第161話 童貞丸出しの勘違いはほどほどに
「だってさ、水上さん。どこにする?」
きっちりテーブルに並べた焼酎の瓶を二本空にさせてなお通常モードの津久田さんが、水上さんにそう尋ねる。水上さんは水上さんでさっきからずーっともうフラフラ。強い人のペースに巻き込まれるとこうなるって典型例ですね……。
「……えっと……そうですね……」
「八色が思い切り恥ずかしがる場所でいいぞー、水上ちゃん。おっ──おふっ」
「さっきのセクハラはしない先輩を目指すって言葉はなんだったのかな? こっちゃん」
にたび腹パンをされている小千谷さん。いい加減学習しておくれ……。
公衆の面前で胸を触らさせられるのはほんとに土下座してでも回避したいです。けど今までの水上さんなら割と言いかねない……。「別に他人に見られてもいいじゃないですか……」とかなんとか理由をつけて。
「……でしたら……唇とか……で、お願いします」
「ふぇ?」
く、唇……? 唇って、あの唇ですか? 口のあたりに瑞々しくあらせられているピンク色のちょっとぷにっとしたあいつ、でよろしいでしょうか?
「だってさー八色。まあまあ恥ずかしい場所をチョイスしてきたなー水上ちゃん。見てて面白そうだからまあいっか」
え? これ……は? キスをしろと申しているのですか? 水上さん? 一応それでも触る、ということにはなるけど……? え? あれ?
それって、下手すれば胸触るより恥ずかしいのでは? 知らないけど。触ったことないからわからないけど。
「ん? 八色? どしたー、八色―? なんかフリーズしているぞー?」
「なんか、慌てている八色君見るのもそれはそれで新鮮だね……」
「なかなか見れないぜ、多分」
ゲーム中ずーっとドキドキしてたけど、このタイミングで一段と鼓動が速くなっている気がする。っていうか凄い指震えているし。
「……八色さん? もしかして、キスと勘違いされてます……?」
僕がしばらくの間何もできないでいたから、水上さんのほうから僕の近くにやって来て、心配そうに上目でこちらを見やった。
「あっ、いやっ……え?」
「……あ、これ勘違いしてたパターンだね」
「……童貞丸出しで草しか生えねえよ八色」
「……えっちなお店で童貞を捨てたこっちゃんが言うのもなんかあれだけどね」
「バーカ。全てのエロは平等だ。そこに格差などない」
「……名言っぽいこと言っているんだけど、中身が中身なんだよねえ……」
なんか外野がガヤっているけどまったく頭に入ってこない。そうですよね、いくらなんでもふたりも他人がいる前でキスを要求するなんてあるはずないよね。嫌だなあやっぱり僕も酒入っているから思考がバグを起こしていたな。あははは。そんなはずないじゃないですかー。
「……べ、別に八色さんがどうしてもそうしたいのであれば、キスでも結構ですけど……お酒とラーメン食べた後なので、ちょっと……。あと、一分は息が続かなさそうです……」
「いえ、指で行かせてもらいます……」
「……ねえ、俺らはこれから濡れ場でも見させられるの? ここって成年映画の上映館だっけ」
「いや、違うと思うよ? っていうかこっちゃん、成年映画も見るんだ、へえ」
……スマホのバイブレーションかってくらいブルブルに震えた右手の人差し指を、ゆっくりと水上さんの唇に持っていく。
十センチ、五センチ、三センチと順々に距離を詰めていき、そして。
僕の指の腹に、若干の湿った感触が広がり始めた。
「んっ……」
思わず声が漏れてしまったけど、なんとかリアクションをせずにひたすら一分経つのを待つ。
しかし、何も話さず、ただひたすら女の子の唇を指で触り続けると色々覚えなくていいものが出てくるもので。
指には水上さんの息がふわっとかかるし、そもそもまあまあな至近距離にいるから息遣いの音とか制汗剤の匂いとか色々色々混ざって……。
っていうかこんなに水分含んでいるものなの……? リップクリームとか事前に塗っていた……? いや、でも結構女の子って頻繁に塗っているような気がしないこともないような。
ゼリーというか、なんというか。表面がぷるぷるで、ちょっと押すとそれだけ沈みそうで、けど強く押しすぎちゃうと、壊れそうな、そんな繊細な感じで。
中身に入っている果実は、きっと食べると甘い味がするのだろうけど……、
「はい、一分経過したぜー。終わり終わりー」
小千谷さんの声でようやくこの時間が終わったことを知り、彼女の唇から僕の指を離す。
「手洗うかどうか考えている? 八色」
「……何言っているんですかいきなり」
「いやー、八色がまじまじと指を見つめているから」
「……そりゃそうなるじゃないですか。普通そうそう女性の唇なんて触りませんって」
「やっぱり反応が初心で可愛いなあ八色は」
ケラケラと笑いつつ小千谷さんは僕の肩を雑に叩く。
「いてっ。な、何するんですか」
「いやー? これはネタになりそうだなあって。休憩中の会話の」
「……誰にも言わないでくださいよ。言ったら今度はあなたのクレジットカードビリビリに壊しますからね」
「……クレカ壊すなんて脅し文句聞くの初めてだぞ」
「そりゃそうですよ。今初めて言いましたから」
「そういうことじゃねえ」
時計を見ると、もうそろそろ電車が無くなり始める時間だ。っていうか水上さんは終電大丈夫なのか?
「じゃあそろそろいい時間だし、お開きにしようか。あ、でもこっちゃんはちょっと個別にお話があるのでタクシーで私の家について行ってもらいます」
同じことを思ったのであろう津久田さんが手を叩き、小千谷さんに(とって冷酷な)お告げをする。
「は? ……や、八色、今日泊めてくれないか?」
すぐに顔面蒼白になった小千谷さんは、すがるように僕に頼み込む。
「……嫌です。まだ電車ありますよね? 帰ってください」
「さーこっちゃん? 今タクシーの配車呼んだから、ゆーっくりお話しましょう? 色々聞きたいことが今日で増えちゃった」
増えちゃった。……まあ、あんなに問題発言繰り返してたらそらそうなるよね。
「あ、水上さんも駅まで乗ってく? もう暗いし、この時間にひとりで歩くの危ないでしょ?」
「……い、いえ。ちょっと飲みすぎちゃったみたいで……。少し休んでから帰ります……。ありがとうございます」
……ん? んんんん?
……似たような展開を、つい最近味わった気がするのですが……大丈夫ですか?
「いやだ、佳織の家で拷問とか絶対嫌だああああああああ! 八色、助けてくれえええええええ!」
「だからうるさいんですって」
首を掴まれて引きずられていく小千谷さんを尻目に、僕はふたりのことを見送った。……それより。……何も起きないよね?
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