第114話 お気持ちでございます
それからというもの、おびただしい量の写真が今日交換した塩沢さんのラインから届いてきた。
カアッと顔を真っ赤にした井野さんがアニメか何かで見るような派手な制服を着たものだったり、浦佐が男子小学生の格好をさせられていたり。女子高生が女子高生のコスプレをするってなかなかな状況だけど。
他にも定番のナースだったり警察官だったりと、どこかのディスカウントショップにも売っていそうなものも。……にしてもデカい注射器に、なんか使い込まれている感がする手錠ですね。ちなみにどっちも井野さんがやった。……浦佐がやると犯罪臭がプンプンするからね。浦佐は男子小学生、学ランとかどっちかと言うと男装メインで写真を撮られていた。
「……ふたりともなんか悟り開いてないか? 諦めの境地に入っている」
抵抗することを諦めたふたりの高校生は、その後もハイテンションな塩沢さんの撮影に付き合わされ続け、写真の送信が終わったのは朝の六時を回った頃だった。
ちなみに、僕が一番写真を見て吹きかけたのは、某東の名探偵のコスプレをした浦佐に顎クイをしている、これまた西の某名探偵の格好の井野さんのツーショット。ちゃんとメイクまでしているからもうガチだ。服も……自作? 全然安っぽい感じがしないし。
身長差が身長差だからなんというか……結構それっぽく見えてしまう。
……塩沢さん、何者。
翌日。シフトはまったく同じセットだった。僕がお店に入ると、もう既に井野さんと浦佐はスタッフルームにいて、ゲッソリとした顔色でテーブルにふたりして突っ伏していた。
「……お、お疲れ様……」
「ああー、お疲れ様っすー、太地センパイ……」
辛うじて浦佐が顔を捻って僕のほうを向いてそう言うけど、井野さんに関してはびくともしない。よほど昨日のことが堪えたのだろうか。
僕はロッカーに荷物を置きながら、
「……ちなみに、何時に家帰ったの?」
「ふぇぇ? 八時っすよー。その後倒れ込むように眠ってお風呂入ってすぐお店来たっす……」
おう、なんていうハードスケジュール。
「しっかし、昨日のお姉さん、円ちゃんの知り合いなんでしょうっすけど、とんでもない設備持ってたっすよ……。家に入るなりすぐにコスプレ部屋みたいなところに入れさせられて……うう、思い出しただけで寒気がするっす」
わかったよ、もうこれ以上は掘り下げないでおいてやるよ。…………。
「ひぃ……も、もう写真、写真だけは……ひゃぅぅん……」
さながら悪夢にうなされているリアクションの井野さんを見ても、もうこのネタは封印したほうがいいかもしれない。ま、写真はきっちり取っておくけど。もしかするとおもらしより強烈な弱みになったかもしれないし。
これで少しは大人しくなってくれるでしょう……。っていうか大人しくなってくれ。これ以上何かするといい加減僕が悪役っぽい感じになるから。
その日の井野さんにとって「写真」「コスプレ」「カメラ」はNGワードみたいで、それに類する単語を耳にするだけでその場にしゃがみ込んでしまう有り様。コスプレはともかく写真は「写真集」っていう業務上使う用語があるわけだし、問い合わせもまあまあある。カメラもしばしば。コスプレは、まあ新宿じゃあまり聞かないかな……。
井野さんを売り場に出すと何が起こるかわからないので、休憩後はソフト加工場に幽閉して外界との接触を完全に遮断させた。……井野さんはソフト加工それほど得意なわけじゃないし、なんなら劇遅なんだけど。……井野さんが一本加工する間に浦佐はきっと五本加工する。それくらいの差だ。けどやむを得ない。代わりに比較的まともな状態の浦佐に補充に出てもらった。
僕は僕でカウンターに籠って、なぜかそれほど進んでいない加工をひとりでひたすら黙々と進めていた。どうせ小千谷さんがフロコンの日に大して進まなかったとかそんなところだろう。
なんて調子で仕事をしていると、カウンターにひとりの佇まいが上品な男性が近づいてきた。
「いらっしゃいま……せ……」
加工スペースからレジに入ろうとして視線をしっかりその初老の男性に向けると、僕は言葉を途中で止めてしまった。
「ぬ、沼田さん……」
「先日のお礼を八色様に差し上げに参りました。あと、それだけでは申し訳ないので本も一冊」
私服なのか、普段とはギャップが激しい陽気なアロハシャツを着ている。だからぱっと見沼田さんってわからなかった。
「あ、ありがとうございます、さ、三百六十円です」
さらに、一緒に置かれた先日のお礼というものを見てみると、クオカード一万円分が封入されていた。
「え、え? い、一万円も? さっ、さすがにそれは多すぎですって、受け取れません」
「ですが、これでも少ないのではないか、という声も上がりまして……。五万円分くらい包んでもいいのではないかと」
「ごっ、ごまんって」
……僕の月収の何割だよ……。半分に近いのでは?
「まずお嬢様がお見合いを破談にした分、箱根までの往復の交通費、先日小千谷様のシフトを代わっていただいたお礼、その他お気持ちなどで、五万円分でございます」
つ、津久田家のお気持ち……。
「八色様が言えば恐らく十万でも二十万でも出すと思いますよ? それくらい旦那様は申し訳なく思っているようでございます。本来は直接出向くべきとも理解されているのでしょうが、何分御多忙なゆえ、こうして私が使いとして出向いたわけでございます」
「……い、いえ。一万円でいいです。はい」
水上さんとは別のベクトルで怖い。これは……あまり調子に乗ったこと言うと後で痛い目見るパターンだから、素直に受け取っておこう。
「ち、ちなみに……小千谷さんは、あれから」
「小千谷様でしたら、佳織お嬢様に局部を何度も強打されたことで気絶してしまいまして、現在は津久田家の施設で安静にしております。数日もすればよくなると当家に所属する医師の先生もおっしゃっていますので」
……やはりオチはそっちか。あと、家にお抱えのお医者さんもいるのかい津久田家。
「な、ならいいんです……はい」
医者に見られるほど痛い目にあった小千谷さん……いや、本当にいい薬になったと思うので、これを機に少しはまともになってください。
「クレジットカードは大丈夫でしょうか?」
あ、はい支払いですね。……って、ぶ、ブラックカード。さすがです……。
「は、はい。一括でよろしいでしょうか?」
「ええ」
沼田さんからカードを受け取って、端末に挿入する。
「サインでよろしいでしょうか?」
「わかりました。ではそのまま実行キーを押してください」
「かしこまりました」
……店員の僕よりも丁寧な言葉遣いでなんか居心地が悪いよ……。いや、同じくらいの敬語で話し合うのはいいんだけど、お客さんのほうが丁寧だと逆に緊張してしまう。
「で、ではカードと控えと、レシートです。あとこちらにご署名をお願いします」
……一万円分のクオカードを置いていき、沼田さんは文庫本一冊を手にしてお店を後にした。
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