第157話 華麗な連携プレー

「ほれ、水だ」「それにおしぼり」「お仕事帰りですか? 日曜日までご苦労様です。あ、メニューどうぞ」


 ……ラーメン屋のおっちゃんから雑にお冷を置かれたらと思ったら、なぜかいつもはついてこない袋に詰められたおしぼりが中年の男性常連客の手によって僕の前にだけさっと用意されるし、同年代の大学生らしきこれまた常連客からわざわざテーブルにあるメニューを僕の手元に持ってきてくれるし。

 ……歓迎していないのかもてなしたいのか、どっちなんですかねえ……。


「「「ところで」」」

 と思えば、途端に三人が口をそろえて僕に話しかけてくるし。


「……そちらのおふたかたとはどういったご関係で?」

 怖い怖い怖い。何この「彼女です」とかまかり間違って答えたら刺し殺されそうな雰囲気。何? あなたたちリア充に親でも殺されたんですか?


「え、えっと……バイト先の後輩と、先輩の知人です……」

「あ、俺醤油ラーメン半チャーハンセット、あと生ビールひとつ」

「じゃあ、私はこの辛味噌ラーメンを。あと生ビールひとつで」

「……でしたら、私は塩ラーメン、油少なめでお願いします。あと生ビールひとつで」


 三人も三人で順応早いな! え? もしかしてこの空間で現在七人も人がいて突っ込み役僕だけ? 僕だけなんですか?

「ほれ、兄ちゃん、注文は?」

「……ぼ、僕も塩ラーメンで……あと……生ビールひとつで」

「はい生四つ頂きましたあ!」

 だからこの場に七人しかいないのにどこにオーダー確認しているんですか! 厨房は今おっちゃんだけでしょう!


「少々お待ちくださあい!」

 ……って、客がかけ声入れるんかい。もうどこから突っ込みを入れたらいいかわからない。


 注文し終えたことで、一緒になって僕に絡んでいた常連客ふたりもカウンターに戻って、ラーメンまた食べ始めていた。……まだ途中だったんですか。

 少しして生ビールよっつがテーブルに運ばれてきた。まとめて置かれたグラスを、僕は隣の水上さん、向かいの小千谷さん、対角線に座っている津久田さんに回す。


「そんじゃ、とりあえずかんぱーい」

「雑ですね小千谷さん」

 なし崩しの乾杯も済ませ、久しぶりに飲むビールを口に含む。普段はチューハイばっかり飲んでいるガキなんで。はい。まあまあ沁みます。


「ぷはぁー、やっぱり仕事上がりの一杯は美味しいですねえ!」

 たったふたつ年上でこの発言。僕もこんなことを言うようになるのだろうか。……特に深い意味はない。うん、意味なんてない。


「私は別に仕事じゃなかったんだけどね」

「仕方ねえじゃん、いちゃったんだから、連れて行くしかなかったし。っていうかいいのかよ、言っちゃあれだけど、こんなところまでついて来て」

 ほんと言っちゃあれな台詞を堂々と言いますね小千谷さん。僕あなたのそういうところほんと尊敬もしますし軽蔑もします。


「大丈夫大丈夫。なんかこの間のお見合い以来こっちゃんも一緒だよーって言うと結構気にされなくなってきたから。もうそのつもりでいるんじゃないかなーお父さんも」

「……おっ、おう……そうなんだ、あははは……」

「そういえば、おふたりはまだ、付き合っていないんですか?」


 なんか、このまま僕だけがこのラーメン屋で攻撃の対象になるのは辛いものがあるので、わざと周りに聞こえるような声で、僕は小千谷さんに話を振った。

「はっ? はぁあ? お、お前急に何を聞いて」

「そうだよー。結局またこんな感じなんだよねえ。折角八色君とのお見合いに乱入してきたのに、何も音沙汰なし。いいよ、もっと言ってやってよ、八色君」


「……(双方に乗り気がなかったとはいえ)他人のお見合い潰しておいてそれはないんじゃないですかねえ小千谷さん。落としどころっていうのが世の中には存在すると思うんですが」

「……や、八色くーん? もしかして、もう酔っていらっしゃいます?」

「……素面ですが、何か?」


「はい、ラーメンお待ちぃ」

 そして狙ったようなタイミングでおっちゃんがラーメンを持ってきた。

「……なんか、兄ちゃんも色々あるんだな……ほんとに」

「これ、俺の残りのメンマ。嫌いだからやるよ」「……僕はチャーハンの紅ショウガを」


 なんで残飯ばっかり僕に恵むんですか、いらないですって。メンマとか小皿に乗ったトッピングなら別にいいけど、思い切りスープに浸かったメンマでしょ。

 っていうかメンマ嫌いなら最初から抜いてもらってくださいよ。


「……もう突っ込む気力も残ってないのでなんでもいいです。あとメンマと紅ショウガはいらないです」

「紅ショウガいらないなら、これ貸してあげるよ」

 渋い顔してカウンターに座っている若い男性客が、ごそごそとカバンの中から何か取り出してきた。


「……これ、何ですか?」

 っていうか、なんで紅ショウガの代わりにアナログゲームらしきものが出てくるんですか。魔法のポケットでもあるのか……?

「ん? 人の友情を破壊するゲーム。なんか見ていて面白いから」


「……え? え?」

「あ、返すのはここのラーメン屋の店長でいいので。どうせ僕友達いないので、使うタイミングないし」

 ……寂しいこと言いますね……。


「とりあえず……もらうだけもらっておきますね……はい……」

「八色さん……人気ですね」

「八色……すっげーモテモテだな」

「八色君、実は男の人のほうがモテたりする?」


 だからなんでそんな順応能力が高いんですかあなたたちは。普段が普段だからですか?

 あと男の人にはモテません。それ言うとほんとに「い」で始まって「の」で終わる人が鼻血垂らして喜ぶんでほんと。


「……あと、もうラーメン食べません? 伸びるんで。あと冷めるんで」

 ……予想はしてた。予想はしてたけどやっぱりどっと疲れた……。

 まだラーメン食べてないのに……。


「八色。あとそのゲーム気になるから、終わったらお前の家直行な」

 知ってます。そうなりますよね? ええ。


「「「チッ、男女四人でゲームとか、リア充かよ」」」


 ゲーム渡したのあなたがたなのに? 理不尽にもほどがありませんか? 僕どうしたらいいんですか? 二度とここのラーメン屋に行かなければいいんですか?

「これでラーメンが美味いから困るんだよ……ほんとに……」


「今日はみんなで割り勘なんだな、兄ちゃん」

「……今日はみんな成人しているんでね、さすがに」

「いやーどんどんお客さんが増えて俺は幸せだわあ、これからもよろしく頼むわ。あと、ゲームは次来たときに返してくれってさ」

「……はい、わかりました……ご馳走様でした……」

「おう、また来な」

 ……また来ますね。

 そのうちひとりで来たいです。切に願います。

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