第169話 いつも通りのむっつりさんと激おこぷんぷん丸のちびっ子となんか無理している子

「え、えっと……そうですね……。……色ペンとか付箋は結構使うんですけど……」

 ……うーん、誕生日プレゼントに消耗品を贈るのもなんか違う気はするなあ……。付箋六色各百枚セットとか貰ってもあまり嬉しくないだろうし。っていうか僕だったらいらないもの譲ってくれたの? くらいに思うかもしれない。


うらさ:ちょっと、全然ヒントになってないじゃないっすか


 手のひら返すの早すぎやしませんかね。陸上選手もびっくりのスピードだよ。


うらさ:なんとかしてくださいっすよー


 ……僕は何でも屋かよ。企画主浦佐ですよね? メインで動いているの僕になりそうなんですがそこらへんについてはいかがお考えなんでしょうか。


「……それじゃあ、最近何か悩みとかある?」

「へ、へ……? あ、あの……浦佐さんも八色さんもどうされたんですか? いきなりこんなに優しくなって……。わ、私の弱みを握っても、お、お金はありませんよ……?」


 ……まあ、こうなりますよね。井野さんの自分に対して優しくされることに対する耐性もまあまあ低い気がするけど。

「いや……本当に何でもないから、そこらへんは心配しなくてもいいよ……」

 っていうか、僕に関してはもう既に井野さんの弱みを握っているからね。


「……も、もしかして、お金がないなら身体で支払えとか、そ、そんなことはないですよね……ひゃう……」

 井野さんは俯きながら頬を両手で押さえて体をよじらせる。

 そっちの方向に思考をシフトしないでください。どこまでも桃色だなあなたは。


「太地センパイ……そんな対価を要求するなんて……サイテーっす……」

 ちょいちょいちょい、おかしくない? 僕は浦佐に頼まれて協力してあげているのに、どうして浦佐に幻滅されないといけないの? というかそんな身体で支払えとか僕一言も口にしてないよ。


「あー、はい。もういいや。今の話一旦忘れて。そろそろ夕礼だし」

 今のままでは平行線をたどりそうなので、もう締めることにした。……いや、これは平行線というより、ねじれの位置、と称したほうがいいかもしれない。

 そもそも議論がテーブルに乗っかっていないだろうから。


うらさ:え? ちょっ、まだ欲しいもの聞けてないっすよー

うらさ:どうするんすかああああセンパイいいいいいいいい

うらさ:うわああああん


 爆速でラインを連投するなよ……。よく片手一本でそこまで誤字なく文字を打てるね。

「や、八色さん、さっきから通知がたくさん来てますけど……大丈夫なんですか?」

 パタンと参考書を閉じた井野さんが、やや心配そうに僕の顔を見る。


「ああ、大丈夫大丈夫。馬鹿が喚いているだけだから安心していいよ」


うらさ:馬鹿って誰のことっすか馬鹿って


「八色さんって、たまにこうしてライン連投されていることありますよね……」

「……雑草みたいなもんだよ。定期的にこういうことあるから」


うらさ:馬鹿呼ばわりの次は雑草っすかああ

うらさ:もう怒ったすよおおおおお

うらさ:今度の土曜日、覚えておくっす

うらさ:スタンプを送信しました


 ……やべ、怒らせすぎたかな……。浦佐のゲームの操作音がかなり乱暴になっているし。


 と言ったってさ……。水上さんもそうだけど、スイッチ入るとラインを連投する人ばっかりだから、自然とそういう反応になっちゃうんだよ……。大学の友達もそんな感じだし……。


 ああ、でもこれで浦佐と出かける日が多少面倒になったのは事実かもしれない。

 最後に送られたスタンプが、配管工の髭を生やしたおじさんがメラメラと目を燃やしながら手からファイヤーボールを出しているものだったから。


 ……僕、アクションゲームの敵キャラみたいに、踏みつぶされたりします? 浦佐に。


 その日の仕事では、浦佐が完全にご機嫌斜めになってしまい、一切合切僕と口を利いてくれなくなった。挙句の果てには仕事の指示を井野さんが中継する始末。うん、なんかごめんね今日。


 そういった状況で仕事を終わらせて、家に帰る途中。

 浦佐とのコミュニケーションで結構疲れが入ってしまい、たまたま空いていた中央線の座席でうとうとしていたとき。


 またまた僕のスマホがポケットのなかで振動した。

 それで目覚めた僕は、少しぼんやりした意識で通知を確認すると、


水上 愛唯:八色さん、今度浦佐さんとお出かけするみたいですね


 一瞬で目が覚めたよね。


水上 愛唯:どちらに行かれるんですか?


「…………」

 情報源どこなんだろうなあ。本当に。僕誰にも言っていないはずなのになあ。浦佐経由かな? でも、井野さんに誕生日プレゼント贈るのは当日まで秘密にしたいはずだから、そうそう誰かに言いふらすようなことはしないと思うんだけどなあ。

 まあ、いいか……。


八色 太地:ま、まだ決まってないけど、多分、新宿?

水上 愛唯:そうなんですね

水上 愛唯:……た、楽しんできてくださいね


 ……僕でもわかる。めっちゃ無理してるじゃんこれ。「浦佐さんも違法」とか「エッチなことしたら駄目ですよ」とかいつもなら送ってくるはずなのに、まさかの楽しんできてくださいねって。絶対無理してるよこれ。


 なんだったらこれ僕を油断させるトラップで、僕が浦佐と何かしようとした瞬間現場を押さえるまであるんじゃないかって思うよ。いや、何もする気はないけど。


水上 愛唯:こ、今度また一緒にどこかデートに行きましょうね

水上 愛唯:八色さん


「……大丈夫か? これ」

 水上さんが普通に女の子しているだけで不安になるのも十分末期な気がするけど。

 これこそ裏がありそうでとてつもなく怖い。怖い怖い。


 そういえば、この間購入されたAVはその後どうされたんでしょうか。まだこれといった動きがなくて、ビクビクしているんですけど。


 いや、半分くらい覚悟はしているからね? 検尿キットに自分の尿を入れたのと、件のAVを一緒に詰めて僕の家に宅配で送るくらいのことは平気でしでかすって。宅配便のお兄さんが来る度に恐怖に怯えている節があるから、そろそろ楽にさせて欲しいんだ。小千谷さんのこともあるし。……結局、小千谷さんのポストに投函されていたAVには、津久田さん直筆のお手紙が添えられていたらしい。


 それを見て以降、小千谷さんがとてつもなく大人しくなったとかなっていないとか。


八色 太地:うん、予定合えばね……

水上 愛唯:私が合わせるので大丈夫ですよ


 ……即レスだ。一瞬で返事が送られてきた。

 と、とりあえず……この間デートをふいにしたこともあるので、ちょっとくらいなら融通を利かせてあげないといけないかも……な。


八色 太地:お、オッケー


 ……ま、まずは浦佐との買い物……をどうにかしないとな……。

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