか? さては、実家の妹ちゃんとでも電話してたんすか?」


 もう嫌だ。僕にプライバシーなんてないの? 今僕に一番必要なのはセーフティールームだと思うよ。ゲームとかでよく出てくる、絶対に敵に襲われないポイント。


「……いやー、まあ。うん。そんなところかなー、あはははー」

「……匂うっすねえ。突けば何か出てきそうな香りが物凄くするっすねえ」

 名探偵ウラサやめて。何も被っていないのにホームズの帽子が見えてきたよ。


「彼女と実家。……それに太地お兄ちゃん大好きな妹ちゃんからの電話……あ」

 浦佐が右手の手のひらの上に左手の握り拳を叩いて、ひらめいた、というジェスチャーを取る。ピコーンとクイズの回答権獲得の効果音が頭のなかで鳴り響いた。


「げ」

「……さてはセンパイ、電話で彼女がいるって勘違いされて、センパイにふさわしいかどうか見るから実家に連れてこいって言われたっすね?」


 半分間違っているけど要点は合っているから何も言えない。そもそも美穂の場合は彼女なんてできたとしても絶対に認めないからそんな発想にならない。でも今はそんなことはどうだっていい。


 浦佐が事実に半分気づいてしまったのが問題なんだ。

「……ど、どうかなあ。どうなんだろうなあ」


 こればっかりは他人にバレるわけにはいかない。第三者に知られてみろ。確実に胃痛案件になる。どうせ水上さん、井野さんのどちらかもしくは両方が行きたいって言うに決まっているんだから。


 大学の伝手を使って女の子の知り合いに頼んでもいいけど、それはそれで角が立つ。そもそも、こんなこと恥ずかしすぎて頼めない。


 かといって、あの父親人の話聞かないからな……。あとから電話で話して彼女ができたってことは勘違いなんだって言ったところで、信じるはずがないし……。仮に信じたらしたで代わりに年末年始にお見合い企画するぞあの父親なら。

 どう転がっても詰みなんですけど。


 いや、こうなったら年末年始全部シフト入れて働いてしまえばいいんじゃないか? そうだよ。高校生組は受験でシフト入れないから、僕が働かないと誰が働くんだ。そうだ。その手があった。


 「ごめん、仕事で帰れない」作戦……って、これ、倦怠期のカップルとかがよく陥るやつだよ……。というか一年生から三年生のときそれを理由にして年末年始帰省しなかったからさすがにもう使えない。


「あー、センパイ年の瀬のこと心配しているっすか? それなら大丈夫っすよ。この間店長が、その時期は自分達も出勤できないってことで、他店と本部からヘルプのスタッフを呼ぶからシフトは大丈夫だって。なんで普通にセンパイは週五で出勤すればいいっす」


「……何それ僕聞いてない」

「だってつい最近聞いたっすからねー」

 嬉しいのか嬉しくないのかよくわからないよ。


「なんで、今年も元旦か大晦日どっちかお休みにできるんじゃないっすかねえ」

 ……見えたよ? 展開が見えた。


 大晦日出勤するだろ? 短縮営業だから二十時に閉店してその足で特急乗って帰省するだろ? 元日はお休みにするだろ? そんで二日の朝か三日の朝に東京に戻ってまたシフトに入る。うん、これしかない。


「よかったっすねえ。太地センパイ。これで年末年始は実家に帰れるっすよ?」

 うんうん、と頷いて満足そうに笑う浦佐。お前は悪魔か。


「あっ、あれでしたら、太地お兄ちゃんは年末に帰れそうですよーって妹ちゃんにラインしましょうか? きっと喜ぶっすよー?」

「お願いしますそれだけはやめてください神に誓って」

「ええ? そんなに帰りたくないんすかあ? センパイー」

 ……うう、今この瞬間、絶対的に浦佐の立場が上になっている。


「うーん。そういえば、最近自分美味しいものが食べたいんすよねえ」

「わかった、今度またご飯奢ってあげるから」

「今度は焼肉食べ放題とか、食べてみたいっすねえ」

「カルビでもロースでも好きなの食べていいから、だからこのことは誰にも」


 ……くやぢい。こんなので浦佐に焼肉食べ放題を奢らないといけないのがほんとにくやぢい。


「カルビにロース……いい響きっすねえ……。聞いただけでよだれが出てくるっすよお。しょうがないなあ、そこまでセンパイが言うなら、このことは秘密にしておいてあげるっすよお」

 じゅるりと舌を回し、浦佐はお腹にポンポンと手を当ててそう言った。


「楽しみだなあ、焼肉食べ放題。やっきにくーやっきにくーやっきにくー」

 血の涙を流しつつ僕は無邪気に喜ぶ浦佐を眺める。すると、ポンポンと立て続けにラインの通知が僕のスマホに飛んできた。


水上 愛唯:八色さん、年末に実家に帰るって本当ですか……?


いの まどか:やややや、八色さん、かっ、かかか彼女ができたって本当なんですか?

いの まどか:み、美穂ちゃんからたった今ラインが来たんですけど


「……なあ、浦佐」

「なんすか?」

「……やっぱり焼肉、なしにしていい?」


 敵は本能寺……ではなくて、身内におりましたとさ……。

「え。もしかして、もう円ちゃんと水上さんにも情報が回ったんすか?」

「……察しがよくて助かるよ……ほんとに」


 水上さんは多分いつもの(とは言うけど僕はその手段のありかを知らない)で、井野さんは美穂がリークしたのだろう。美穂に関しては完璧にお怒りモードで僕の退路を削りに来たな。


 これは……もう炎上してますね。初期消火も不可能なくらい、真っ赤に燃えてます。いやあ、ここまでくるといっそ清々しい。燃えかすすら燃やす勢いで僕も消して欲しいくらいだよ。ほんとに。


水上 愛唯:しかも、そこで彼女役が必要って聞いたんですけど

水上 愛唯:どうされるおつもりなんですか……?


いの まどか:う、嘘ですよね?

いの まどか:だ、だって八色さん、春までは待つって言ってくれましたよね?


 ……僕は世代だからよく思い出すんだけど。「選択」とか書かれた五枚のカードを持って、俺、どうする? みたいなCMを過らせる。


 ……いや、これ……どう沈静化させればいいの?

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