第128話 学生の夏休み

 というか、ナチュラルに僕は浦佐にお昼を奢っているけど、一体どうしてこういうことになったのだろうか。……僕はただ隠語の説明をしただけなのに。

「はーっ、もうお腹いっぱいっすねえー」


 満足そうにお腹をさすりながら歩く浦佐。……大盛りのラーメンにチャーハン唐揚げ杏仁豆腐といってまだ食べられますとか言ったら僕が倒れちゃうからやめて。


「ふう、けど夏にラーメン食べると暑くなるっすね。あ、そうだ、そこのコンビニでアイス──」

「買ってもいいけど自分で買えよ。僕は浦佐に貢ぐ理由はないからね」

 通りにあるコンビニを指さしたものの、僕に断られてちょっとむくれている。


「ちぇっ。いいっすもん。冷蔵庫にあるコーラ勝手に開けちゃうもんっすね」

 開けちゃうもんって……。いやコーラだったらいい……けどさ。

 飼っているのか飼わされているのかよくわからない……。そもそもペットでもないし。


 ギンギンに照らしている太陽から逃げるように早足で家に帰ると、宣言通り浦佐は勝手に冷蔵庫を開けて、ひとり暮らしにも関わらず実家から送られてきたファミリーサイズのコーラをプシュと心地のいい音を立てて開栓した。……一本や二本じゃなくて、ひと箱六本送ってきたからね。嫌がらせなのかって思ったよ。


 グラスに氷まで入れる徹底ぶりで、浦佐はニコニコして喉を鳴らしつつコーラを飲み干す。

「やっぱり暑いときに飲む炭酸は暴力的な美味さを持つっすねー」

「そりゃよかったよ……」


 グラスを空にするとテーブルに置いて、すぐに定位置と化した僕のベッドにダイブする。

「……お腹いっぱいになったら、なんだか眠くなってきたっす……ふぁ」


「おい、まさか」

「というわけで、二時間くらいお昼寝させてもらうっすねー」

 浦佐はそう言うと、タオルケットさえも敷布団とさせて、ベッドの上で丸くなって寝息を立て始めた。


「って寝るの早……自由気ままなあたり猫かよ……」

 寝るときまでコントローラーを手のなかに収めているのはさすがの一言だけど。


「……すー……すー……」

 どうせ、また動画の撮影なり編集なりで夜更かししてたから眠かったんだろうけど……。

「ちょっとくらいは警戒してもいいと思うけどねえ……」


 Tシャツにデニムの短パンという軽装のままで寝ているからか、まあシャツがめくれておへそが目の当たりになっているわけだ。

 ……妹の全裸をかれこれ二週間程度見続けた僕にとってはこれくらいじゃ動じないとはいえ、あまりにも無警戒だとは思う。


「……お腹出して寝ると風邪引くぞ」

 敷布団にされてしまったタオルケットをひっくり返して、そっと浦佐にかけてあげる。


「はぁ……起きるまで何しようかな……」

 本でも読むか、それとも……。


 僕は目線を真っ暗なままのテレビ画面に移し、浦佐が持ってきた紙袋のなかを漁ってみた。なんか色々まだ入っているけど……コントローラーはもうひとつあるな……。だったら──


「ふぅ……なかなか面白かったな」

 もう陽も暮れた頃、壮大な音楽とともに画面にスタッフロールが流れ始める。とりあえずクリアしたようだ。


「……今までホラーとかパニック系統の小説とか手出してこなかったけど意外といいかもな」

 今度本屋行ったとき手出して見るか。海外作家だったら過去の名作とか色々ありそう……。


「……なんの音っすかってあああああ!」

 ゲームの音に反応したのか、今までグースカ二時間以上昼寝をしていた浦佐がお目覚めになった。


「ちょ、え、く、クリアしちゃったっすか……? センパイ」

「ん? そうだけど……なにかまずった?」

「……こ、このゲーム、ホラゲ界隈では攻略難易度が高過ぎて普通じゃクリアできないって話題になったやつなんすよ……? こ、攻略ウィキとか見たわけじゃないんすよね?」

 ベッドの上で正座している浦佐が顔を青ざめさせて僕に聞く。


「な、何も見てないけど……」

「そ、それをたったの半日足らずで……エンディングまで到達って……」

 わなわなと右手を震えさせてシーツを掴む浦佐。……え? お、怒ってる? スタッフロールは自力で見る主義者だったりした?


「むぐぐぐぐ、太地センパイだけクリアするなんてずるいっす。こうなったら自分もクリアするまで帰らないっすよっ!」

「って、は? はぁ?」


 そう言うと、浦佐は手にしていたコントローラーを握りなおして、きちんろテレビ画面と正対する。ホーム画面に戻ると、再びゲームをスタートさせ……た。


「え、え……これ、クリアに六時間くらいかかったんだけど」

「六時間なんて普通にやったらあっという間に終わる部類っす。十時間から十五時間くらいは見ておかないといけないっすよこの手のゲームはっ」

 じ、十時間以上って……今夜の七時だぞ……? 終わるまで帰らないってことは……。


「当たり前っすよっ。学生がゲームで徹夜しなくて何が夏休みっすかっ」

 やべ、僕もしかして、浦佐の負けず嫌いに火を点けてしまった?

「……あのー、っていうことは今日は僕の家に泊まるってことなんでしょうか……?」

「……一日で済めばいいっすけどね」


 やめろやめろ、その死を悟ったベテラン兵士みたいな表情。何? 展開によっては二日泊まりになることもあるの? 嘘でしょ?


「い、家に帰って徹夜すればいいだろ……?」

「こんな怖いゲーム深夜の自室でひとりでやれって言うっすかセンパイっ!」

 ……あ、こいつとうとう開き直ったな。認めたな。怖いって認めたな。


「もう、いいです……はい。好きにしてください……」

 僕が悪かったです。勝手にゲーム攻略した僕が悪かったんです……。どうあっても、神様は僕に平穏な一日を与えてはくれないんですね……。


 明日のバイトまでには終わってくれと切に願いながら、僕は今日の晩ご飯をどうするか考え始めた。


 ……浦佐がゲームを攻略し切ったのは、翌日の正午。都合十七時間攻略に費やしたことになる。本当にぶっ通しでプレイし続けていた。途中、僕は何度か寝落ちてたけど……。僕が寝るたびに浦佐に涙目のまま叩き起こされて、もう生きている心地がしない十八時間だった。


「……お、終わったっす……」

 こんなに見るゲームのスタッフロールが感動的なのは初めてかもしれない。


「……とりあえずさ、風呂入らない……? っていうか、僕は今日出勤なんだよね」

「そ、そうっすね……ついでに服も洗濯したいんすけど……」

 クンクンと自分のシャツの匂いを嗅ぐ浦佐。……まあ、夏場だし気になるよね。冬でも嫌だけどさ。


「……風呂入っている間に洗濯して乾燥まで済ませるからそれにしよう」

「ど、どうもっす……」

 ああ……でもこの最高にバカバカしい一日の使いかた、学生の夏休みって感じだ……。

 今日は出勤なんだけどなあ! ったく!

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