第118話 安定のボケ祭り

「……ま、まあ浪人期間って色々来るものがあるって、よく聞くし……何かあったとしてもおかしくはないと思うけど……」

 僕も現役で入ったからそこらへんの気持ちはもはや伝聞でしかないんだけどね。けど大学の同級生で浪人した人に聞くと、心理状態は相当なものだったとは聞く。


「……や、やっぱりそういうものですよね……」

 がっくりと肩を落とした八木原君は、再度飲み物に口を含んで、少しの間黙り込んでしまう。


 ……このふたり、何かあったのかな……。まあ、一番想像がつくのは、禍根が残りそうな変な別れかたをした、とか。……でも、それなら今の水上さんなら何らかの行動を取るだろうし、今は全然気にしてはいないだろうし。……心の片隅にはしまい込んでいるんだろうけど。


 外野が茶々を入れる局面でもないし、そっとしておくか。……それに、なんか踏み込んだ話をしているけど、僕と彼はこれがほぼ初対面みたいなものだし。

 あとは、なんか適当に雑談でもして時間を潰そう……。


 なんて思っていると、

「いやあ、意外とよかったっすねー、あの映画」

「……そ、そうだね……公開前は主演に俳優さん使うなって叩かれていたけど、普通に上手かったし……」


「そうっすよねー、しかもラストにあのどんでん返しは予想してなかったっすよ。でも、よくよく見てたらこっそり伏線撒かれてたっすしねー」

 ……どこかで聞き覚えのある声が店内から聞こえてきた。おお、神様。僕はなぜ平穏安穏とした休日を送ることができないんだ。今まで真面目な八木原君と普通の会話をしていたのに。


 ボケのデパートがわざわざ僕のもとに押し売りに来るんだ。夏のクリアランスセールはまだいいでしょ? まだ夏物の在庫処分は先でいいでしょ? そんなに売上が不振なのか? そうなのか?


「……ど、どうかされたんですか? 首をすくめて」

 一応ふたりにバレないように小さくなってはみたけど、大して意味はなかったようだ。逆に小さくなったことで浦佐とばっちり目が合ってしまったというか。これ言ったら怒られそう。


「あっ、太地センパイじゃないっすかー。あれ? 今日はバイトお休みっすよね? なんで新宿に?」

 ほら見ろ。すぐに浦佐が僕に気づいてハンバーガーとポテトとチキンナゲットとジュースを持ってこっちに来たよ。って結構食うんだなおい。


「……って、あれ? お友達ですか? 珍しい、太地センパイがバイト以外の人と一緒にいるなんて」

「その言い草はなんだ。まるで僕が友達いないみたいなもの言いだな」


「え? 違うっすか? いつ家に遊びに行っても大抵太地センパイひとりぼっちっすけど。てっきりぼっちなのかと」

「う、浦佐さん、さすがにそれは失礼なんじゃ……」

 そして、当たり前のように僕らの隣のテーブルに座って、僕らのテーブルとくっつけてくるし。


「それで、こちらの男の人はどちら様っすか?」

「……昨日対応したお客様、で、水上さんと同じ高校の同級生」


「太地センパイ、実は仕事中だったりするっすか……な、何かとんでもないミスをしてそれの謝罪中だったとか」

「ほんとにとことんまで失礼な奴だな。だとしたら僕じゃなくて宮内さんが行くだろうし、ファストフードでやらないでしょ」


「ははは……なかなか個性的なことを言うお友達ですね? こちらのおふたりは?」

 八木原君は浦佐のボケに苦笑いを作りながらそう言う。


「……ば、バイトの後輩です……すみません、色々とあれでして」

 なんで僕が謝っているんだ。僕は浦佐の親かよ。


「うーん、できたらそちらのふたりにもあーちゃんのこと聞きたかったですけど、そろそろ待ち合わせの時間になるので、僕はそろそろこのへんで。今日は付き合っていただいてありがとうございました。これ、今日のお代です」

 八木原君は財布から千円札を一枚出して、僕の手元に置こうとする。


「いやいや、いいよいいよ、そんな悪いし」

 年下の、しかも昨日のお客様に奢らせるわけにはいかない。


「で、でも誘ったのは僕のほうですし」

「全然。これくらいだったらオッケーですって」

「あ、じゃあ自分の分も奢ってくれるっすか? 太地センパイ」


「お前の分は死んでも出さん。いくらしたんだよ」

「千円は超えてるっすよ」

 ファストフード一回とは思えない……。


 僕は千円札を彼の胸元に返して、

「とにかく、気は遣わなくていいから。うん。はい」

 彼の肩をポンポンと叩いて行くように促す。それを見た、これまで大人しくしていた井野さんが顔を真っ赤にして、


「はぅ、こ、今度は八色さんが責めるほうになってます……」

「え、え? 攻めって?」

 八木原君は何のことかさっぱりわからないようで、疑問符を頭上に浮かべたまま僕らのもとを離れていく。


 ……世のなか、知らないほうがいいことも何個かあるんですよ。どうかそのまま綺麗な思考でいてください、八木原君。

「円ちゃん、さすがに出会って数秒の人で想像するのは……あれっすよ」

「すっ、すみません、で、でも、八色さんがあそこまで男性とスキンシップ取るのが珍しくてつい……」


 男性と、って何男性と、って。女性なら取るって言いたいの井野さん。僕はまだ切り札残しているんだからね? その気になったら浦佐に言うこともできるんだからね? そのへん理解している?


 っていうか、結局いつもみたいな感じになっているし……。なんでこうなるの?

「……で、ふたりは? 今日出勤でしょ?」

「アニメ映画を見に行ったんすよ。最近公開された」


 ほんとに仲が良いなあそこのふたりは。浦佐はもういいとして受験勉強はいいのかな。

「まだ時間あるし、色々ゆっくりしていこうってことで、とりあえずお昼を、という流れっす」

 ……うん、まあ流れはわかった。


「で、その浦佐が持っているなんかゲテモノ感が否めない飲み物は?」

 見るからにやばそうな色しているけど……。透明カップから覗く色合いが。

「キャンペーン中のコーラ×メロンソーダのハーフ&ハーフっす。なんか面白そうだなあって思って」


 ファミレスのドリンクバーのノリで作るようなものがどうしてメニューになっているんだよここのファストフード店は。

 とうとう人ではなく企業にまで突っ込みを入れるようになってしまったよ、どうしてくれる。僕の行く先々の企業はボケ体質なのか? もう嫌だそんな世界。


「……で、肝心の味は?」

「まずいっす。あ、そうだ、センパイも飲んでみてくださいっすよー」

 浦佐は無邪気な様子でゲテモノジュースが入ったカップを僕の顔に押しつける。井野さんは井野さんで今言った浦佐の発言に「ひゃう」って発火しているし。

「……絶対に飲みたくない」

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