第122話 針振り切れ過ぎな人達

「それで、今日はなんて?」

「……どっちつかずでごめんねって。言われました」

 それはまた意味ありげなことを……。言葉だけ聞いてもわからない。


「……八木原君もまあまあ普通に男の子だったみたいで、高校卒業のときに一度だけエッチしないって誘われたんです」

「ぶふぉっ!」


 ……今までの重苦しい空気、雰囲気、流れはどこにいった。おいシリアス仕事しろ。あんにゃろう、優男ですってオーラ出しておいて井野さんと同じ人種か。……いや、男ってそういうものだよね。ごめん。やっぱり何でもない。


「……今までにないリアクションでしたね……八色さん」

「うーん、ごめん。いきなりの展開に頭がついていけなかった。続けて?」

「……まあ、勿論断りましたけど。……そういうことは、ちゃんと好きな人同士でするべきことだと思っているので」


 なんで僕のほうちゃんと向いて言ったの? ねえ、片想いって知っている? 知っているよね知らないはずがないよね? 同士ってことはつまり両想いってことだよね? 理解しているかなあ?


「へ、へーソウナンダー」

「それ以降気まずくなってって流れだったので、私も私で断ったのがまずかったのかなあってモヤモヤすることもありまして……」

「うーん、反省するところそこじゃないと思うよ? 多分一番最初を間違えた時点でかなり苦しいと思うよ?」


 なんでこんな突っ込みまがいの指摘をしないといけないんだ。真面目な話じゃなかったのか? これって。


「……なので、男の人はとりあえずエッチなことが好きって認識で八色さんに色々やったんですけど、八色さんには怒られるしで、そう簡単ではないんですね……」


 ……おい八木原。お前のせいで僕の貞操が奪われかけたんだぞどうしてくれる。何時のTXつくばエクスプレス乗った。つくば行きの終電はまだ余裕であるから住所教えろ今すぐ乗り込んでやる。


「……男は大抵エロいって認識は間違ってないけど、シチュエーションを気にする野郎もまあまあいるってことは覚えておいたほうがいいよ水上さん」

「……そういうものなんですか?」

「そういうものなんです意外と面倒な生き物なんです単純な癖に」

「そうなんですね……へえ……」

 だからどうして僕をまじまじと見つめる。


「実は、浪人期間中ほとんど誰とも関わりを持たなかったんです。せいぜい予備校の先生くらいで、同年代の人とはまったくと言っていいほど話す機会がなくて……」

 うん、まあしばしば聞くね。


「予備校の先生もビジネスライクな感じですし、両親とは浪人したことが申し訳なさすぎて普通に話せませんでしたし……なので、誰かと普通に話したのが八色さんが久し振りだったんです」

 ……あれ、もしかして、僕、とんでもないガチャ当てた? 普段ソシャゲとか一切やらないんだけどさ。


「八木原君の件もあったので……ちょっと傷心気味だったんですけど、やっぱり誰かに優しくされちゃうと嬉しくなっちゃいますね……」

「う、うん……そ、そうだね」

「……もう、八木原君のような思いはしたくないので、自分に正直に過ごすことにしたんです」


 水上さんはそこまで言うと、その場に立ち尽くしている僕の両手をギュッと握っては、

「……大丈夫ですよ? 今度は誰かに流されたりせず、ちゃんと自分の意思で八色さんのこと好きになってますから」


 普通に聞けばまあまあ名シーンになりそうなのに、どうしてギャグっぽく聞こえるんでしょうか。それはまああの愉快な仲間たちの日頃の行いと、もはや犯罪にも手を(やや)染めている水上さんのアブない行動のせいだと思いたいけども。


「……ははは、そっか、そっかあ……へぇ……」

 そのまま僕の耳元に口を近づけて、

「……ちなみに、今日、危険日なんですけど、どうですか?」


 普通に人も通る新宿駅のコンコースで囁いてくれるではないか。……あのー、周りの目線っていうのも少しは気にしてもらっていいですか……? 傍目から見れば、僕らただのバカップルですよ? あ、水上さんはそれでもいいのか。なら悪いのは僕ですね。……理不尽。


「……なんでわざわざその情報を僕に?」

「この間言ったじゃないですか? 来たら教えますよ? って」

 そういえばそうでしたね。忘れたい事実過ぎて記憶から抹消してました。


「大体周期はこのへんなので……」

 ……ねえ、冷静に考えてやばいよね? 女の子の周期把握している男いたら僕だったらドン引きするよ? なんだったらお巡りさん呼ぶよ? 僕は警察のお世話になりたくはないから今聞いたことはすぐに脳内に作ったブラックホールに吸い込ませるので、覚えるつもりはございません。


「あーうんわかったよー。しんどくなったら無理しちゃだめだよー。それじゃ僕は帰るんで、お疲れ様―」

 逃げるように階段を駆け上がる僕。水上さんはそんな僕を追いかけることはせず、例によって余裕を持たせた落ちついた微笑で小さく手を振っている。


 ……それだけ見ればおしとやかで綺麗な女性でポイント高いのに……。振りきれかたが極端なんだよお水上さん……。

 自分の意思で他人に恋をするのはとてもとてもいいことだと思いますよ? でもさ、でもさ、どんなことにも限度があると思うんですよ僕。どこぞの腐女子の性癖しかり、ちびっ子ゲーマーのゲーム愛しかり、二十四歳フリーターしかり。


 自分に正直に生きてどうしてあんな愛が重たくなるのか僕には不思議でたまらないけど、もう適当に名前負けしなかったってオチをつけて思考を放棄させていただきます。


 愛唯って名前、字面だけ見ればなかなかに重たそうだし……。がっつり失礼なこと言っている自覚はあるよ。


 なんかこう、ちょうどいい感じにできないですかね……皆さん。ほどよくボケて、ほどよく突っ込んで、ほどよく笑い、ほどよく面白い日々を送りたいものですよ、まったく。


 たまたまタイミングよく入線した快速に乗り込み、今日も暗い車窓を眺めながら家に帰っていく。つり革につかまってボーっと時間が過ぎるのを待っていると。


いの まどか:あ、あの……八色さん……


 そんなラインが僕のスマホに届いてきた。

 なんだろう、そこはかとなくいい予感はしない。大抵井野さんからラインが来るときはトラブルが起きるときと相場が決まっている。


いの まどか:わ、私のお父さんがまた……

いの まどか:八色さんと会いたがっているというか……


 またかよ。またなのか。お父様僕のこと気に入り過ぎでは? もはや友達レベルになっている気がするのですが。


いの まどか:そろそろ夏休みも終わるし

いの まどか:キャンプ行かない? って言ってまして……


 ……はい? キャンプ?

 スマホの画面に映し出された四文字を見て、電車のなかなのに僕は声をあげそうになってしまった。

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