第166話 ヤツらがやって来た

 カウンター横から楽しそうにソフトを加工する浦佐と小千谷さんの雑談する声が聞こえてくるなか、僕はあくせくとひとりでカウンターを守っていた。

「いらっしゃいませー」


 定期的にやってくる買取のお客さんを手際よく捌き、その間を縫おうとしているのかと疑いたくなるくらい間が悪くやってくるレジのお客さんも捌き、最近発売された話題の文芸書にアニメ化された漫画の最新刊が入荷したらちゃっちゃと加工してささっと売り場に補充して、それの繰り返し。


「んでさ、そんとき何て言ったと思う? ──だぜ?」

「まじっすか? おぢさんそれはないっすよー、ははは」

 だからこそ、のうのうとリラックスして話しているふたりに多少なりともイライラする展開になったわけだ。


 いいですよねえ、ソフト加工はお客さんと隔離された場所で仕事できるから、そんなふうにのほほんと仕事できて。こちとらあなたたちをフォローで呼んでソフト加工に水を差さないよう頑張っているというのに。これで加工進んでなかったら僕は怒っていいと思う。おぢさんに。


 ……なんかこうなるとこっちも対抗意識湧いてくる。決めた。今日の休憩後は一度たりとも浦佐・おぢさんをフォローで呼ばない。

 完璧にフルタイムふたりでソフト加工できる環境を作って言い訳できないようにしてやろう。うん、それがいい。


 おっと、なんて考えていると何やらスマホの画面を表にしてレジにやって来たお客さんが。

「はい、ただいまお伺いしまーす」


「ありがとうございましたー」

 まあ、大体スマホの画面を見せた状態でレジにやって来る人は在庫検索と相場が決まっている。……たまに思うのが、古本屋にも大手の書店みたいに在庫検索できる機械とかできればいいのにって。……まあ、多分無理だろうけど。話すと長くなるから、ダラダラと呟いたりはしない。


 さて……僕も僕で本の買取分を加工しないと。

 カートに乗っけておいた買い取った本を両腕に抱えて、僕は加工のカウンターに置きバーコードをスキャナーで通す準備を始めた。すると、


「やっほー、八色君―。来ちゃったー」

 軽い調子で前方から話しかけてきた女性がひとり……と、そのお連れ様がふたり。


「……つ、津久田さん、と井野さんに水上さんまで。きょ、今日は三人で買い物してたんじゃないんですか……?」

「うん、さっき晩ご飯も食べ終わって、これから帰ろうーってなったところだよ? ただ、せっかく新宿まで出たわけだし、ちょっと寄ってこうって話になったんだ」


 ……額に嫌な冷や汗をかくのを実感した。いや、津久田さんに対してではない。

 この三人が同時にやってきた、ということにだ。


「ちょっと店内ぶらぶらしてくるから、よろしくねー」

 そう言い、津久田さんは手をヒラヒラと振り、井野さんはペコりと小さく頭を下げ、水上さんはニコリと微笑みを浮かべてそれぞれ売り場へと散っていった。

 ……な、何をしでかすつもりなんだ……? あの三人は……?


 そんな不安とともに、僕は微かに震える右手でバーコードをスキャンし始めた。

 津久田さんの声を聞いたのか、ソフト加工場からこれまた恐怖に慄いた表情の小千谷さんがカウンターに出てきた。


「……もしかして、佳織来た?」

「……with井野さん、水上さんで」

「……おう。俺はバックで家電をしているってことにしておいてくれ」


 それだけ言い小千谷さんはそそくさと逃げるように元いた場所に戻る、が。

「ちょ、お、おぢさんどうしたんすか、急に自分の影に隠れるように立ち始めて、そんな姿を間近で見せられる自分の身にもなってくださいっすよー」


 ……チラッと横目で状況を見ると、小さい浦佐に自分の姿を隠すように縮こまって仕事をしている二十四歳フリーター男性の様子が。

 なんか、あれはあれで罰ゲーム感が凄い……。


 って、僕もそんなことをしている場合ではない。これからどんなことが起きるのかもわからないのだから。

 売り場に消えた三人の女性の影に怯えながらかれこれ十五分。再びヤツらはやって来た。……こう書くと犯罪者集団っぽいな。


 津久田さんを先頭に、井野さん、水上さんと並んでレジに列を作る。

 ……色々突っ込みどころはあるけどとりあえずいいや。

「い、いらっしゃいま……せ」


 仕事は仕事なのでひとまずレジを打とうと津久田さんが持ってきたものを目にすると。

 …………。……「素人JKに──」って、これ……AVじゃないですか。


「あ、あの津久田さん……。これ、買うんですか……?」

 普段だったら絶対言わないけど、知り合いだからとりあえず。


「んー、まあレジに持ってきた以上は買うよ? しっかし表情が少しピりついただけで全然顔に出ないね八色君。女子校生ものは鉄板だと思ったんだけどなー」

 その高は校でよろしいでしょうか? っていうかどういう遊びをしているんですか? あなたがたは。


「何しているんだって顔しているね。いや、八色君がいるレジにAV持ってきて一番反応させた人が優勝って企画をしていて」

「よそでやって下さい」


 なんていう企画を立ててくれたんですかこの庶民派お嬢様。上流階級の考えることが僕はわからないよ、ええ、わからないですほんとに!

 ていうか、井野さんに関してはまだ十七歳だから暖簾をくぐったら駄目じゃないですか。


「ああ、安心していいよ。井野さんは全年齢作品を選んでもらっているから」

 それは安心ですね……って僕が素直に言うと思いましたか? 見えてますよ? 彼女が持っているブツの表紙が。


 続いて井野さんが一冊の漫画をAVの横にとんと置く。

 知ってた。うん。わかってたよ。こうなるって。……ヤッちゃってるじゃん。この表紙。誤魔化せているつもりですか? 都条例に引っかかってないのこれ? 知らないけど。


 井野さんは全年齢のレディースコミックを持ってきては、おどおどと顔を真っ赤にして両手を体の前でちょんちょんとしている。……うん、もう本性知っているからそんないじらしいことしても意味ありません。あと、スタッフがお店の商品を買うときは社員を通さないといけないって知っているよね? 多分、津久田さんが買うって名目になるんだろうけど。


 で、ラスボスは水上さんってわけなんだけど……。

 水上さんは静かにAVを一本、レジに置いた。……恐る恐るタイトルを確認すると。


「…………っ」

「あっ、今八色君声漏らした。凄いな水上さん。牙城を崩したよ」

「……や、やっぱりそうですよね……」


 端的に言おう。「おもらし」。以上。僕の性癖を満たしたブツを持ってきて、さすがにどうしようもなくなる。……いや、勘違いしないでもらいたいけど、これをただのおっさんが持ってきたらなんとも思わない。


 水上さんが持ってきたからこういう反応になるんだ……ということを言い訳させてもらいます。

「……三点で、四五〇〇円でございます」

「カード一回でお願いしまーす」


 半ば泣きそうな目で僕は津久田さんのクレジットカードを受け取った。横から、哀れみの目を向ける小千谷さんと浦佐の視線を感じた。……同情するなら忘れてくれ。地獄だ。

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