第158話 誰得なお題
「いやー、八色の家とかいつぶりだ? 去年の年越し以来とかか?」
「……かもしれませんね」
ラーメン屋から、言われた通りお客を三人連れて僕の家へと帰った。最近だと同時に四人お客さんがいることもあった(井野さん・浦佐・水上さん・美穂)。ただ、人数以上に成人男性の存在感っていうのは結構大きくて、同じ四人でもかなり狭苦しく感じてくる。地べたに座る女性陣と、ベッドに我が物顔で腰かける小千谷さん、と台所でお茶を用意する僕。
「へー、こっちゃん去年は八色君の家で年越したんだー」
コップとペットボトルを持って部屋に戻ると、怖い笑顔を浮かべた津久田さんが小千谷さんに睨みを利かせていた。
「……去年年越しはバイトだって言ってそのまま家に帰る予定って私に伝えてたから仕方なく諦めてたのに、へえ……そうなんだー」
「……いやっ、え、えっと。ほら、八色がどうしても俺に見せたいものがあるって言ったから仕方なくだよ仕方なく、あはははー」
「僕を勝手に売らないでください。押しかけてきたの小千谷さんでしょう。……お茶どうぞ」
……あと勝手に墓穴掘らないでもらっていいですかね……。一応夜遅いので、騒ぐとあれなんですよ……。
「あっ、そっ、そうだ八色、なんか酒ない? 酒。まだ飲み足りないかな俺、ははは」
話題を逸らすために酒に頼ったなこの人。いいんですか? そんなにたくさん飲んで。明日もシフトじゃないですか……僕もあなたも。
「……そんなにお酒が飲みたいなら私さっきコンビニで買ってきたよ? 焼酎」
すると、さらに表情に影を作った津久田さんが、カバンのなかからビニール袋に入った瓶を二本、テーブルの上に並べた。
き、聞いてはいたけど……やはりお酒に強いみたいだ……。まだ飲む気だ……津久田さん……。
「あーそれとも二本じゃ足りないかあ。それだったらまた私が買いにいくから大丈夫だよ? そうだなあ、あと五・六本は空けられるかなあ」
「嘘ついてすみませんでしたですからお願いします明日もバイトなのでそれだけは勘弁してください」
……こっちはこっちでプライドの欠片もないし。ベッドの上で額をこすりつけて土下座してるよ……。
「いやだなーこっちゃん。明日仕事があるのは私も同じだって。その上であと五・六本って言っているんだよ?」
「ひっ、ひぃぃぃ、やっ、八色おお、助けてくれえ、佳織に潰されるうううううう」
「……騒がないでくださいよ。別に潰れようが何しようが勝手ですけど、隣の部屋に迷惑だけはかけないでください」
……ちなみに僕は焼酎五・六本とか飲んだら死ぬ自信があります。絶対無理。
「じゃあ……その焼酎、私も飲んでいいですか?」
「へ?」
今まで無言を貫いていた水上さんが、おずおずと手を上げて津久田さんに言う。
「お、水上さんまだ飲める? やった、こっちゃんいつもすぐ酔っちゃってなかなか楽しめないんだよねー。あ、そうだ、今度一緒に美味しいお酒飲めるところ行こうよ、いつもひとりだと張り合いなくてさー」
「……私でよければ……」
「よし、じゃあそれで決まりねー。お酒弱い男子たちはお茶でも飲んでもらって、私たちはもう少し飲んじゃおー」
完全にテンションが上がった津久田さんは、僕が持ってきたコップに焼酎をトクトクと注いでいく。……何も割らないおつもりで?
「や、八色さん。何かサイダーとかそういうのありませんか? さ、さすがにロックで飲むのは……」
さすがに水上さんはそのままでは飲めないようで、申し訳なさそうな顔で僕に聞いた。
「……サイダーも氷もあるから好きなほうでいいよ」
僕がまた台所へと向かいだしたタイミングには、もう津久田さんは一杯開けていて、再びコップに透明なお酒を幸せそうについでいた。その様子を、この世の終わりを目撃したみたいな目で見ている小千谷さんが、少し面白いと言えば面白かった。
余興も終わり、本来の目的のカードゲームをやる段取りになった。さっきのお兄さんが言うには、友情を破壊するゲームらしいけど……。
「じゃ、じゃあルールを確認しますけど、じゃんけんをして負けた人が山札を一枚引いて、書かれていた内容に従う。それだけです。いいですね?」
「へいへい」
「……わかりました」
「オッケー」
ルール自体は至ってシンプルだ。駆け引きもなければ戦略性もない。にも関わらず友情を破壊する、ということは……。
余程書かれている内容はやばい、ということになるけど……。
大丈夫だよね? それこそ阿鼻叫喚の血が流れる祭りになったりしないよね?
不安しかない……。
「じゃ、じゃあ……一回目、いきますよ……最初はグー」
じゃんけん、
「しょ」
「ほわああああ、よりによって俺スタートかよおおお」
まんまと綺麗に一対三で負けた小千谷さんが悲鳴をあげる結果に。……だから騒ぐなって言っているでしょうが。
「……マジで何をさせられるのか……」
おっかなびっくり小千谷さんはテーブルに積まれたカードを一枚引き、場にオープンする。
「えっと、何々? ……『三分間、右隣の人の膝に寝る』って……俺の右隣って……」
「僕じゃないですか」
おい誰だこのゲーム開発した人。まさか仕事中に「ぐ腐腐」とか言い出すあの子じゃないでしょうね。
「……なんで男同士でこんなこと」
「よかったですね、この場に井野さんか宮内さんがいなくて。流血沙汰ですよ……」
ルールはルールなので仕方なく僕はベッドに正座して膝に二個上のおっさんを乗せる。
「八色、膝硬い」
「……無茶言わないでください」
「「…………」」
場がもたない。そりゃそうだ。野郎同士の膝枕なんて一部の界隈以外何の得にもならない。津久田さんと水上さんはその界隈ではないから、ほんとにただの意味のない三分間になるわけだ。
無駄に長い三分を終え、
「あー、コンクリート並みに硬かったよったく。次行こう次」
首をコキと鳴らしてまたベッドに座りなおす小千谷さん。
……いや、しかし。これはたまたま同性同士のペアになったから事にならなかったけど。
……こういうお題がどんどん来るとなると……。
「って、え?」
まずいんじゃないかと周りを見渡せば、既にボトルの半分以上を開けていた女性陣ふたりが。
……は、波乱の予感しかしない。
今のうちに謝っておこう。
隣の住人のかた、ごめんなさい。
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