第129話 触らぬ水上に祟りなし

 すぐにお風呂を沸かして、とりあえず先に浦佐にさっぱりしてもらうことに。その間に僕はバイトの支度を整える。……シャワーからお湯が流れる音だったり、湯船でちゃぽんと音が立ったり、色々と要らぬ想像が湧きそうになるけどこらえておく。……なんだかんだでもう家のお風呂、夜番は全員コンプリートしたんだよな……別に嬉しくないけど。小千谷さんも何回か泊まったことがある。


「……営業時間中にぶっ倒れなければいいけど……」

 準備も終わると、手持ち無沙汰なので浦佐が風呂に入っている間に部屋の掃除をし始める。定期的に掃除機はかけているから綺麗なはずだけど、まあ過ごしていてもゴミは落ちるし、髪も落ちるし。


 ひたすら無心で掃除機をかける。こういうときってなぜか掃除がはかどるんだよなあ……どうしてだろう。井野さんのときも言ってみればあれは掃除なわけだし……。

 そうこうしてどれくらいが経っただろうか。三十分くらいはしただろうか。正確には覚えてないからあれだけど、昨日と同じように、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「……今日は誰だ……?」

「ちわーっす、宅配便でーす」

 よかった、今日は宅配だ……。ここで誰か来たらほんとに言い訳が効かない事態になるから。……なんだったら事後と思われても致し方ないシチュだし。


 さすがに宅配便は無視できないので、浦佐がお風呂に入っている途中だけど部屋を出て玄関に向かう。

「はいー」

「八色さん宛てに、お荷物でーす、ハンコ、ここにお願いしまーす」

 玄関脇に常備しているシャチハタでハンコを押す。


「どうも、ありがとうございましたー」

 宅配便のお兄さんは、僕に手のひらサイズで収まる包みを渡して、帽子をチラッと取ってはニコリと笑って車に戻っていった。


「……誰からだろってげっ」

 差出人のところを見ると、


 東京都北区○○―××―△△ 水上愛唯


「……まさか、本当に検尿キット送ってきたんじゃないだろうな……」

 多少疑心暗鬼になりながら、僕はその場で小包を開ける。


 しかし中身は予想に反して(もはやハードルが低すぎる)、いわゆる微炭酸の眠気覚ましのものが二本……。眠気覚ましが二本?


 ……浦佐と徹夜でゲームをさせられ、異常に眠いこのタイミングで眠気覚ましが、二本?

「……あ、メモが入っている」


 夜更かしは体に毒ですよ? あ、精力剤は入れないでおきました。信じていますので。


「…………」

 僕は無言でそのメモを包みに戻して、微炭酸二本を何も見なかったことにして冷蔵庫に突っ込んだ。

 と、その瞬間。


「ふぅ……やっぱり夏はお風呂に限るっすよねえ…………」

 今この瞬間、家に脱衣所がないことを最も恨んだかもしれない。台所に突っ立っている僕と、ミニタオル片手に生まれたままの姿でご対面してしまった浦佐。当然、バスタオルは台所の床に置かれたままなので、浦佐の身体を隠せるものは何もない。……いや、ミニタオルでなんなら隠したいところだけ隠せる説はあるけど。


 ……予期しない出来事が起きた浦佐は、それこそバグか何かが発生したかのように肌という肌を真っ赤に染めていって、

「たたたたいちセンパイの変態いいっ!」

 手にしていたタオルを僕にぶん投げては浴室に戻っていった。


 ……固く絞られたタオルが顔にあたって、結構痛かった。

「……うん。僕が悪かった。悪かったけどさ……」

 まだ乾燥まで終わってないのに今あがってどうする気だったの? まさかバスタオル一枚で部屋うろつく気だったわけじゃないよね?


 僕、バイト先の後輩の女の子の裸見過ぎじゃない? これもあと井野さんでコンプリートだよ? なんだったら今度のキャンプ、何か起きるんじゃないでしょうね? 先生、とってもとっても不安です。


 床にペチッと落ちたタオルを拾っては、洗濯かごに放り込み、代わりのミニタオルをそっとバスタオルの上に置く。

 ……今度、またラーメン屋連れて行ってやるから許して。


 十五分くらい経って、乾燥まで終わった同じ服を着た浦佐はバツが悪そうに部屋に戻った。ドライヤーは使っていないようで、髪は濡れたまま。


「……そ、その、見たっすか?」

「……いや、み、見てはいないよ……?」

「……じゃあ見えたんすね」


 正解なので何も反論できない。でもそこには大きな違いがあると思うんです。見たと見えたでは。……聞き苦しいですね。


「……そ、その、どこまで」

「ま、まあ別に、普段から妹のである程度耐性があるというか、なんというか……」

「……すっ、少しは女として見てくださいっすよおお、センパイのバカあああああ!」


 さらに言い訳をかますと、浦佐はブルンブルン手を振り回してゲーム機の後片付けを始めて、あわてんぼうのサンタクロースよろしく部屋をしっちゃかめっちゃかにして僕の家を後にした。


「……ほんとにすみませんでした……」

 ラーメンだけじゃなくて、中トロも奢るから……。


 その日の出勤前、スタッフルームで眠気覚ましにコーヒーを飲んでいると、

「……八色さん? 今日栄養剤、ちゃんと届きましたか?」

 物音立てずに水上さんが僕の横にスーッと入ってきた。最近ステルス能力あがってませんか?


「えっ、あっ、うん。と、届いたよ? で、でもどうして?」

「……必要かなーって思って、急いで用意したんですよ? 本当は直接運べればよかったんですけど、ちょっと大学の用事があってそうはできなくて」

 ナイス、大学の用事。あの場に水上さんが参戦していたらややこしいことになるのは必至だった。


 ……もう、水上さんが浦佐来訪を把握している件についてはノータッチでいこうと思う。触らぬ神に祟りなしだ。


「……うん、まあとても時機に即した素晴らしいお届け物だったと思うよ」

 問題はそれが純粋な気持ちではないっていうところですかね。いや、ある意味で純粋か。純粋も振り切れると濁ってしまうものなのかな。


「喜んでいただけて何よりです……」

 喜んでいるわけではないんだけどなー。


「……まあ、浦佐さんが意外と小心者で助かりました。……寝ている八色さんに何かするんじゃないかってハラハラしてたので」

「え? 何か言った?」

「……いえ? なんでもないですよ?」

 なんでもないってことにしておいてあげるよ。うん。

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