第172話 子供なのか大人なのか
「いやー、いいもの買えてよかったっすよー」
ほくほくとした顔つきで紙袋をぶら下げる浦佐。最終的に無事井野さんへのプレゼントは買うことができて、時間はちょうどこれから夕方に差し掛かるころだった。
「……で? これからどうするの? そろそろ晩ご飯の時間だけど」
「うーん、そうっすねー。どうするっすかねー」
とりあえず新宿駅に向かいながら今後のことを考える。土曜日の夕方ということもあって、新宿駅の改札周りはとても混雑していて、一度目を離すとすぐに浦佐とはぐれてしまいそうな勢いで人が流れている。
「あー、でもこの土日、親旅行に行っているんで家帰ってもご飯ないんすよねー」
「……はい?」
何? その漫画みたいなド定番な展開。
「……あっ、そうだ、またセンパイの家の近くのラーメン屋に行かないっすか?」
…………。限りなく嫌な予感がするんですけど。
「あとそうそう。最近めちゃくちゃ流行っている六十人でバトロワするゲームがあるんすけど、ひとりでちまちま実況していても張り合いがないんで、センパイもやってくれないっすか?」
ねえ、このくだり僕記憶があるんだけど。夏休みだったよね? ゲームで徹夜するっていう意味わからないことをしたのって。
「……拒否権は?」
「理由によるっすね。しょうもない理由だったら家に押しかけるっす」
「……早く寝たいんだよね、今日」
「よーっし、そうと決まったら電車に乗るっすよー、JRの改札に行くっすー」
知ってる。これがこの後どうなるかなんて僕はもう経験している。どうせしこたまラーメンを食べて、それを僕が奢って、家に行って、ゲームして、そのうち眠くなるか逆に開き直って徹夜でゲームするかの二択。
「太地センパイ初めてにしてはなかなか上手っすねー。このゲーム、初見プレイの人は大抵第一第二ラウンドで脱落するのが普通なんすけど」
僕の描いた未来予想図通り、また五千円札を一枚ラーメン屋で溶かし、不憫なものを見る目でおっちゃんに見送られた。そして止めることもできずに浦佐は僕の家に侵入を果たし、今に至る。
据え置き機版もあるというそのゲーム、しかしふたりでプレイするにはテレビがふたつ必要、ということで、パソコン版でプレイすることになった。何故か浦佐は荷物のなかに自分のノートパソコンとかパソコンに繋げる用のコントローラーを用意していたり、あろうことか「ついでっすから」と言ってキャプチャーボードと言うパソコンの画面を録画する機械を繋げたりと。
……それ持ってきているってことは、最初っから僕の家に行く気でいたってことだよね? そうだよね?
というか、人の家でゲーム実況撮影するって、あれですか? 僕もゲーム実況をする友人みたいなポジションなんですか? 「今日は友達の○○さんとのコラボ動画になりまーす」とかそんな感じの?
おかげでゲームをしているのになんか怖くて声出せなくて、でもいちいちリアクションは取ってしまうから体の動きが怪しい人になっているし。
「……たまたまじゃない?」
「なんでさっきからセンパイ声抑えているんすか? 普通に喋っていいのに」
「……逆になんで浦佐の撮影に僕の声が入っていいと思っているの? 僕、ただの、一般人。理解した?」
「大丈夫っすよー。別に声が混ざったところで、ゲームの音声と肉声は別撮りしてるっすし、なんだったら編集サポートメンバーYさんみたいに誤魔化すっすよ?」
「勝手に僕をメンバーにしないでください……」
「まあまあまあ。ちっちゃいことは気にせずに、そろそろ第三ラウンド始まるっすよー」
「……は、はあ……」
とは言われるものの、やはり気にはなってしまうもの。初見プレイヤーには難しいという浦佐の説明通りあえなく第三ラウンドで僕はその回は脱落してしまった。やはり素人はゲームに百集中しないと下手くそになってしまう。
二時間くらいゲームをすると浦佐はもう満足したようで、録画を止めて普通に遊ぶようになった。浦佐曰く、「検証動画を上げたかったっすから、取れ高はばっちりなんでオッケーっす」らしい。
その頃になると時計の針はもう大分回っていて、あとちょっとで短針と長針が一直線に重なるという時間になった。
「あの……帰らなくていいの?」
「うーん、今日家に誰もいないんすよねー」
それはさっきも聞いたよ。晩ご飯を外で食べる理由になっても、僕の家で一夜を明かす理由にはならないよ?
「……そっか、なら仕方ないねなんて僕が言うと思った? まだ終電あるでしょ? 早く帰らないと」
「うーん、帰りたいのはやまやまなんすけど、今日結構歩き回ったっすから、足がへとへとでももう疲れてるんすよねー」
テーブルに置いたノートパソコンの画面を見つめながら、ポチポチとコントローラーを操作している。まあ確かにだらんと力なく足を伸ばしているし、基本的には動きたがってないけどさ。……今日はスカートを履いている、ということも多少なりとも意識はしてもらいたいものでもあるし。
「……それに、さっきお腹いっぱいご飯食べたっすから、そろそろ眠くなってきたっすねえ……」
「ふぁー」と大きく口を開けてあくびを漏らす浦佐。
そら見ろ。僕の予想通りだ。何もかも予想通りだ。
「家帰るのも面倒なんで、今日泊まっていっていいっすかー? どうもっすー」
「……まだ僕はいいって言ってないんだけど……」
「えー、でも泊めてくれないと今日野宿になっちゃうっすよー」
「……安心しな、多分浦佐だったら野宿しても生き延びられると思うから」
「……なんすかー、その女扱いされてないような発言はー」
「……物の例えだよ。例え」
やば、また機嫌が悪くなってしまったら意固地になってしまう。
「今日のお昼には大人扱いしてくれたのに、夜になった途端これっすからねー」
「……あーもうわかった、わかったから。もう好きにしてよ……」
「わーい。それでこそセンパイっすねー」
わーいって。わーいって。大人だったら言わないよ多分。
……もうちょっと年頃の野郎の家に泊まることの意味を考えて欲しいんだけどなあ……。
「とりあえずお風呂立てるからゲームするなりうたた寝するなりもう勝手にしておくれ……」
とぼとぼと立ち上がって、僕は浴室に向かう。……前のときは脱衣所ないことが祟ってラッキースケベが発生してしまったんだよな。
……今日はもう夜にお風呂を済ませてしまおう。そうすれば間違いは減るはず。
うん、そうに違いない。そうでないと僕が困る。
ふと、ポケットに入れたスマホがピコンと通知音を鳴らした。
「…………」
水上 愛唯:浦佐さんとはどうでしたか?
これ、わかった上でラインしているよなあ……。絶対知っているよなあ……。
誤魔化すとろくなことにならないのを今年一年で学んだので、事の詳細をしっかり話した上で浦佐が泊まることを伝えた。……胃が痛い。
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