第170話 「お兄ちゃん」と呼ばれる日
そして迎えた浦佐と買い物に行く土曜日。結局、待ち合わせは安定の新宿駅になった。西口から地上に上がったところ、小田急百貨店と京王百貨店が連なるところで僕は十五分くらい浦佐の到着を待っていた。
現在時刻は、午後の二時五分。……待ち合わせの時間は午後二時だ。
……来てないし。浦佐、いつもいつもギリギリな気はするけど、なんやかんやで時間は守る人間だから、遅刻するのは珍しい。
見落としているってことは……さすがにないよなあ。浦佐の歩く音って特徴的だし、あんなに小さければすぐに目に入るだろうし。
「……ゲームの配信夜中までやって寝坊したとか、そんなのかな……?」
スマホをポチポチして浦佐から連絡が来ていないかどうかを確認するけど、それもない。
うーん、どうしたものかなあ……。
「誰かお待ちっすか? 太地センパイ」
ふと、僕の視界の外からそんな声が聞こえてきた。僕は声の方向に振り返り、
「んー? いやー、待ち合わせの浦佐が……」
そこまで言ったけども……。
「……はい?」
「なかなか気づかないものっすねー。自分、二十分くらい前からずーっとここで待ってたんすけど、ちっともセンパイ見つけないんすもん」
振り返った先には、頬をぷくりと膨らませた浦佐が立っていた。
……ただ、その格好というものが……。
「……な、何故にスカート?」
夏場に多用していた短パン……は季節的にもうきついとしても、あの浦佐が学校の制服以外でスカートを選択するなんてつゆにも思ってなかった。
見下ろす先には、単色の白のYシャツに膝丈まで伸びた水色のスカートを履いた浦佐がちょこんといる。
「あ、あれっすよ。衣替えしたら出てきたんで、たまたまっす」
……そりゃ気づかないわけだ……。もう浦佐イコールズボンの固定観念が植え付けられているから、わかるはずがない。
「というか……スカート持ってたんだ」
「むむ、太地センパイのなかで自分はどういうキャラになってるんすか、失礼にもほどがあるっすよ」
グイグイと詰め寄りながら、思い切り首を傾けて僕を見上げる浦佐。
「この間の雑草といい馬鹿といい、自分に対する扱いが雑っすよセンパイは……ったく」
「……は、はあ……」
とりあえず、浦佐の存在に気づかなかったのは僕の落ち度なので、完全に頭が上がらない。
「……で、結局何を買うことにしたんだ? 井野さんに」
このままだとネチネチ浦佐に絡まれそうだと思った僕は、手早く話題を今日の本題に切り替えた。
「うーん、そうっすねえ。まあ鉄板っすけどマフラーとか、そういった防寒に使えそうなのっすかねえ」
ま、絶対に外れないチョイスではあるね。っていうかそこに自力でたどり着けるなら、あの日僕が助け舟出さなくてもよかったんじゃ……。
「……それで? どこに買いに行くの? まさかそこのコニクロとか言わないよね?」
「……センパイ、一度頬をビンタしてもいいっすか? さすがにそろそろ自分も悲しくなってきたっすよ」
「……冗談だよ冗談。ははは」
こんな人通りの激しいところで男が女性にビンタなんてされてみろ。僕がいたたまれない目で見られること間違いない。……いや、この場合、兄妹喧嘩とかに思われるのか……?
「とりあえず、地下街入るっすよ」
浦佐に先導されるようにして、地下街を通って西口から東口へと移動する。まあ、新宿東口だったら、こういうセンスのいい衣料品とか売っているお店多いから、プレゼントにはうってつけかもしれない。
「ちなみに、予算はどれくらい?」
「あまり高いと円ちゃん気を使っちゃうでしょうっすし、五千円くらいがちょうどいいかなあって思ってるっすよ」
他人に優しくされるだけで自分の貞操の危険を感じるような子だからね。それくらいが妥当なラインではあるでしょう。五千円だったら、実質一日バイトして稼ぐ金額だし。
「でも……円ちゃんってあまりマフラーしないっすよね……」
「……確かに、去年の冬は全然してなかったね」
まず地下街一軒目のセレクトショップに入って、一緒にマフラーを吟味する。予算内の五千円程度のものから、上は一万を超える高い代物まで、多種多様なものを揃えている。これは色々目移りして迷ってしまいそうだ。
「……普段の服の選びかたはなんとなくわかるんすけど……。円ちゃん、ちょっとお姫様願望が強いところがある気がするんで、そんな感じのがあればいいんすけど……」
ディスプレイされているマフラーの列をひとつひとつ真剣に眺めながら、浦佐は話す。
まあ、浦佐の持つイメージは理解できる。春先に一緒に遊園地に行ったときもそんな雰囲気のする私服だったし。多分、井野さんの私服を一番見ているのは浦佐だから、その浦佐が言うのなら間違いないのだろう。
……ぶっちゃけると、あんなに頭のなかがエロいこととBLで占められているお姫様、まあまあ濃いと思うけど……。
「太地センパイはどんなのがいいと思うっすか?」
「……ピンクじゃなきゃなんでもいいと思うよ」
「……今センパイが何を考えているからわかったんでもういいっす……」
僕の返事で同じことを浦佐は思い浮かべたのか、遠い目をして黙々とマフラーを探し始めた。一軒目からたくさんのマフラーがある、ということで、大分長い間お店に居続けたせいだろうか。
……こういうアパレルショップにいて何が一番辛いって、店員さんに声を掛けられたとき。あ、僕は苦手なほうです。
「何かご兄妹でお探しですか?」
……わかっているよ? これも店員さんの仕事だってわかっている。わかっているけど。
このタイミングで兄妹発言は地雷でしかない。
……いや、事実大学四年生と高校三年生だから、兄妹に見えても仕方ない年齢差ではあるけども。
問題なのは、店員さんが恐らく大学生と小学生くらいの兄妹を想定している恐れがある、ということ。
でなければ、普通こんなところに男女で来ていれば思い浮かぶ関係性はカップルかせめてお友達だ。
「…………」
僕は何も言えなくなってしまい、浦佐は引きつった笑顔を浮かべて、
「……だ、だってさ、お兄ちゃん」
……大人になって子供になることを選択したか、浦佐。一番この場を丸く収める方法だけど……。
めちゃくちゃ唇噛んでるし。心なしか目に涙まで浮かんでますけど平気ですか?
「あ、見ているだけなんて、大丈夫でーす、はーい」
放置するとますます事態がややこしくなりそうだと踏んだ僕は、これまたバイトで鍛えた営業スマイルで店員さんをそれとなーく追い返す。
「……だ、大丈夫……?」
「……大丈夫に見えるっすか? お兄ちゃん」
うん。今お兄ちゃんって呼ばれるとめっちゃ刺さるからやめて。っていうか美穂に怒られる。割と真面目に。
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