第168話 ギブアンドテイク
浦佐の頼みを聞くことになり、ビクビク小鹿のように震えた足取りの小千谷さんと別れてから新宿駅へと向かう道すがら。
「……うーん、どうするっすかねえ。休みの日まるまる一日使って探したほうが手っ取り早いし効率がいいっすかねえ」
「……別に僕は大抵暇だから何でもいいけど」
空中で頬杖をついて、浦佐は唸りながら僕の横を歩く。
「というか、太地センパイほんとにいつでも暇そうにしているっすよね。ほんとに友達大学にいるんすか? 実は友達だと思い込んでいるのはセンパイだけ、とかそんなオチは」
「ないよ。そんな人間不信になりそうなことを言うな言うな。友達でもない奴に高級焼肉奢ったりサシで旅行したりしないでしょ普通」
「……単に自分と同じ利用しているだけって説はないんすか?」
ほう、自覚はあるんだな。それはいいことだ。まあ、こいつはなんやかんや大学行ってもうまいこと留年しない程度の単位をギリギリで回収していくんだろうなって思う。いい友達さえ見つかれば。
「大学の友達っていうのは基本的にギブアンドテイクだと思っておきな。ご飯奢ってもらったから代わりに単位回収の協力をするとか、合コンのセッティングをするから出席の代返頼むとか。そんなのばっかだから」
「……太地センパイは合コンとか行くんすか?」
すると、またまた途端に機嫌悪そうに目を細めた浦佐が僕の脇腹を肘でこつんとつつきながら低い調子で聞く。
「ま、まあ四年生になってからは一度も誘われてないから行ってないけど、数合わせで呼ばれるときはある……くらい」
「ふーん……そうなんすねー」
「な、なんだよ……急に。別に数合わせだからなんかあったわけでもないし、今も連絡取っている子ひとりもいないし」
いたらそれはそれで多分水上さんが見つけ次第燃やしているはず。マジで。
「……節穴っすね」
「ん? なんか言った?」
「何も言ってないっすよー。じゃあ、そうっすねえ。来週の土曜日とかどうっすか? お互い休みっすし、ちょうどいいと思うっすけど」
「はいはい、僕はそれでいいです……」
「問題はどこで買い物するかっすけど……」
ああ、なるほど。僕は武蔵境、浦佐は確か多摩川の近くって言ってたっけ。どっちも東京の西側に住んでいるから、こういうとき行く場所ってまあまあ困る。
「……うーん。新宿でもいいっすけど、それだといつも通りで面白くないんすよねえ……」
で、京王線ユーザーと中央線ユーザーが待ち合わせをしようとすると、必然的に新宿になるわけだ。
「浦佐は僕との買い物に面白みを求めているのか……?」
「いやー、何事もつまらないより面白いほうがいいに決まっているじゃないっすか。ま、いっか。それとなーく円ちゃんに欲しいもの聞いて、それ把握してからどこに買いに行くか決めるっす、じゃ、そういうことで、お疲れ様っすー」
京王線の改札に到着して、浦佐は片手を振りながらひょこひょこと小走りでホームへと向かっていった。
……ま、マイペースなのは変わらない、か。
……っていうか、これって……デート、に体よく誘われた……のか?
なんかこの間、浦佐も僕のことが好きみたいだとかそんなことをチラッと聞いたけど……。
いやいや。だって恋愛なんてノイズって言い放っていたあの浦佐がだぞ? そんなことあるわけない。
うん、考えすぎ考えすぎ。そんな都合よく世の中動いてないから安心しろー、八色太地。
そうと決まったら特に意識することなんてないさ。
そんな流れで迎えた翌々日。出勤前。この日は井野さん、浦佐、僕の三人だった。井野さんはここ最近出勤前でもスマホや漫画ではなく参考書を開いて受験勉強をするようになっていたけど、浦佐は相変わらず携帯ゲーム機をピコピコいじくっている。
ただ、チラチラと井野さんのことを窺っているあたり、欲しいものを聞こうとはしているみたいだ。
「まっ、円ちゃん、さ、最近何か欲しいものとかないっすか?」
……って聞きかた下手くそかよ。どこがそれとなーく聞くだよどストレートじゃん。
「……え? い、いきなりどうしたの……?」
「いやー、なんとなくっすよ。なんとなく」
なんとなくで欲しいものを聞く馬鹿がどこにいる。……ここにいたわ。
それこそ、いきなり欲しいもの何とか言われたら裏があるんじゃないかって身構えるよ僕は。……今までそれで何度痛い思いをしたか。
……卓上スタンドが欲しいんだよねと言えば通販で送りつけられ、それの代わりに友達が怒らせたという彼女を一緒になだめさせられたり、うまい寿司が食べたいと言えば回らない寿司屋に連れていかれ、公認会計士の資格試験が近くて勉強しないといけないから、三十分おきに電話を鳴らして寝ないようにしてくれと頼まれたり。
今の浦佐に関しては純粋に誕生日を祝いたいって気持ちしかないんだろうけど、井野さん目線で言えば疑問符つきまくりだよそりゃそうだよ。
「ここ最近勉強大変そうだなーって思って」
……親父かよ。テストでいい点とったらゲーム買ってあげるよみたいな感じになってない? それ。……ん? っていうか、浦佐にも、第一志望の大学合格したら新しいゲームハード買ってあげるよとか言ったら猛勉強するのでは……?
「……? う、うん、大変は大変だけど……?」
「ほら、なんかないっすか? 最近寝つきが悪くて疲れが取れないとか、勉強がはかどらないとか」
誘い文句が完全にアブナい薬のそれな気がするのは勘違いでしょうか。もしかして十八禁のゲームの影響をちょっと受けてたりする? この間の「いい声で鳴く」の話じゃないけど。
「べ、別に……寝られないってことはそんなにないけど……」
なんでそこで僕をチラッと見たチラッと。ああはいそうでしたね。寝られないときは僕をオカズにしているんでしたね。突っ込むだけ野暮だったよ。
「勉強もそんなに集中できなくて……ってこともないし……」
だからなんでそこで僕をチラ見してくる。待って、そのくだりは僕知らない。ねえ待って、僕の知らないところで僕を使って何をしているんですか井野さん。ちょっと詳しくお話を聞いてもいいかなあ。
「……そ、そうっすか……な、ならいいんすけど……」
がっくりと項垂れて浦佐は再びゲームの画面に視線を落とす。……ま、まあここまで収穫なし、だからね……。そうなるのもわかるはわかる。
すると、いきなり僕のスマホにラインの通知が飛んでくる。
うらさ:黙ってないで助けてくださいっすよー
……ねえ、今ゲームしているんだよね? どうやって送った? 右手でゲームしながら左手でライン送るとかそんな器用なことできるのあなた。凄くない? 普通に凄くない?
……はぁ、仕方ないなあ……。
「そういえば、井野さんって受験勉強で何を一番使っているの? 文房具とかで」
種は投げてやるからあとは自分でどうにかしなさい。
うらさ:恩に着るっすセンパイ、それでこそセンパイっす
おだてても何も出ないからな。つくづく調子がいいんだから。
まったく……。
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