第171話 切り替えの速さが大事です

 なんとなくいたたまれなくなってしまったので、僕と浦佐は今のお店を一度後にした。


「あの店にいいのあった……?」

「うーん、あまりピンと来るものはなかったっすねえ。お兄ちゃん」

「……いつまでお兄ちゃん呼びするんだよ。僕は浦佐の兄になった覚えはない」


「大丈夫っすよ。世の中には色んな仕事があるっすからね。兄でもない人を兄と呼ぶなんて造作もないことっすよお兄ちゃん」

「……深いのか深くないのかよくわからないことを言うな」


 あと仕事って言うと僕が浦佐に「お兄ちゃん」と呼ばせているみたいに聞こえるでしょうが。別に僕はシスコンでもなんでもない。妹は実妹だけで充分だ。

「それじゃ……次の店行く?」


 地下街のいいところは、建物ごとに店が分けられていないから移動が容易な点だ。気まずくなってしまったお店にこだわることはない。

「そうっすね」


 そうしたのはよかったのだけど、僕の身長が高過ぎるせいか、……大事なことだからもう一度言おうと思う、僕の身長が高過ぎるせいか、行く先々のお店の七割くらいに兄妹と思われてしまった。残りの三割はそもそも店員さんに話しかけられない。つまるところ、声をかけられたら十割兄妹と認識されているという事実なわけだ。……別に僕がそこまで高身長でないことをこの場で触れてはいけない。


 もう両手の指で数えきれないくらい間違えられたころには、浦佐のメンタルは限界の向こう側に到達してしまった模様で、もはやただ「ハハハ、オニイチャン、ツギイクッスヨー」とだけ言う機械と化してしまった。……不憫を通り越して悲劇だ。ここまでくると。「新宿東口の悲劇」とでも称しておこうか。


「聞くだけ無駄だと思うけど……生きてる?」

「……わかっているなら聞かないで欲しかったっすね……。生きてるか生きてないかの二択で聞かれたら答えは『ノー』っす。……いいんすよ、どうせ自分なんて見た目小学生のちんちくりんなんすから……」

 ああ、完全に落ち込んでるってこれ。プレゼント買う流れじゃなくなっちゃったよ。


「……と、とりあえず、どっかで飲み物でも買って休憩する? まだ時間はあるし……」

「いや……多分今休むと完全にプレゼント買う気力が萎えちゃう自信がある気がするっすから、次のお店で決めちゃうっす……もう……」


 ふらふらとした足取りで次のお店に向かう浦佐。精神的ダメージよりも井野さんへのプレゼントを優先するあたり、よほど浦佐は井野さんを大事にしていることが窺える。


「な、なら僕は止めないけど……」

「……ほら、センパイも来るっすよー」

「う、うん……」

 僕近くにいて平気? 平気かな? 近くにいるがゆえに兄妹って思われるオチは存在しませんか? だとすると逆に罪悪感がするんで遠目に眺めていたいんだけど……。


 地下街の端に立地しているショップに足を踏み入れ、またまたマフラーを吟味し始める浦佐と、それをやや遠巻きに見守る僕。

 ……一応僕もプレゼントとか用意したほうがいいのかな……とか思って、ちょっと真面目にスマホで良さげなアイテムを調べていると、


「──あれ? ひとりでどうしたの? お母さんかお父さんか一緒じゃないの?」

「えっ」

 ……悲報。浦佐、今度は迷子と間違えられた。


 いやほんと店員さんに悪気ないのは知っているけど、世界で一番恐ろしいのは(本人にとって)善意しかない行動とはよく言ったものだよね! 誰かの正義は誰かの悪だって僕とある小説で読んだよ? やめて、浦佐のライフはもうゼロだから! 死体に鞭打つような真似はしないで! ほんとに!


「迷子センターの場所わかる? よかったら一緒に行こうか?」

「いやっ、自分はこうこ──」


 さすがにここまで来て浦佐を見過ごすことも無責任だ。っていうか、迷子と思われた件については僕が距離を取り過ぎたのが原因だし。


 僕はすかさずスマホをしまって浦佐と店員さんの近くに向かって、

「すみません、彼女僕の連れなんで」

 ……なんでナンパから救出するような定番の台詞を僕が言っているんだ? ……まあこの際いいや。


「あっ、お兄さんが一緒だったんですね」

 ってどうなっても子供になるんですね、いっそ清々しいよもう。

「……いえ、兄妹でもないんで、はい……」


 これを言うとこの店員さんが逆に恥ずかしいことになるけど、背に腹は代えられない。っていうかこれまで十名以上の店員さんを気遣って何も言わないで来たんだ。なんか下手なくじ当たっちゃったみたいで申し訳ないけど、浦佐が可哀そう過ぎるから我慢してください……。


「えっ? あれっ? あっ……」

 それでようやく僕と浦佐が血のつながっていない他人であることを認識してくれた店員さん。今度は僕を不可解そうな目で見始める。……それはどうしようもないから退散しましょう。僕がロリコンと思われるのはもう構わないです。はい。


「……行こうか、浦佐」

「……は、はいっす……」

 逃げるように最後のお店も後にして、一度気分転換に外の空気を吸うために地上に上がることに。


「……なんか、すみません……自分のせいで、太地センパイにまで変な感じにさせちゃって……」

 出口すぐにある歩道のガードレールにちょこんと腰を預けて、落ち込んだふうに俯く浦佐が僕に言う。


「……別に浦佐のせいではないよ。まあ同じ接客業のバイトしている身からすれば、見た目である程度判断しないといけないっていうのもわかるから、一概にあの店員さんたちを責める気にもならないけど」

「自分も似たようなことバイトでしているっすから、尚更気持ちがわかるっすよ……」


 外見が一番情報落ちるからね……。仕方ない部分ではある。

「でもねえ、さすがに何度も何度も兄妹や子供に間違えられたらそりゃしんどくもなるよね」

「……はい」


「……気休め程度にしかならないだろうけど、僕は浦佐は十分もう大人だと思ってるよ。それを言う僕が大人なのかどうかは知らないけどさ。たまに本当に見た目相応の行動をすることもあるけど、あれだけバイトの仕事こなして、それなりに将来のこと考えているんだから。少なからず、僕が十八のときよりはよっぽど大人だよ」


「……センパイ」


「だからまあ……そんなに気にしなくていいよ。……くらいしか言えないけど。僕も悪かったよ……。ちゃんと最初っから兄妹じゃありませんって言っていればここまで浦佐がメンタルすり減ることもなかっただろうし。次からしっかり言うから、また選びに行こう? まだ井野さんのプレゼント、ちゃんと決められてないし。……どうしても買いたいんでしょ?」


 僕がそこまで言うと、浦佐は少しだけ嬉しそうに表情を緩めては、ひょこりと特徴的な足音を再び立てて、


「センパイがそこまで言うんだったら仕方ないっすねー。だったら最初の店が一番品揃えよかったっすから、そこにするっすよー」


 あっという間に機嫌を直してとてとてとまたさっきの地下街へと駆けていった。

 ……ええ? 今ちょっと恥ずかしいこと言った自覚あったのに、それで終わり……?


 シリアスのシの字もないじゃん浦佐には……。あまり褒めるんじゃなかった……。

 ま、まあ……元気になったんだったらそれでいいかな……。

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