第167話 浦佐の頼みごと

「それじゃ、またそのうちいらないもの売りに行くから。じゃあねー」

「……あ、ありがとうございました……」

 メンタルをゴリゴリに削ってから、嵐を巻き起こした津久田さんたちご一行はお店を後にした。


 ……っていうか、AV二本にレディースコミック一冊、どうする気なんだろう……。井野さんのレディースコミックはともかくとして、津久田さんと水上さんはAVだ。……女性向けのそれを買うならまだしも、普通に男が使うような、しかも女性目線で見たら引きそうな類いのものだったし……。


 自宅で見る……のか? それはそれで怖いものがある。

「八色……佳織たち、帰ったのか……?」


 呆然とカウンターに立ち尽くしていると、裏から小千谷さんがこれまた恐ろしいものを見る目で僕の近くにやって来た。その両手には、OPP袋に包装された、新作のゲームソフトや新譜のCDが抱えられている。どうやらソフトの加工は順調みたいだ。それでこそ、僕が被害をひとりで被った甲斐があるってものですよ……。


「……ついさっき帰りましたよ……」

「なんていうか……その……お疲れ」

「ははは、何言っているんですか小千谷さん。もう僕に怖いものなんてないですよ。ただ……」

「ただ?」


「……知り合いの年上の女性に僕の性癖がバレたときの対処法について教えてはいただけないでしょうか? 津久田さん、顔には出てなかったですけど絶対引いてましたって……あれ……」

「おう……佳織にバレたのか……お前のおもらし趣味……。いっそ性癖捻じ曲げれば? そうすればもう」


 落ち込む僕に、優しく肩を触れて慰める小千谷さん。……井野さんがいたら凝視しそうなシチュだな。

「だって……仕方ないじゃないですか……それが一番興奮しちゃうんですから……!」


「うん。そうだよな。今のは俺がバカだった。誰だって譲れないもののひとつやふたつあるよな?」

「……何売り場で最低な話しているんすか、おぢさん、太地センパイ。早く戻って下さいっすよ。まだオリコンひとつ残っているんすから。あと三十分で終わらせないと閉店時間っすよ?」


 渋い表情をした浦佐に水を差され、小千谷さんとの男の会話は一旦終わる。

 ……もういいや。どうせ津久田さんは小千谷さん以外に興味なんてないし、僕がどう思われようが知ったこっちゃない。例え津久田さんの頭のなかで僕が特殊性癖の持ち主だと認識されていたとしてもそれを受け入れよう。……うん、受け入れるしかないんだから。


 折れそうなメンタルで残りの営業時間を過ごし、なんとか閉店作業も無事終わらせた。

 浦佐と小千谷さんは予定していた作業を全て終わらせてくれて、なんとか明日以降の仕事に負担を残さずに済んだ。そこが唯一のプラス要素かもしれない。


 スタッフルームに戻って、浦佐が先に更衣室で着替えている間、ロッカーの前で荷物の整理をしていると、

「……八色。つかぬことを聞くけど、今日、佳織、何買っていったか……?」

 スマホの画面を見て青ざめている小千谷さんが、震えている声で僕にそう尋ねた。


「何って……女子校生モノのAVですけど……どうかしたんですか……?」

「……佳織の奴、そのDVDを俺の家のポストに投函したって……」

 あーはい。そういうことですか。まあご自身では見ないですよね、さすがに。


「……絶対DVDにドライブぶっ壊す装置つけてるってこれ、俺のDVDプレイヤーが佳織によって壊される……ああああ」

「どんなテロ行為ですか……」

 曲線的にもほどがありますって。


「だって、この間、俺をロープで縛りあげたうえに、目の前で俺が集めたAVのディスクを全部真っふたつに丁寧に割っていった佳織がだぞ……? 何もないはずがない……!」

 どんなプレイをしているんですか逆にあなたたちは。普通に生きていてロープで縛られることなんてあるんですか?


「……楽しそうですね。小千谷さん」

「楽しいなんてことあっかよお!」


 端から聞いている分には楽しいです。ただ、問題があるとすれば僕も端では済まない可能性が十分にある、ということなんですがね。

 ……水上さん、まさか今日買ったブツを、僕の家に送るなんてこと……いや、まさか……でも、ねえ……?


 ……まだ冬は遠いにも関わらず、ブルりと体全体が震えあがった。……今日は家に帰ったら早めに寝よう。また風邪を引いてしまう前に。

「着替え終わったっすよーって……どうしたんすか? おぢさんも太地センパイも、世界が滅亡したみたいに憔悴しきった表情して」


 ある意味世界が滅亡したよ。だからその例えは正解だよ浦佐。

「ほら、早く着替えて帰るっすよ。さっきからAVの話ばっかりじゃないっすかふたりとも」

 浦佐は少し不機嫌そうに頬に風船を作り、両手を組んで鼻を膨らませる。


「……そ、それはすみません……」

「俺、先着替えるわ……」

 確かに、女性がいる場でする会話ではないよね……うん。感覚麻痺しているからあれだけど。っていうか、下ネタに関しては一番浦佐が常識あるのでは……? と思う。


「……ところで。太地センパイ。折り入ってお話があるんすけど」

「うん? ……何?」

「実は、そろそろ円ちゃんの誕生日なんすよねー。十月の末」


 ……へー。……へー。……へえええ。

 具体的な日付を聞いたのは初めてだったけど、そうだったんだ……。


「それで、今年は誕生日にプレゼントを買ってあげようと思うんすけど……一緒に考えてくれないっすか?」

 じーっと首を上に傾けて僕をまじまじと見やる浦佐。なんだろう……この発言で一気にまともな人な感じが漂ってきた。


「……そういうのって、普通同性の人に相談したほうがいいんじゃ……」

「うーん。それもそうなんすけど、水上さんはなんか頼みにくいというか、色々ぶっ飛んだことをするかもしれないっすし」

 ……同意しかできない。


「津久田さんは自分と金銭感覚が違い過ぎて、なんか物凄く高いものをオススメされそうなんすよね」

 ……ありそうな未来図だ。


「おぢさんはそもそもまともなプレゼントなんて買えるはずなんてないっすし」

 散々な言われようだけど事実だろうからそれも否定しないでおく。「おいっ、そこは否定しろよ八色っ」って声が更衣室から聞こえるけど無視無視。


「なんで、もう頼れる相手が太地センパイしかいないんすよーお願いっす、センパイー」

 ちょっと子供ぶった声色で僕に頼み込む浦佐。……こ、こういうときだけちびっ子らしいことしやがって……。


「円ちゃんはもう親友みたいなものっすし、いいプレゼントしてあげたいんすよー。センパイだったら、円ちゃんのこと色々知ってそうっすし……」

 ……ちょっと腑に落ちない点もあるけどそう思われるのも仕方ないのでそこも否定しない。うーん、うーん……。


「……わ、わかったよわかった」

 ふたりの友情にヒビを入れるのも本望ではないので、頼みを聞き入れることにした。

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