第127話 いい声で鳴くらしい(?)
とまあそれから四苦八苦しつつも数時間かけてゲームは進めていった。死体がテレビの画面に出るたび浦佐はコントローラーを放り投げてしまうから、そのうち天井に穴が開いてしまうのではと内心ドキドキする羽目になった。二、三回僕の頭に直撃したし。
……っていうか、それだけ苦手なら無理してやらなくても……。実況者って大変だな……。これは大変なのか?
そんなとき、テレビを見つつふと浦佐が僕に尋ねてきた。
「……? センパイ。『この女、いい声で鳴くんですよ』ってどういう意味なんすか? 涙の泣くじゃなくて、鳴くって」
「…………」
僕も慌てて視線をテレビ画面に移すと、そこにはいかにも海外のマフィアですって格好の男ふたりが会話をしていた。
さすが十八禁。そういう表現も入れてくるんですねそうですか。
……なんて説明をすればよろしいのでしょうか。
「太地センパイ?」
ひょこりと首を捻って不思議そうにしている浦佐。
……悩ましい。非常に悩ましいです。でも、もし適当な説明をしてこの後ゲームで解説を回収するようなシーンがあれば……。海外の会社が製作したゲームならもしかしなくてもあるんじゃ……。
となると、普通に説明するのがベター、ではある、のか……。
「……そ、そのだな、いい声で鳴くっていうのは……喘ぎ声がエロいって意味だよ」
「…………」
当然と言えばそうだろうけど、浦佐も僕も何も口にしない時間がしばらく続いた。
「……う、浦佐?」
浦佐は途端にコントローラーをかちゃかちゃと動かし、手早くセーブして、ゲーム機の電源を落とした。
「そそそういえば、お昼ご飯食べてなかったっすね。自分お腹空いたっすよーセンパイ。また美味しいもの食べたいなー」
「……もう回転寿司には連れて行かないからな」
高いネタばっかり食べるから。浦佐ひとりで財布からお札が何枚溶けるか……。というか僕が奢る流れになっているのもおかしくない? 僕は事実を説明しただけなのに。
ああもう面倒だな。ここは適当に、
「じゃあ……もう近所にちょっと美味しいラーメン屋があるからそこでいい?」
ラーメン屋ならどんなに注文しても千円ちょいで収まる、はず。……麺特盛チャーハン付き唐揚げセットとかそういうふざけたものにしない限り。っていうかもうそれ運動部の男子学生が食べる量だろ。
「ラーメンっすか。いいっすねえ」
……まあ、よく食べる浦佐なら拒否はしないと思ったけど。女子高生ラーメン屋に連れて行くの結構恐怖だからね。
「はいはい。じゃあ出るから準備して」
「もう出られるっすよー」
スマホと財布をズボンのポケットにしまって僕が言うと、ベッドに寝そべっていた浦佐もそれについていくような形でひょこりと後についてきた。
「……な、ならいいんだけど」
RPGみたい、と思ったのは口にせず、僕と浦佐は家を出てお昼ご飯を食べに行くことにした。
「…………」
フラグを建てた僕も僕だけどさ。まさかとは思うよね。
半分泣きそうになりながら、スープに浮かぶなけなしのネギの切れ端を食べつつ、カウンターの隣の席をチラッと見て僕は思った。
麺大盛りチャーハン付き唐揚げセットにデザートの杏仁豆腐を頼むとは思わないじゃないですか……。特盛が大盛りになっただけだよ……。それに杏仁豆腐が増えたから実質トントンだよ。
「んん……ここのチャーハン、すっごく美味しいっすね。なんでこんな美味しい店今まで自分に紹介してくれなかったんすか。これだったら太地センパイの家遊びに行った日は必ず寄っちゃうっすよー」
言葉通りとてもとてもとても美味そうにレンゲに載せたチャーハンを小さな口に運んでは、頬っぺたに左手を当てている。落ちそうな頬を押さえているとはまさにこのことか。
「……そ、そりゃよかったよ……」
対して僕はただの醤油豚骨ラーメン。……一緒にご飯もつけてラーメンのスープと合わせたいところだったけど、浦佐が使っている分僕は抑えないと……。
心のなかで大泣きしつつ、ラーメン屋のおっちゃんが気の毒そうにおまけしてくれたゆで卵をよく味わって咀嚼する。ここのラーメン屋は一年生のときからよく使っていたから、おっちゃんとも仲はいいんだ。
「兄ちゃん、こんなによく食べてくれる子を隠していたなんてずるいぞ。もっと連れて来てくれよ。そうしたらウチの売上も増えるしよ」
「……連れて来たとしても月一です。毎度毎度これだけ食べられたら僕の財布がもちません。あと勘違いしているかもしれないから言っておきますけど隠していたわけではありません」
お昼のピークタイムは過ぎているので、こうして会話をする余裕も生まれる。
「え? 彼女じゃないのか?」
「ぶぶぶぶっ」
「ちょ、センパイ、汚いっすよ」
や、やばっ、なんか麺が変なところに……水、水……。
「いやー、四年間ずーっとひとりか野郎の友達か母親しか連れてこなかった兄ちゃんが年頃の……姉ちゃん連れて来たからてっきりそうなのかと」
おっちゃんのそこで「姉ちゃん」を選択する危機察知能力はさすがだと思います。これで常連客ひとりゲットですね。やったね。
「……ただのバイト先の後輩です」
「そ、そうっすよ、ただのセンパイっす」
「ふーん……」
「何ニヤついてるんですか……」
「いや? 女の話と茹でたてのラーメンには手を触れるなって教わっていてねえ」
これ以上干渉する気はないようですね。そういう空気を読むところはさすがだと思いますよ。どこかの腐女子に一番つけて欲しい力ですね。はい。
あと、ラーメンのことよくわからないんですがそうなんですか?
「へいへい、兄ちゃんがそう言うならそういうことにしておいてやるよ。その代わり、また連れてこいよ。ゆで卵サービスしてやるからよ」
「……多分ゆで卵じゃ収まらないくらいこいつが食うのでなかなか……」
「さすがにチャーシューはつけねえからな」
「そこまでは言いませんよ」
僕は残った最後のラーメンをすすって、とりあえず完食。スープは……今日はやめておこう。ご飯があったら飲みたいところだけど……。
隣の浦佐はまだ残っている唐揚げとチャーハンをハフハフと味わっている。こりゃまだ時間かかりそうだなあ……。
それに、なんかおっちゃんと浦佐の気が合って意気投合しているし……。
これはおっちゃんがさすがなのか浦佐が人懐っこすぎるのか。それとも両方なのか……。
……どっちも、ということにしておこう。
会計できっちり千円札三枚が溶けて、代わりに小銭が何枚か増えた。財布は重くなったのに心はすり減った。一体どうしてだろう……。とほほ……。
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