第159話 酔いかけの水上さん
続く二枚目。じゃんけんに負けたのはまたもや小千谷さん。
「また俺かよ……ったく……ついてねーなー。それ」
嫌そうにカードをひっくり返すと、そこには「五分間英語だけで話すこと」と書かれている。
「……Oh,my god!」
あ、そこから始まるんですね。あと地味に発音が綺麗。さすが頭はいいだけありますね。
「これ、こっちゃんにやっても全然効果ない罰ゲームなんじゃ。八色君は英語喋れるの?」
「……よ、読めはしますが喋るのはちょっと……って感じですね」
「私もです……」
典型的な日本の英語教育の限界を示す大学生ですみません。
「なるほど……。じゃあこのお題はこっちゃんと私以外だったら面白いお題だったってことになるね……」
「Yeah!」
……ただでさえ普通の状態の小千谷さんを相手するのもたまに面倒なときもあるのに、さらに英語って……。あと小千谷さん。やけくそになって英語で僕にベラベラ話しかけないでください。早口過ぎて何を言っているかわからないんですから。
「じゃ、じゃあ三回目……さいしょは──」
「Rock, paper, scissors!」
はい……そうでしたね。順応性高いですね小千谷さん。あと何度も言うけど発音が無駄に格好いい。
「I won! Huuuuuuu! Serves you right! HAHAHAHAHA!」
うるさいです。普通に。
「……あの、小千谷さん何て言っているんですか?」
「ざまあみろって言っているんだよ。……伝わらないからって煽らないのこっちゃん。……っていうか、負けたの私だし……って煽りの対象私? こっちゃん……? 強―いお酒が実はもう一本カバンにあるんだけどそれ飲むのと今すぐ私に謝るのどっちがいい?」
「I am sorry. By the way, not yet 5 minutes!?」
……五分はまだかと怒っていますね。はいはい。もうそろそろですよええ。
「それで……お題は……『三分間、語尾ににゃんをつけること』。……らしい、にゃん」
「小千谷さん、五分経ちましたよ」
「まさか大学で馬鹿みたいにアメリカ人の講師をふざけて口説く遊びしていたのがこんなときに役立つとは……世の中何があるかわかんねーな八色」
「……知りませんよそんなこと。っていうか大学でなんつー遊びしているんですか……頭いいのか悪いのかはっきりしてくださいよ……」
「そ、そうだ……にゃん。だ、第一そんな話、私聞いたことない……にゃん」
……キャラ崩壊が起きてる。割と真面目に。いやまあフランクな性格ではある津久田さんだけど、さすがに猫キャラは……。怒っているはずなのに、全然怖くない……。
「佳織がにゃんって言うの全然似合わねー。ぎゃはははは!」
「うっ、うるさいにゃん! 馬鹿にするとお酒飲ませるにゃん!」
「ひっ、ひっ、ひぃぃぃ! お酒飲ませるにゃんって……あははははは! やべえ、腹抱えて笑うって!」
「……少しは静かにしろ小千谷。家主権限で追い出すぞ。あと財布に入っている宝くじもビリビリに破く」
「すみませんでした」
以前宝くじとサッカーくじ同時に破いた実績があるからか、僕が脅しを入れると小千谷さんはすぐに正座して笑いを止める。ほんと、現金な人だ……。
「……八色君の言うことだと素直に聞くにゃん」
「ぶっ」
「こっちゃん? ……にゃん?」
もういいですよ。次行きましょう次。このままだとキリがない。ねえ、水上さん……?
「……? どうかされましたか……? 八色ひゃん……」
この間、水上さん一体何杯飲みました? そういえばいつの間にか用意した氷もサイダーも空になっているんですが、どれだけ飲みました? 顔真っ赤になってますけど?
「……よ、四回戦いきましょー最初は──」
と、まあ始めのうちはそれほど場が凍り付くようなお題は出てこなかった。「三十秒でヘドバンをできるだけする」とか、逆に「五分間英語を使ってはいけない」とか、そこらへんのゆるーいお題ばかり。
ただ、十枚くらいお題を消化した頃から、雲行きが怪しくなってきた。
それは、水上さんに対して未だ素面のままハイテンションを維持している津久田さんが引いたときだった。
「……えっと、お題は……『向かいの人に一分間頭を撫でてもらう』……私の向かい」
「……なんで僕なんですか」
え、これ大丈夫? 水上さん的にNG出たりしない? 後日改めてお仕置きとかされませんよね? 僕心配だなあ。
「いいじゃん。八色ちょくちょく井野ちゃんの頭撫でてあげてたし。あ、でも最近は見てないなー」
あんたはあんたでそれでいいのか小千谷さん。そんなんだから今みたいな面倒な関係性のままなんでしょうが。
ってキレたくもなるけどルールはルールなので渋々従う。津久田さんも済まなさそうな顔色で僕の横にスタスタと近寄っては、ちょこんと隣に座りこむ。
「……や、やればいいんでしょやれば。八色君、お願い」
「はっ、はい……で、では……失礼します……」
「八色―。その感じだとなんかいかがわしいお店の店員みたいになってるぞー」
「こっちゃん」
キッと鋭い目で小千谷さんを睨みつけた後すぐに、牙を抜かれたライオンみたいに大人しく僕のなでなでを受け入れる津久田さん。
……なんだ、こう。年上の女性の頭を撫でるのもそれはそれでなんか……クるものが……あるような、ないような……。
っていかんいかん。半分他人の女性に何を考えている僕は。
ところで……水上さんの様子は……。
「……ひっ……」
な、なんかめちゃくちゃ羨ましそうな目で津久田さんのこと見つめているんですけど……。この、いつもの冷めた目とかではなく、単純に羨望というか、純粋に羨んでいる感じがすごいする……。
「……八色君、やけに女の人の髪に触るの慣れてない?」
「あっ、そっ、それは……た、多分妹がいるからですよ。ええ」
「そうそう、こいつ八つも年下で、太地お兄ちゃんにデレデレな妹がいるんだよ。ずるいよなあ」
「へえ、八色君って妹いたんだー。道理で年下の女の子ばかりの職場でも物怖じしないというか、手慣れている雰囲気があるわけだ。なるほどなるほど」
「ははは……た、多分そうなんじゃないですかね……」
し、正直水上さんの視線が生温かいのが今はかなり怖い。
後が……後が恐ろしいよ。
「よし、一分経った。ありがとうね八色君。もうこんなお題来ないといいんだけど……」
ルールの一分が経過して、そそくさと津久田さんは元居た位置に戻る。そりゃ、好きな人の前で別の男に頭を撫でられるのはいい気分ではないですよね。……うん。
津久田さんの言う通り、こんな空気はもう避けたいところだったのだけど、続いて小千谷さんが引いたお題が──
「んー何何? 『向かいにいる人のいいところを三つ言う』か」
言う間でもないと思うけど、小千谷さんの向かいは……水上さんだ。
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