第116話 あーちゃんの過去バナ (→フォローは121話)

「あー、やっぱりその本今なさそうですね……申し訳ありません」

 ひと通り新書の棚を確認したけど、男性客が見せたものは残念ながら入っていなかった。大抵そうだ。古本屋における在庫確認の七割程度は空振りに終わることが多い。新刊すぎてまだお店に流通してこない、もしくはすぐに売れてしまった。また、逆にそれほど人気がなさ過ぎて、そもそもの量が家庭に流通しておらず、古本としての数量も多くなくそれほど入って来ない。とかが理由にある。


「そうですか……まあ、そんなに有名な本じゃないですからね……後期の授業の教科書なんだけど、どうしようかな……」

 僕が答えると、あごに手をやりそうぼそぼそと呟く男性。ああ、大学生あるある。教科書を絶対新品では買わない。


 今みたいに古本屋で探したり、同じ授業を取った先輩から譲ってもらったりと、方法はまちまちだ。単純にそのほうが安く済むから、というのが大きな理由になるけど、たまーに自著を何冊も買わせて、それの合計金額が五桁を突破するようなブラックな先生もいるから、教科書をいかに安く買うかっていうのは結構重要なテーマになったりする。


「……大学の近所の古本屋とかにはなかった感じですか?」

「そうですねー、もう売れちゃったみたいで。考えることはみんな同じです」

 困ったように笑みを零す彼。どこか子供っぽくはにかむ姿は、むしろ可愛い雰囲気を覚えさせる。最近よく聞く草食系男子って奴か。


 話を戻そう。で、そういう教科書は大学の近所の古本屋に行くと高確率であることが多い。ただ、今回は運がなかったようだ。


「なーるほど……。でしたら、オンラインの倉庫に在庫があるかどうかだけ確認しちゃいますね」

「え、そんなのがあるんですか?」

「ウチの店舗とは全く関係ないんですけど、本社が持っているオンラインストアに在庫があれば、それをここの店舗に取り寄せて販売することは可能ですよ? 通常一五〇〇円以下だとかかる送料もこちら負担で」


「本当ですか?」

「はい。じゃあ調べちゃいますので、レジカウンターのほう行きますね」


 まあ、言った通りの制度だ。あれば取り寄せはできる。大抵オンラインの値は店舗価格より高いことが多いけど、品ぞろえはかなり豊富だ。なんせ、全国各地から売られた本がオンラインに入荷しているから。


 僕は男性を連れて買取カウンターに設置してあるパソコンに向かいあって、件の本を調べる。

「あ、オンラインだとありますね。どうされますか? 取り寄せますと二・三日で店舗に到着しますけど」


「これ、自分で買おうとすると送料がかかっちゃうんですよね?」

「はい。一五〇〇円以下ですと送料がかかっちゃいます。ただ、他にお客様自身で買うものがあって、それもまとめて買って千五百円を超えるようでしたら、お客様自身で買って自宅に届く、ってしたほうが楽だとは思いますよ?」


「なるほど……いや、僕今筑波に住んでいるんで、また東京まで来ると交通費で変わらなくなっちゃうんですよね……。今日は用事があるのでいいんですけど……。そうなったら他の教科書もこっちでまとめて買ったほうがいいのかな」

「そうですね。ただ、注意していただきたいのが、オンラインだと今やっている二十パーセントオフは適用されないってことですね」


 ……筑波? 筑波。へぇ……。いや、やめよう、これ以上考えると学歴コンプに繋がるから。それに、筑波に住んでいるからってそうとは限らないし。


「全然全然。定価より安く買えるなら儲けものなんでそこは。じゃあ、自分で買っちゃうので取り寄せは大丈夫です。すみません、色々と調べていただいて」

「いえいえ」

 こういう店舗の売上に繋がらなくとも、ここのグループの動線に誘導できたなら仕事のひとつになりますから。


「あ、あと……」

 満足そうな顔でお店を去ろうとした間際、彼は少しだけ寂しそうな顔をして、

「……あーちゃん、水上さんによろしく言っておいてください。彼女、高校の同級生だったんで」

 そう呟き、エスカレーターを降りていった。


 ……高校の、同級生ねえ。

「ありがとうございましたー」

 僕はそんな彼の後ろ姿を視界の端に捉えながら、ガタガタに倒れた棚の復旧作業に戻っていった。いつの間にか、水上さんも売り場に戻っていたけど、さっきの一件からどこか調子は悪いみたいで、らしくなくボーっとしていることも多々あった。


 そんな感じで迎えた休憩。夜番では僕と水上さん、小千谷さんと井野さんの組み合わせで休憩に入ったため、僕は水上さんと一緒になった。

 軽食としてコンビニで買ったおにぎりを食べながら、機械的にゼリー飲料を吸っている水上さんの様子を眺める。


「……だ、大丈夫? 水上さん。さっきの人に会ってから様子が変だけど……」

「え、あ、ああ……全然平気ですよ。平気です」


 ……そう言う割には大丈夫に見えないんだけどなあ。普段が普段だから、尚更。休憩被った途端に色々仕掛けるのが通常運転の水上さんだし。こんな萎れているのはそうそう見ない。


「……高校の同級生だって聞いたけど、何かあったの?」

「えっ、は、話したんですか? 八色さんに……」


 すると、都合が悪いことでもあるのか、急にあわあわとし出した水上さんはゼリーから口を離して忙しなく視線をあちらこちらへと遊ばせる。


「い、いや……同級生ってだけ……あとは何も……」

「そ、そうですか……。で、でも別に隠す理由もありませんか……」

 彼女は意を決すると、一気に残ったゼリーを吸い切っては、空になった容器をゴミ箱に捨て、僕と向かい合う。


「……彼、元カレ……なんです」

「……へぇ」

 今日何度目のへぇだろうか。他にもリアクションあるだろうけどさ。


「あっ、も、元カレって言っても、高三の夏から一年くらい付き合っただけで、キスもエッチもしてませんからっ。そこは八色さんのために取っておいているので」

 ……別にその情報はいらなかったし、昔の男との性事情を話さなくても。なんか気まずいじゃん……。


「そ、そう……へぇ」

「……ちゃんとまだ処女膜あるんで確認しますか? トイレ行って。八色さんに破ってもらうの待っているんですよ……?」

「いいよ別にそこまでしなくても信じるからええ」

 なんでそういう発想に至るんだよやっぱり怖いよ水上さん。


「……私が浪人している間に、振られちゃったんです。さすがに、浪人した私と現役で入った彼とじゃ、色々噛みあわないことも増えて、それで……」

「まあ大体わかったからもういいよ。あまり思い出したくない話なんでしょ? ごめんね聞いて」

「……そ、そんなこと」


「それは顔色よくさせてから言ってください。さっきからずーっとなんか青いよ。仕事中でもボーっとしていたし、らしくない。無理しなくてもいいから、とりあえず落ち着きな」

「や、八色さん……」


 どうしてそこでうっとりした目を僕に向けるんだ。仕事だよ仕事のためだよ。

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