第160話 ラス1とフラグ
「んー水上ちゃんのいいところ三つねえー」
コップに注がれたお茶を一口含み、あごに手をかけてしばらく考え込む小千谷さん。そんな様子を頬っぺたを膨らませて視線を刺している津久田さん。あからさまに音を立てて空のコップに焼酎を入れ、流れるようにそれを一気に飲み干す。
……こ、これでまだ素面なんですか……? どれだけ飲めば酔うんですかこの人は逆に……? 小千谷さんが怯える理由もなんとなくわかった気がします……。
水上さんは水上さんで顔を赤くさせてふらふらと体が左右に揺れ始めているし。……もう飲ませないほうが賢明かもしれないけど、気づいたときにはもう一杯終わらせているからなあ……。
「仕事覚えるの早いでしょ? 性格も落ち着いているから安心できるでしょ? あとなんかたまに雰囲気がエロいときがある──ぶふぉっ」
三つ目を言い切る前に、小千谷さんのみぞおちに鉄拳制裁が下された。……誰の手によってかは、あえて言わないでおく。
「こっちゃん……? いくらお酒が入った席だからって言っていいことと悪いことがあるのわかっているよね……?」
って言うかすぐわかるし。
「エロい雰囲気があるってそれどういう誉め言葉? まさかこっちゃん勤務中に」
「んな訳あるか? っていうか事実だし、ねえ? 八色?」
「……なんで僕に同意を求めるんですか。自分で蒔いた火種は自分で消してくださいよ」
なんて言いはするけど、あながち間違いでもないのが怖いんだよ……。だって……。
壁ドン、床に押し倒す、胸押しつける、下着見せつける、お腹触らせる、その他諸々……。雰囲気を通り越してもはや実行に移っているので……。
「らいじょうぶですよ、たまに大学の同級生にも言われるんで……」
……ねえ、大学ではこの子大丈夫なの? 大丈夫なんだよね? 単に「大人の色気」的なものを勝手に同級生が感じているだけだよね? 信じているよ? いや、別に裏切られてもいいんだけどさ。うん? 何言っているんだ僕?
「……そ、そうなんだ……あ、で、でもほら、こっちゃんにセクハラされたらいつでも言っていいからね。すぐにお仕置きしておくから」
「うおおい、何言っているんだよ佳織。俺は一度だってセクハラなんてしたことねえぞ? 俺のモットーはパワハラセクハラ残業なしを心がける先輩になることなんだから」
「…………」
「おいなんだ八色、その疑わしい目は」
「別に、なんでもないですよ」
……過去に女子高生組それぞれにセクハラを誘発するような会話を振ったことをこの人はもう忘れているというのか。井野さんの性事情に浦佐のまあまあ悲しいお悩み。なるほど、これが日本の労働環境の縮図なわけだな……。またひとつ社会勉強になったよ……。
「こっちゃんのことだから、どうせ忘れてるだけなんだろうけど……はぁ……キリがないからいいや、もう。はい、次次」
ひとまず小千谷さんのターンは終了、また次のお題を引く人を決めるじゃんけんをするのだけど……。
「……あ、私みたいでひゅね……」
呂律が回っていない水上さんが負けて、カードを引くことに。肝心のお題と言えば、
「『初恋のエピソードを話す』……ですね」
「ぶっ、けほっけほっ」
やべ、思わずむせた。
え? ……え? もう一度言うよ。え?
……それって今なんじゃ、とかそういうオチは……あるよなあ。この間言っていたから。
それとも小学生とか幼稚園の頃のはノーカウントとか? 兎にも角にも、なんかすんごく怖いお題が来たんですええ。
「それは私普通に気になるなー。水上さん、今まで彼氏とかいたことあるの?」
津久田さんノリノリだし。……言ってみれば普通の恋バナだし。
「……そうですね、いた時期があると言えばあるんですけど……お互い流されて付き合い始めたっていうのがあるんであまりカウントはしたくないんですよね……」
あ、サラッと打ち明けてサラッと流した。
「へえー、なんか少女漫画とかでよく聞く話だね」
……僕と似たような感想を津久田さんは抱きましたね。
「……言っちゃえばそのときの人に恋愛感情は持ってなかったので……」
「んー、ってことは今?」
「ぶほおっ」
小千谷さん、な、なんてことを……!
「八色? どしたー? さっきからなんか変だぞー?」
水上さんを公開処刑にさせるつもりかこの人は。
「……いや、なんでも、ないです……」
それを本当に言うわけにはいかないので、僕は口を噤む。
い、言うのか? 水上さん……。
「……今と言えば今なんで、この場で言うのは遠慮したい……でひゅね」
ゆらゆら揺れつつ、やんわりと眉をハの字にさせて水上さんはそう言った。
「まあ、現在進行形ならあまり言いたくもないよね。うんうん。じゃあそれでいっか。ただまあ、何もなしで終わるとそれはそれでなんか面白くないので、代わりに……うーん……あ、じゃあ『自分の性癖』でも話してもらって終わりにしましょー」
「……性癖……ですか」
小首を傾げて、少し考え込む水上さん。
「そうそう。なんかあるでしょ? 鎖骨とか腹筋とかそういうの」
「……よく、周りを見ている人……ですかね」
「……? なんか、すごくふわっとしたフェチだね」
「そうかもしれませんね……」
津久田さんはその回答でとりあえず満足したみたいで、頷きながらまたお酒の入ったコップに手をかける。
「……それってもしかしなくても八色なんじゃ──」
小千谷さんは不思議そうな表情を作って僕と水上さんの顔を見比べるし。やっぱりこの人こういう勘は鋭いんだよ!
「さ、次行きましょ次―」
掘り下げられる前に強引に話を切り、テーブルの中心に僕はグーを作って差し出す。
「お、おお? なんか急に元気になったな、忙しそうだなあ八色」
体も心も忙しくて大変ですよその通りですよ。
山札は見たところあと数枚。あと少しでこの宴も終わってくれる……。もう、終われるんだ、あと少しで……。
そうこうして最後の一枚になった。時間もいい頃合いなので、これが終わったらお開きになる、と思いたい。さすがに男女四人で雑魚寝をさせる気は更々ない。
もう何度やったかわからないじゃんけんを始める。人生でこれだけ集中してじゃんけんをしたことなんて初めてかもしれない。
今後も多分ないと思いたい……です。
「じゃんけんぽん──って、あっ」
……最後の最後で負けたのは僕だった。
「それじゃ……引きますよ……」
ごくりと唾を飲み込んで、緊張の面持ちで僕は山札を引く。
そこに書かれていたのは……。
「……『右隣の人が指定した場所を一分触る』です、ね……」
左隣は小千谷さん。向かいは津久田さん。……もうおわかりですね。はい。…………。
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