第148話 れんぞくこうげき
「……ご、ごちそうさまでした」
「おっちゃん、どうもっすー」
「おう、また来いよ、そこの兄ちゃん抜きでもいいからよ」
「はいっすー」
夜ご飯を済ませ、井野さんと浦佐のふたりは先にお店を出る。僕はもともと寒い財布の中身を見つめながらトレーに折りたたまれていた千円札を四枚出す。
「……兄ちゃん、あのふたりに貢がされているのか?」
「そういうふうに見えますか?」
僕が聞き返すと、おっちゃんのみならず店内にいる男性客たちもみんな首を縦に振る。
「……まあ色々あるんですよ。僕にも。貢いでいる気は更々ないですけど」
「ぱっと見高校生だろ? よくプライベートで会う関係になったよなあ。羨ましい限りだぜ」
「……代わりますか?」
死にそうな声で僕が言うと、これまたゲッソリとしたおっちゃんが渋い顔で言った。
「……帰り道、背中に気をつけろよ。ほれ、お釣りだ」
「どうもです……」
まあ……端から聞けば代わりますか? は煽っているようにしか聞こえないか。でも変われるなら変わってもらいたい……。
せめてどっちかの年齢がずれていたら……。僕が高校生か、井野さんが大学生だったらもうちょい楽だったんだけど……。
「じゃ、じゃあ……またそのうち来ます……」
「おう。クール系美女、お待ちしてまーす」
「連れて来ません」
「なんだよケチ。お前ばっかりいい思いしてるんじゃねーよ。俺らにも綺麗な女の子拝ませろー。なあみんな」
またまたお客さんたちはうんうんと頷いているし。
「……気が向いたらですよ気が向いたら」
「やっぱり綺麗な女の子の知り合いまだいるんじゃねーかよー。なんだよ、なんで兄ちゃんばっかりそんないい思いしているんだよ。今度からチャーシュー薄く切ってやるからな」
……情緒不安定ですか。前はゆで卵サービスするよとか言ってくれたのに、井野さん連れてきたらこれだよ……。いや、気持ちはわかるけど……。
「……もう帰っていいですか?」
「さっさと帰れこんちくしょう。こっちは酒でも飲んでわんわん泣いてやらあ。なあ? みんな」
「「「うん」」」
だからその謎の一体感はどこから来るんですか。リア充爆発しろ的なネットの風潮か何かですか。僕だってなりたいよリア充にそして心のどこかでは爆発しろとか思ってますよ。
「……じゃ、じゃあ僕はもう帰りますね……ごちそうさまでした」
そうしてお店を出ると、退屈そうに歩道に転がっている小石を蹴っている浦佐とスマホをいじって待っている井野さんが。
「あ、遅いっすよ太地センパイー。早く帰るっすよー」
「……僕の家は浦佐の家じゃないって」
「まあまあ、硬いこと言わない言わないっす」
普通だと思うんですけど……うーん……。
どこか釈然としないまま、まだ蒸し暑さ残る夜の街を歩いて家へと向かいだした。
前回のときもそうだったけど、浦佐は食べると眠くなる体質のようで、家に帰ってからというもののむにゃむにゃと頻繁にうたたねをするようになってなかなか大変だった。その度に井野さんと僕で肩を揺すったりして起こしてどうにか課題を進める。
ただ、どこがわからないのかもわからない、というレベルを通り越して何もわからないという惨状の浦佐相手に教える道のりは困難を極め、さすがに女子高生を家にいさせるにはいささか不安な時間近くになってもまだ一教科丸々残っている、という状況だった。
「……どうするんだよ、残り」
「えーっと、あとの英語は提出日までまだ数日あるっすから、それでどうにかするっすよ。数学と国語さえどうにかなれば問題ないっす」
「おう、それはよかったよ。ちなみに英語の当てはあるの?」
「いつもお世話になってるクラスの友達になんとかしてもらうっすよ。なので平気っす」
「……その友達、大事にするんだぞ?」
きっと同窓会とかでネタにされるだろうけど、それで卒業できるならむしろ安いほうだよ多分。
「はは、視聴者さんと友達に足は向けて寝られないっすよー」
これまた独特なものの言い回しなことで。
「……じゃあ、もう十一時回りそうだし、早く帰りなよ。っていうかこんな時間まで家いさせるなんて普通じゃあり得ないし……。駅まで送ろうか?」
筆記用具や問題集、ノートなどをカバンにしまっている浦佐に僕は提案すると、
「円ちゃんと一緒に戻るんで平気っすよ。そうっすよね? 円ちゃん」
浦佐は昼下がりと変わらずベッドの上で暗記ものをしていた井野さんに確認を求める。
「ひゃっ、ひゃいっ! そ、そうだね、ふたりなら……大丈夫だね」
「ん? どうしたっすか? そんなにビックリして。何かしてたっすか?」
「ううん。な、なんでもないよ?」
まあ、ふたりがそう言うなら……。別にいいか。女子高生ふたりを深夜に歩かせるのは不安だけど。
「……何かあったら連絡してくれれば迎えに行くんで。気をつけて帰ってください」
「了解っすー。ささっ、円ちゃん、帰るっすよー。明日から学校っすし」
「う、うん。今支度するね」
浦佐からワンテンポ遅れて、そそくさと広げた単語帳などをしまいこむ井野さん。
数分経ち、いきなり家に押しかけてきた女子高生ふたり組は十一時を回ったタイミングで僕の家から帰宅していった。
「ふぅ……これでとりあえず終わりか……」
とりあえずスマホでタイムラインを遡りながら、ぼそっとひとりごとを言う。
こんなに勉強したのは久しぶりかもしれない。……というか、ここまで色々やって水上さんから何のリアクションもないのってなかなか珍しいのでは。
いつもだったらラインなり電話なりで僕に釘を刺すか、直接家に来るのが定番だったのに。いや、別に欲しがっているわけではない。
お風呂入って寝るか……。明日はシフトだし。高校生組が夏休み終わったってことはまたシフトの厚さがいつも通りになるわけだし。
「もう九月か……」
あと半年で卒業と退職と入社か……。今が一番遊べる時期って大学の先輩も言ってたしな……。学部の友達で卒業旅行しようって計画も持ち上がっているし……。
「あっと言う間に半年終わったな……濃すぎる半年だったけど」
……感慨にふけるのもほどほどにして、お風呂立てるか。タイムラインを見る欠点は時間が気づいたら溶けていることだ。ほんとよくない。
そう決め立ち上がってお風呂場に向かおうとしたとき。
ピンポーン。
「……え?」
時計を見ると、もう零時を回っている。こんな時間に宅配便が来るはずないし、お隣さんとかかな。……それとも、まさか水上さんがこのタイミングで……?
恐る恐るドアを開けると。
「……す、すみません……わ、私、財布とスイカ忘れちゃったみたいで……」
申し訳なさそうにもじもじと両手を前でいじっている井野さんが立っていた。
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