第147話 CPに見境はありません
井野さんの問題発言に多少気は引かれながらも、僕ら三人はもうすっかり夜の帳が降りた街を歩いて件のラーメン屋に入った。
夜ご飯の時間にもろ重なっているため、この間浦佐を連れて行ったときとは違い薄暗い店内は混雑していた。頭にタオルを巻いたおっちゃんは僕の顔を見るなり「おう、また来たのか……」と口を開きかけたけど、後ろに浦佐と、初見の井野さんの顔を見てその言葉を止めた。
なんですか、そのだらしない男を見たような顔は。うわー、こいつ節操ねえとか思ってそうな顔は。
空いていたテーブル席、壁側のソファに浦佐、井野さん、カウンター側の丸椅子に僕が座った。少しして、渋い顔をしたおっちゃんが注文を取りに来た。
「兄ちゃん、まさかとは思うが次来るときまた女の子増えるんじゃないだろうな? こっちとしてはお店が華やかになるからありがたいけど、兄ちゃん色々な方向から妬み買うぜ? きっと」
……確かに、心なしかカウンター席からチラチラと背中に視線が刺さっている気はする。
「……僕は、醤油豚骨ラーメンで」
今日も浦佐と井野さんの分を出すことになるだろうから、僕はこれだけ。
「太地センパイの奢りっすか?」
メニューを眺めながら、キラキラとした目で浦佐は聞いてくる。
「……うん。いいよ。この間の埋め合わせね」
「っ……そ、そうっすか、やったー」
すると浦佐は少しだけ顔を赤らめて「じゃあ自分はチャーシューメンの麺大盛りとチャーハン、あと杏仁豆腐で」と注文してとてとてとトイレに逃げていった。おっちゃんと井野さんは何のことやらと首を捻っている。……説明はしません。荒れるから。
「私は……この、野菜ラーメンの塩味、麺少なめで」
「へい、お待ちくださいね」
有線で流れる流行りのポップスをBGMに、僕はスマホをポチポチと、井野さんも多分漫画をスマホで読んで時間を潰していた。そうこうしている間に浦佐がトイレから戻ってきた。
「そういえば円ちゃんと太地センパイ、キャンプ、行ったんすよね? どうだったんすか?」
席に座るなり、開口一番浦佐はテーブルに手をついて尋ねる。
「ぶっ……」「ひゃい……」
今度は僕と井野さんが赤面して、言葉に詰まる。……何なんだこのやり取りは……。隠しごとが多い人生だな……つくづく……。
「ん? どうしたっすか? そんな恥ずかしいことでもあったんすか?」
「いや……別にそんなことは……」
ふと、背中に突き刺さる視線が物凄く痛くなったので、気まぐれに後ろを振り返るけど、サラリーマンの男性客も、同年代の男子大学生も、初老のお爺さんもみんなずるずるとラーメンをすすっている。……あからさまな気もするけど。
「……怪しいっすね。何かあったっすか?」
「うううう浦佐さん、そんなことより、ここのラーメン屋さんって来たことあるの?」
「ふぇ? この間、センパイに連れて行ってもらったっすよ?」
「……私が知らない間に、浦佐さん八色さんの家に行ってたんだね」
少ししゅんとした顔を俯きながら浮かべる井野さん。恥ずかしがったりしゅんとなったり、表情が忙しそうだ。
「ま、まあ……ゲームしたり、ゲームしたり、ゲームしたりっすね」
「それはなんとなく予想つくけど……」
「いやー、ひとりでゲームやり過ぎると、たまに誰かとやりたくなるんすよねー。ゲーム。配信や録画のためのゲームもいいっすけど、何にもしがらみのないゲームも恋しくなるというっすか」
「そ、そうなんだ……」
さすが仲良しというか、一瞬で井野さんはキャンプから話題を逸らした。……さすがにあの一夜のあれこれは誰にも言えない。水着見たとか、お風呂で裸見たとか、同じ寝袋で寝たとか、その他色々。
「……?」
また視線が気になり振り返るも、やはりラーメンをすすっている。……代わりにお盆にどんぶりを乗せたおっちゃんがこれまた渋い顔をしてできあがったラーメンその他諸々を持ってきていた。
「へい、醤油豚骨に塩野菜。あとチャーシューメン大盛りにチャーハンね。杏仁豆腐は後で出すでいいかい?」
「はい、それで平気っすよ」
「……兄ちゃん。ちなみにどっちが本命なんだ?」
「……どっちも違いますよ。バイトの後輩ですって」
「はいはい、じゃあ今度増える三人目が本命ね。これだから女たらしは」
おっちゃんは注文したものを全て器用にテーブルに置き、最後に、
「……活発ちびっ子に大人しめカワイ子ちゃんときたら、あとはクール系の美人か? 当たったら今度ラーメン奢ってくれよ兄ちゃん」
そう言い僕の脇腹を肘でつつく。
「ひゃう……ガテン系の男性と若い文化系っぽい男性……これもなかなかありです……」
今なんか怪しい音と声が聞こえたけど無視しておこう。
「……なんでラーメン屋の店主にラーメン奢らないといけないんですか。あと連れていきませんから安心してください」
……増えるとしたら水上さんなんだけど、だとすると当たっているから奢りルート確定なんだよ何だこの人。勘が鋭すぎではないでしょうか。
「真面目に兄ちゃんのバイト先でバイトしたいんだけど、求人出てない?」
「僕が辞める分でそのうちかかるんじゃないですか? 僕が全力であなたが応募したと知ったら店長に掛け合って止めますけど」
「……ラーメン屋さん×八色さん……いや、あえて逆にしてヘタレ攻めとかにするのも……熱々のスープを注いであげますよ、とか……ひぃん……」
もう僕は彼女が何を言っているかわからないです。
「なんだよ。兄ちゃんばっかり可愛い女の子に囲まれたところで働いてよ」
「だったらここの店も求人かければいいじゃないですか」
「……応募してくるのは大抵野郎ばっかりだよ。嬉しいことに」
「……それは……仕方ないですね」
「へいへい、じゃあごゆっくり。あまりいちゃいちゃするなよ? 他のお客に背中刺されるかもしれないぜ。あとそうそう、ティッシュなくなったら隣のテーブルから適当に使ってくれよ。鼻血出してるけど」
「……ご心配、ありがとうございます」
井野さんの手元には、ポタポタと血だまりがちょっとだけ広がっていたし、どこか表情もトリップしているというか。
「……ま、円ちゃん……さすがに食事前には自重したほうがいいと思うっすよ……」
浦佐に正論でつつかれているし。
「ひゃっ、ひゃい……す、すみません……思わずつい……」
浦佐の一声で意識を取り戻した井野さんは、置かれているボックスティッシュで鼻血を押さえる。……手慣れてますね。
「そ、それじゃ……食べようか」
ラーメンも伸びるし、チャーハンも冷めるし。
「そうっすね。いただっきまーす」
「い、いただきます……」
数秒後、目の前に座る女子ふたりの頬に手が当てられたことは言うまでもない。
……美味しいんだよなあ……ほんとに。
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