第162話 計算ずくか天然か
空っぽになった焼酎二本を水ですすいで、無言で適当なビニール袋に放り込む。
たった一夜で二本も空にした……。二人だけで。
今後津久田さんが絡んだお酒の席では十分に気をつけることにしよう。……でないと、今部屋のテーブルの上でグデーっとなっている水上さんみたいなことになる。
小千谷さんたちが帰ってからもしばらくあの調子のままで、相当アルコールが体に回ったようだ。
「……だ、大丈夫……? っていうか、明日授業あるんじゃないの……?」
ガラスのコップに水を注いで、彼女の側にトンと置く。フラフラと顔を上げ、力なく「ありがとうございます……」とお礼を言った水上さんは、持ってきた水を半分飲んだ。
「明日は……一限からですね……必修の」
「じゃあ尚更飲んじゃ駄目でしょ……」
「……これは、飲むべき流れなのかなと思って……つ、つい……」
完全に声が死んでいるし。これ家帰るのも大変なんじゃ……。
「とりあえず、落ち着いたら駅まで送るから。水まだいる?」
また立ち上がって、僕が台所に向かおうとすると、
「ん……?」
離れようとする右手を取って、水上さんは僕を引き留める。
「ど、どうかした……?」
「お水はもう大丈夫です……ですので……」
様子を窺うために、僕がまた座り込んだタイミングを見計らって、水上さんは僕の膝の上に頭を乗せてきた。
「え、え……?」
「……我慢していたんですけど、やっぱり駄目です……。私、どうしても嫉妬深いみたいで……。小千谷さんに膝枕しているのも、津久田さんの頭を撫でているのも、見ていて羨ましくて……」
ズボンの裾をぎゅっと掴んで、膝元でそう話す水上さん。
津久田さんのだけではなく、小千谷さんにまで嫉妬していたとは……。
「……小千谷さんは硬いって言ってましたけど……全然そんなことないですよ……八色さん……」
あ、あの……ひ、膝と膝の間で頭を擦られると……そ、その……。
こ、これは水上さん、意識してやっているのか? それとも無意識なのか? 単に膝枕をしてもらうだけなのが目的な気もするけど……。
「そ、そう……? ま、まあ小千谷さんだし、また適当なこと言っていたってことはあると思うから、そんなに気にしてなかったけどね……」
し、しかも……縦に並ぶ形で膝枕をしているので、視線を下ろすとちょうど水上さんの胸元にたどり着くわけで。
酔っているからか気づいていないのか、それともここまで計算づくなのか僕にはわからないけど、服がずれてちょっと見えそうになっている……。……っていうか紐は見えてます。
……これってあれか? 僕が散々今までシチュエーションを気にする人であるってことを学習したうえでの行動だったらほんと水上さんやり手だよ?
さっきの唇に指の流れからちょっともう気分を押し殺すのでいっぱいいっぱいになっている節はあるから。
……うん。ぶっちゃけると、こういう流れで致すのは好きなんです。はい。多分。ええ。そういうシチュのAV結構買っている気がする。……おもらしの話はもうやめようか。それはそれでまた別だ。
「……や、八色さん……。あの、このまま頭を撫でてもらってもいいですか……?」
絶対言うと思ってました。擦りつけていた頭の動きを止めて、やや期待の眼差しで僕を見上げる水上さん。
「……井野さんには何度もやってましたし、津久田さんだって今日……」
「わ、わかった。わかったから。ちょっと待って」
落ち着け、これは酒に酔った水上さん。素面ではない水上さん。オーケー?
計算なのか天然かは知らないけど、とりあえず一旦頭を冷やして、はい、いいですね。
そして、意を決して僕は右手を水上さんのサラサラの髪の毛に持っていく。
「……やっぱり、妹さんいるからか、頭撫でるのお上手ですね……」
え、撫でなくても嫉妬、撫でても嫉妬の両面詰みコースでした? それは僕聞いてない。
「そ、そんなに頭撫でるのに上手とか下手ってあるものなの……? いまいちよくわからないんだけど……」
右手を止めることはせず、膝元で横になっている水上さんに尋ねる。
「……父に頭撫でられることは小さいときよくあったんですけど……なんていうか……雑というか……。髪がくしゃくしゃってなっちゃうんですね……? された後。……それに、時折髪に引っかかるときもあってちょっと痛いときもあって……。そういうのでも嬉しいときはあると思うんですけど……」
……僕も子供できたらそれ気をつけておこう。二十歳超えたあたりで子供に「お父さんが頭撫でると痛かった」とか言われたらもう死にたくなる。多分。
「……そ、そこまで覚えてもらえるだけでもお父さんは幸せだと思う、よ……?」
会ったこともない水上さんのお父様にさりげないフォローを入れる。
「でも、八色さんのは全然髪に指が引っかからないですし……ほどよく優しいですし……確かにこれを受けていたら妹さんや井野さんがああなるのもわかる気がします……」
え? 僕の頭なでなでって媚薬か惚れ薬に近い何か的な効果があるんですか? だったら今後は誰にもやらないようにしたいんですが……。まあ、それは冗談だとして。
「……あ」
かれこれ五分くらい撫でていると、水上さんが何かに気づいたようにそんな声をあげて、
「……八色さんとふたりでさっきのゲームをすれば、色々できるのでは……?」
なんて恐ろしいことを言い出してくる。
「よーし、そんなこと考えられるってことはもう酔いも醒めてきたんじゃないかなー? さ、終電の時間もあるし、そろそろ駅に向かおうかー、水上さん」
このままでは井野さんみたいになし崩しに家に泊めることになってしまう。井野さんの場合高校生だからっていう理由で抑えが効く自信はあるけど、水上さんは文字通り合法なのでこの環境で泊めると何をしでかすか僕もわかったものではない。早いところ送ってあげなければ。
「……また、お願いしてもいいですか……?」
頭を僕の膝から起こして、半身になってこちらを振り返る水上さんは、やや蕩けた顔つきで聞く。
「……き、気が向いたらね」
さすがにこんなに恥ずかしいことそうそう誰かにしたくはない。
「さ、ほら、歩ける? 帰ろ?」
半ば強引に今度は僕のほうから水上さんの手を取って、玄関に向かう。
「えっ、あっ、で、でもっ」
「いいからいいから、帰ろ帰ろ」
まだ少し足がふらつく水上さんを引っ張って、僕は真っ暗になった静かな街を歩いていった。
……ほんとに、どうにかなりそうだった。
後日。なかなかラーメン屋に行って例のカードゲームを返す暇もない間に、休日に浦佐と井野さんがまたまたノンアポで僕の家に遊びに来る事案が発生してしまった。
目ざとい浦佐はすぐにゲームの存在に気づき、
「センパイ、何すか? このゲーム」
と、興味津々な顔で話しかけてきた。
……三十分後、僕の心のなかがまた大荒れになったのは、別の話。
済ませられる用事は早めに済ませるに越したことはないね。
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