第126話 二等辺三角形的関係
それから数日して、井野さんから「キャンプは来週の月・火になりました」とラインが来て、正式に日程が決まった。月曜はお互いにお休み、火曜は僕が出勤になっている。……二連休なんて取っていないから必ずこうなるんだ。
日付の連絡の後に今度は持ってきておいて欲しいものリストが井野さんから送られる。といっても着替えやタオルといったある種泊まりに出かけるなら自分で持ってきて当然、のようなものばかりで、特にこれといってホームセンターに買い物に行かないといけないようなものはなかった。
「だったら……慌てるようなことはないか……」
バイトが休みの日の朝十時。冷蔵庫に入れてあったゼリー飲料を吸いながらスマホをスクロールして、簡単に朝食を済ませている。すると、玄関からチャイムが鳴り響いた。
……宅配かな? 水上さんだったらわざわざチャイム押さずにピッキングなり合鍵なりで侵入するだろうし。……もしくは井野さん浦佐のどっちか。
うん、これどっちかだ。宅配だったら「ちわーっす、○○急便でーす」とか言うよ。何もないってことは違うよ。
「はぁ……」
やや憂鬱になりつつも僕は玄関のドアを開けると、
「どうもっす」
視線を下ろすと、ニンマリとした表情を携えた浦佐が小脇に大きな紙袋を抱えて立っていた。
「……勧誘なら間に合ってまーす」
これ絶対面倒くさそうなパターンだと本能が察知した。すぐにドアを閉めてすばらしいひとりの時間を享受しようと思ったのだけれど、
「ああ、ちょっと、閉め出さないでくださいっすよー」
ひょいと差し出した浦佐の左足がストッパーになって、完全には閉まりきらなかった。
「っでいだいいだいっす太地センパイっ! そんな強引に足挟まないでくださいっずよおおおお!」
……かなり強引に行きすぎたようで、紙袋を大事に抱え込んだまま浦佐は半分涙目になってへなへなと地べたに座り込んでしまった。
「ごっ、ごめん、やりすぎた……」
「……せっかく自分が新しいゲーム持ってきてあげたのに、この仕打ちはひどいっすよ」
誰も頼んでないけどな。っていうかやっぱり(新しいゲーム)の勧誘じゃねえかよ。
「……わかった、わかったからもうなか入っていいよ」
「さすがっすセンパイ。話せばわかるっすねー」
……まさか嘘泣きか、と思うくらい一瞬でケロッとした浦佐はスタスタと僕の部屋に入っていった。
いや、まさかあの浦佐がそんな女子っぽい高等テクニックを使うはずが……。せいぜいウチのお店で使えるのは水上さんくらいじゃ……。井野さんは嘘泣きだと思ったらガチ泣きしてそう。
ぴょんぴょんぴょーんと飛び跳ねつつ浦佐は当然のように僕のベッドにちょこんと座り、ポケットにどんぐりを忍ばせた小リスの要領で紙袋にしまっていた白いゲーム機を取り出した。
「……で、今日は何の用だよ」
「いやー、円ちゃんとキャンプに行くって聞いたんで、景気づけにちょっとそれっぽいホラーゲームでもどうかなーって」
……パッケージの年齢制限の部分は、赤地に「Z」の文字。要は十八禁だ。
「……それ、自分で買ったのか?」
「ちょ、そんな目で見ないでくださいっすよ。確かに怪訝な顔で店員さんに年確されたっすけど、ちゃんと自分はもう十八なので合法っすよ合法」
……あまりその見た目で合法という言葉を連呼しないでいただきたい……。世のなか合法ロリという単語が存在しまして、それを略すと合法になるんで色々あれがあれなんですよええ……。
「……じゃあ、キャンプは誰から」
「ふぇ? そんなの聞かなくたってわかるっすよー。円ちゃん最近急にそわそわし出したと思ったら、スマホで色々キャンプのこと調べているっすし。円ちゃんがそわそわするって言ったら九割方太地センパイのことっすから」
……さすが仲良し。お互いのことをよくわかっていらっしゃる。
「い、一応井野さんのお父さんも一緒だから」
「でしょうっすよねー。いくらなんでもふたりでキャンプはないっすよねー」
ハハハと笑いながら浦佐はコード類を慣れた手つきで抜いたり挿したりを繰り返す。
コードの配線も終わって、電源をつけるとベッドの上でゴロゴロし始める。
僕に言わせれば朝から男子大学生のひとり暮らし先に押しかける女子高生の図っていうのもなかなかないと思うけど。
そうこうしているうちにテレビ画面にもおどろおどろしいスタート画面に気味が悪いBGMが流れ始める。……血の演出もあるからこれ死人が出るゲームかな。
「いやー、視聴者さんからホラーゲームの実況もしてってリクエストが多くて、とりあえず一本買ったんすよねー。自分、怖いのは平気なんすけど、とりあえずテストプレイくらいはしておきたいと思って」
呑気な調子でコントローラーをいじる浦佐。……もはや僕必要なくないですかそれ。
「まあまあ、そんな顔せずに。夏の怪談っぽくちょっと涼しくなるっすよ」
「このテイストだと怪談というよりかはもはや本当にホラーって感じだけど」
「まー、実在する海外の大量殺人事件をモチーフにしてるらしいっすからねー」
「…………」
「あれ? もしかしてセンパイこういうの苦手っすか?」
「いや。別にそういうわけじゃ……」
「ならどうしたんすか?」
「……浦佐、お前、本当にホラー大丈夫なのか?」
ひとりでやりたくないから僕の家でやる、とかそういうオチはない……よな?
「……ん? 何言ってるんすかセンパイ?」
何事もないように装っているけどそれなら僕の顔見て口を利いてもいいんじゃないでしょうか。コントローラー持つ手が心なしか震えてますよ?
「そ、ソンナワケナイジャナイッスカー」
棒読み過ぎるよ浦佐さん。やっぱりあなたホラーゲームだめなんじゃ……。
「……そう、ならいいんだけどさ、僕ちょっとコンビニに買い物あるから外出ようと思うんだけど、何か欲しいもの」
「ナナナナニイッテルンスカコンビニナンテベツニアトデイイジャナイスカ」
本音を出したな。僕がスーッと立ち上がって部屋から出ようとしただけでベッドから起き上がって僕のシャツの裾を掴んできた。
「……って聞こうと思ったけどそういえば別に今じゃなくてもよかったなあ」
「は、図ったっすねセンパイ」
「素直にひとりじゃできないって言えば良いものを……」
「しっ、仕方ないじゃないっすかっ。こ、子供が背伸びしているって思われたくないっすし」
「……子供はそんなゲーム買わないって」
「ふぇ?」
「はいはい。僕も一緒にいればいいんだろもういいよいるからさっさとやれって」
どうせ僕も浦佐も今日はお休みだし。こいつの行動が基本的に突拍子もないのは知っていることだし。……さすがにこれ以上浦佐の私物を置かせる気はないけど。
「そ、そこまで言うならしょうがないっすねー。もう──って早速人死んでるしいいい」
……あまり騒ぎすぎるなよ。僕が大家さんに怒られるから。
コントローラーをぶん投げてリアクションを取っている浦佐を見てそう思った。
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