第156話 ひとりならずともふたりまで

 宣言通り、水上さんは晩ご飯まで作っていき、終電がなくなる前に僕の家を後にした。

 ……この間、(本人はバレてないと思っているかもしれないけど)終電が終わってから家に戻ってきた井野さんとは大違いというか。


 むしろ水上さんなら何かと理由をかこつけて僕の家に泊まるようにするかなあとか思うのだけど……。うーん……。

 ま、まあそんなことはさて置き。


 水上さんの看病もあってか、一日寝たことで風邪が全快した僕は、翌日の日曜日のシフトは穴を開けずに出勤することができた。

 シフトは小千谷さんと水上さんと僕。平均年齢が一番高い組み合わせだ。


「……聞いたぞー八色。お前、お店の前の国道で大雨のなか大口の買取の対応したんだって? 災難だったなあ」

 夕礼前、缶コーヒーを煽りながら小千谷さんは僕に話しかける。


「……しかも休憩回しのタイミングで来たので、瞬間的に売り場がひとりになるっていうオプション付きでしたよ」

「うっわ、それはついてねーな。俺いなくてよかったー」

 ケラケラと面白可笑しいというように小千谷さんは笑い、スマホの画面をスクロールしていく。


 まあ、こういう災難なエピソードは得てして他人事になりがちだ。お互いがお互いの災難を笑うから、持ちつ持たれつみたいなところはある。そういうものだ。勤務時間が長ければ長いほど、この手のエピソードは事欠かなくなるし、ネタにだってなってしまう。悲しいけれど。


「……お疲れ様です」

 なんて会話をしていると、最後の水上さんがスタッフルームに入ってきた。

「おーっすお疲れー。……水上ちゃん、なんか服のイメージ変わった? 明るくなっている気がするんだけど」

 そこには、昨日と似た雰囲気の、暖色系の服を着た水上さんが。


「ちょっと……はい、そうですね」

 そして、昨日チラッと見せたようなやや幼い笑顔を微かに見せる。


「……おいおい、どうしたどうした。ここのバイトは半年経つとイメチェンしないといけないみたいなルールでもあるのか? 八色」

「……ぼ、僕に言わないでくださいよ。知りませんって僕は……」

 知っているんだけど知っているって言うとややこしいことになるので今は言わないでおく。


「……あ、八色さん。風邪治ったんですね。よかったです……」

 水上さんは僕の姿を見つけるなり、さっきよりもさらに笑みを深く浮かべ、更衣室へと向かっていく。


「……なあ八色。お前風邪引いてたんだな」

 僕が彼女の後ろ姿を視線で追いかけていると、ふと、横からそんな槍が飛んできた。


「……え、ええ。さっきの大雨でやられたみたいで」

「……どうしてそれを水上ちゃんが知っているんだ?」

 ジト目で僕を見つめる小千谷さん。……やめろ、男に熱い視線をよこされても何も嬉しくない。いや、需要がある人はお店に数名いるけど。


「……な、なんででしょうね?」

「……さあて、八色君全快を記念して久し振りに八色君と一緒にご飯が食べたいなー僕」

「やめてくださいよ普段俺を使っている人が僕って言うとなんか気色悪いんで」

「八色君と美味しいラーメンと美味しいビールが飲みたいなあ」


 ……なぜそこでラーメンが出てくる。

「そういえば最近八色君の家に泊まってないなあ。あの寝袋まだ使っているのか、おぢさん気になるなあ」


 ……おい、嘘だろ。いや、女の子泊めるよりかは大分健全だけど、好き好んで野郎を泊める趣味も持ち合わせてない。っていうかこれ鼻血案件でしょ。

「……最近ちょくちょく女子組が八色君のお家に遊びに行っているんだろ? さぞかし楽しいんだろうなあ、いいなあ、遊びたいなあ」

 わざとらしく唇をとがらせて下手な口笛を吹くし。


「あ、八色が駄目って言っても俺は勝手に武蔵境までついていくから。またあそこのラーメン屋行こうぜ? あそこのチャーハン食いたくなってきた」

「……ラーメン行くんですか? 小千谷さん」

 着替え終わった水上さんも会話に加わり、僕の隣の椅子に座る。


「バイト終わったら八色の家の近くにあるラーメン屋行こうって話をしてたんだ。お? もしかして水上ちゃんも来る?」

「いや、水上さんの家反対方向ですよ……?」

「それでしたら、行こうかな……」

「えっ、ええ?」


 ……だからなぜこうなる。どうしてこうなる。

「はい、そんじゃ今日バイト終わったら三人でラーメン食べに行こう、それで決定なー」

「えっ、あっ、ちょっ」

「はーい、みんな夕礼始めるわよお」


 ……僕が抗議する間もなく宮内さんがやって来て話の腰が折れてしまった。

 いや、これ……。

 僕、あのラーメン屋のおっちゃんにラーメン奢ることになるんですけど……。


「ああ、仕事終わった終わった……。今日も働いたぜー」

 こういう日に限って何事もなく平和に営業時間は終わるし。レジ差異もなければこの間みたいな大口の買取が来てどっと疲れるってこともない。


 三人連れ立ってお店のビルを出て、新宿駅に向かいだす。

 疲れてラーメン屋行く元気なくなるのが、ある意味理想だったんですけども……。

「さ、じゃあ予定通り武蔵境に行くかあ」


「どこに行くの? こっちゃん」

 が、しかし。待ってましたとばかりに後ろ首を掴んで呼び止める津久田さんの姿が。


「げ……。今日も来てたのか。まあちょうどいいや。これから三人で武蔵境のラーメン屋行くんだけど、来るか?」

 一瞬渋い顔を浮かべるも、すぐに切り替えて小千谷さんは言う。


 ……げ。それは僕のほうがげ、ですよ。

 あなたからしたらただの幼馴染? 彼女? 知りませんけど増えるだけかもしれないけど、あのラーメン屋のおっちゃんからしたら。


 僕がまた綺麗な女性をふたり(と野郎ひとり)連れて来たって認識になるんですよそれはほんとに僕これからあそこのラーメン屋行き辛くなるんです勘弁してください。


「……まあ、たまにはそういうのも、いいんじゃない?」

 なんて祈りが通じるはずもなく、あえなく津久田さんも僕らの隊列に合流。「某RPGゲームなら仲間が増えました! のSEが流れそうっす」って浦佐なら言うだろうな……。


 もういいです。なんでもいいです……。今日は僕の奢りじゃないだけいいです。

 なんだったら僕はお客さんを増やしたいいお客さんです。

 そう思わないと、やってられない……。


 四人で武蔵境まで移動し、入店した件のラーメン屋。僕とおっちゃんの目が合った瞬間。

「……まさか美女をひとりならず、ふたり連れてくるとは。やっぱりこの兄ちゃん……女たらしだ」


 ほら、やっぱりこうなる。こうなるんだよおおおお。

 ……酒でも飲まなきゃやってられないテンションだよ、ほんとに。

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