第165話 オカズの話とおかずの話

 そして、迎えた水上さん井野さん津久田さんのお出かけの日。まあ、僕は普通にシフトだから絡むことはないんだけど、いささか不安というか。

 この日のシフトはつまるところ最もクレイジーな組み合わせの小千谷さん・浦佐・僕なわけで、そういう意味でも二重に胃が痛いことになっている。


「八色―なんかオススメのAVないー?」

 早速頭痛が痛くなるような話題を振りますね。息をすうように最低なことを言う……。


「……浦佐がまだいないからって何聞いてるんですか小千谷さん……」

「いやあ、なんかそういうタイミングってない? なんか持っている奴全部飽きるというか、コレジャナイ感が広がって新しいのを買いたくなる瞬間っていうか」

 ……わかりたくないがわかりそうになる僕が恨めしい。


「……それで僕が教えるとまたそれを僕の性癖と認識してあることないこと言うので教えません」

「まあなー、八色の性癖ってちょっとマニアっぽいからたまに俺も引くことあるしなー」

「……それはグサグサ刺さるのであまり触れないで欲しいです……」

 っていうか引くことあるならもう二度と教えません。絶対に。


「いやー、けどさ。今佳織にAV全部捨てられてさー。何もないわけなんですよ」

「はい?」

「……この間さ、ウチの店にAVの買取来たろ?」

「AVの買取なんて一日働いていれば何件もあるんでいちいち覚えてられませんよ」

 出勤前になんつー会話をしているんだ僕らは。男子高校生かよ。


「じゃあさ、もうゴリゴリに黒服を着込んだ若い兄ちゃんがAV売りにこなかったか?」

「来ましたね一昨日」

 ……服装が服装だったので印象に残っていた。葬式帰りか何かと思ってしまうくらい真っ黒だった。

 まさか……。


「その若い奴、佳織の家の使用人」

「だろうと思いましたよ。ってことはあれですか? 今このお店には小千谷さんが持っていたAVが売り場かバックヤードに並んでいるってわけですか……?」

「そういうことになるな」

「よく平然としていられますね。僕ならバイト辞めます」


 ……まあ、辞めてないんですけどね。あはは、AVバレたくらいでバイト辞める人なんているわけないじゃないですか、あはははー。……なんで僕が傷を負っているんですか。


「よくもわるくもさ、このバイトしていると羞恥の感覚が死ぬだろ? 別に電話で3〇とか中〇しとか言わされてもなんとも思わないくらいには」

「……僕はそんなこと言わされる電話に当たったことないんですけど。女性スタッフから代わってくださいと言われたことは結構ありますけど」

「マジ? 俺は結構おっさんにわざわざAVのタイトル複唱させられたことあるぜ?」


 ……そのおっさん、もしかしなくても。いや、余計なことは考えないでおこう。そんな新手のセクハラが起きているなんて想像したくない。


「……とにかく、それでもう恥ずかしいって思う感覚がなくなって、なんとも思わなくなっているんですね」

「そういうこと。そんで、今俺の家にオカズは何ひとつない」


「今晩のおかずの話をしているっすか? おぢさんと太地センパイ」

 そして、タイミング悪く、浦佐がぴょこぴょこと効果音を立てそうな動きでスタッフルームに入ってきた。

 僕と小千谷さんは気まずそうに目を合わせ、適当に話を揃えることに。


「ああ、今冷蔵庫の中身すっからかんでさー。帰りにスーパー寄らないと何も食えるものがないんだよなー」

「それで、今晩何にしたらいいか? って小千谷さんに聞かれてたところだったんだ」


 ……しかし、夜番スタッフのなかでなんやかんやで一番ピュアなのは浦佐なんだよな……。水上さんなら迷わずに「なんの話をしているんですか……?」と食い気味に聞いてくるだろうし、井野さんだったらこっそり陰で鼻血を垂れ流しながら盗み聞きしていることだろう。


 真っ先に食べ物のおかずを想像してくれるから浦佐は誤魔化しやすい。耳が年取ってないっていいね。

 とりあえず助かった……。


「そういえば太地センパイ。バックヤードに山のようなソフトの未加工分があったっすけどまさかあれって……」

「今日の搬入で来た分」

「……ちなみに、次のソフトの搬入って」

「僕に聞くまでもないでしょ? 明後日。というわけで明後日までにあれを全部加工済みにしてください」


 そして話は真面目な仕事のことに移る。

「……じ、自分は別に構わないっすけど……明日ってソフト加工する予定って……あるっすか?」


 恐る恐る浦佐はシフト表をめくって、明日の出勤のメンバーを確認する。次第に顔色は青ざめていき、僕の肩を背伸びしながら掴んでは、

「あっ、明日ソフト加工強い人誰もいないじゃないっすかっ。もしかしてあの量を全部今日だけで自分がやれって言ってるっすか? 太地センパイっ」


 そう抗議してくる。……そこまで頭が回るようになったらもう昇給だよ、浦佐くん。


 お店にやって来る加工物は二種類ある。店頭で買い取ったものと、本部から搬入されるもの。そして、本部からの搬入は定期的に来るので、溜め込むことなく売り場に出さないといけない。一度溜めてしまうと、待っているのは棚卸の地獄か、はたまた残業しての加工祭りか。どのしろいいことはない。浦佐が顔を青ざめさせたのはそういう理由から。


「……頑張れ、浦佐。売り場は僕と小千谷さんに任せろ」

 親指をグッと立てて、いそいそと出勤の準備を始める僕と小千谷さん。そうはさせまいと浦佐がポカポカと僕の背中を叩いて、


「さすがに無理があるっすよ、せめて休憩明けくらいからおぢさんの手を借りないとあのタワーの半分も終わらないっすー」

 さらに粘ってきた。……うん、気持ちは痛いくらいわかるよ。っていうかそれくらい仕事の進み具合を予測できるのなら本格的にそろそろ昇給よ。でもね。


「……週末の休憩後の売り場を僕ひとりで回せと?」

「……大丈夫っす。太地センパイならひとりで販売加工補充買取全部回せるっす」

 目を見て言おうかその台詞は。


「……はいはい。考えておくよ。せめて休憩前までに買取分とあのオリコン三分の一くらいは減らしておいてよ」

「買取分って、加工場に置かれていたあのAVの山っすか?」


「「…………」」

 それを聞いた僕と小千谷さんは再度気まずそうに目を見合わせる。

 ……これ、どう考えてもタイミング的に、小千谷さんが所有していたブツなのでは……?


「ははは。仕方ないなあ浦佐。そのAVは俺が加工してやるから、先にオリコンのタワーを減らしておくんだな。休憩後から俺も手伝ってやるから、ははは。それでいいよな、八色」


 ……聞いた話によると浦佐ももう十八歳になったらしいけど、まあ高校生に成人向けのコンテンツを触らせるのは好ましくないので、そこは頷くしかない。

「……家電がいいのなら僕は止めませんよ」


 ちなみにもとからそういう配置にする予定でいたけど、面白そうなのであえて何も言わないでおくことにした。

 さて、というわけで今日の休憩明けはなかなかにメンバーがカツカツだから何事も起きてくれるなよ……?

 フラグとかではなく。まじで。じゃないと明日の僕が死ぬ。色んな意味で。

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