第112話 頑張りますよ(色々)

「え、えっと……助かるは助かるけど……さすがにそれは悪いというか」

 どのしろあまりいい予感はしないのでやんわりと断ろうとする。けど、


「……いえ、結局明日の朝までにこのバイク返さないといけないので。私も東京戻らないといけないんです」

 あ、これレンタルなのね。確かに、この間家行ったとき駐車場なんてないアパートだったし、駐車場って結構月にお金吸われるから学生で持つのはしんどいものがあるし。


 ……最近のレンタカーって、借りた店で返さなくてもいいっていうのがトレンドじゃなかったっけ? 乗り捨てオッケーみたいな。バイクは知らないけど。

 いや、まあ……水上さんも家帰らないといけないのは変わりないから同じか……。


「ほら、それに……水上さんさっき東京からここまで運転してきたんでしょ? ちょっと休んだほうがいいんじゃ。僕はタクシーで帰るよ。小千谷さんの名前で領収書切るし」

 あの処女発言に対してはこれくらいやってもいいだろう。箱根から東京までタクシーだといくら飛ぶんだろう。五桁は軽くいきそうだけど……。それに深夜だし。


「気にしなくてもいいんですよ? 私も久しぶりに運転できて楽しいですし、ひとりで夜道を長々と走るのも寂しいものがあるんで」

 ……電車で移動とかそういうのとわけが違うからね。ひとりで運転し続けるのはまあ辛いものがあるだろう。仕事とかじゃあるまいし。


 ただ、ただね? もうぶっちゃけると、水上さんじゃなかったらこの時点で「じゃあお言葉に甘えて」で後ろに乗っけてもらうよ。水上さんなんだよ。運転手が。

 絶対に何か起きるでしょ。何も起きないなんてはずがない。

 トラブルが起きるのに百万円賭けてもいい。オッズが一倍ちょいでもだ。


「はい、どうぞ、ヘルメットですよ?」

 そうこう悩んでいるうちに、水上さんは微笑を崩さないまま僕にもうひとつのヘルメットを手渡してくる。


「え? あっ……ああ……」

 うわあ、早速退路塞いできたよ……。顔は笑っているけどヘルメット持つ手はやけに力入ってますね水上さん。


「……それとも、私が運転するバイクじゃご不満ですか……?」

 おう……これ言われたらもう駄目だよ。もう乗るしかなくなるよ。


「いっ、いや、そ、そんなことはないよ」

 もうどうにでもなれと開き直って、僕は水上さんの後ろに座ってバイクに乗車する。


「……そういえば、荷物はどうされるんですか? 手ぶらでここにいらしてましたけど」

「……小千谷さんに持ってきてもらうか、送ってもらうよ。それくらいはいいでしょ……多分」

 僕を家に送る手間の代わりみたいなものだ。


「そうですか。でしたら出しちゃうので、体に掴まってください」

「……座席に手すりあるんだけどそこじゃ」

「バイクのふたり乗りと言えば……じゃないですか?」

 はい、わかりました。僕に選択権はないんですね。渋々僕は両手を水上さんのお腹に回してしっかりと掴まる。


「……別にもう少し上でもいいんですよ?」

「水上さんはいいかもしれないけど多分僕が警察に捕まるから駄目」

 誰が公道で胸触りながら運転手に掴まるんだよ。


「……わかりました。私もさすがに手もとが狂うかもしれないので」

 手もとの心配をできるくらい余裕があるんなら大丈夫だと思いますよ?

 そうして水上さんはバイクを動かし始めて、ゆっくりと車道に入り東京へと走りだした。


 深夜帯ということもあって、ほとんど車は走っていなかった。誰もいない車道をバイクで疾走するのはなかなかに快適で、しかもとっているルートが正月の箱根駅伝のコースなので見覚えがあるもので、それはそれでまた一興だった。平塚あたりの海沿いとか凄そうだな……。


 箱根を降りてとりあえず小田原を通過。時折適当な雑談も交えつつ、ひたすら東へと進み続ける。

「……津久田さんとは、何もしていないんですよね?」

「あの状況で何かするような度胸ないって……」

 お父さん的には歓迎だったのかもしれないけどさ。


「一応の確認です。万が一ということもあるので」

「そ、そうですか……」

「……四人、子供欲しいんですか? 八色さん」

 交通量がほとんどない国道、きちんと法定速度を守って進むバイクの上で、水上さんはふと僕に尋ねた。


「……いや、それどうやって聞いたの」

「企業秘密です。で、四人欲しいんですか? 八色さん……ちょっと大変かもしれませんけど、私、頑張って産みますので、歓迎ですよ?」

「……その僕が四人欲しいって前提で話を進めるの止めてもらっていいですか? 別に僕はそんなに欲しいってわけじゃ……」


「むしろ子供作らずにずーっとエッチし続けるんですか? それも大変かもしれませんね……」

「だからなんでそういう思考に至るんだよ。それならひとりは欲しいよ僕」

 知らないけど。一般的な夫婦が週にどれくらいするのかなんて僕は知らないけど。


「……なるほど、八色さんはやっぱり子供は欲しい、と……」

 やべ、なんか知らないけどうまいこと言質取られた。沼田さんも策士だけど水上さんも水上さんだな。


 赤信号に引っかかったので、バイクはゆっくりと停止した。それにあわせて水上さんはくるっと僕のほうを振り返って言う。

「とりあえず、危険日になったらそれとなくお伝えしておきますね? ……八色さん」


「なんで僕が水上さんと子供作ることになっているのおかしくない?」

「……違うんですか?」

 怖いよほんとに怖い。逆に違わないことってありえるんですか?


「あと……なんでちょっと声が湿って表情が蕩けてるのかな」

 視界の端で横の青信号が点滅し始める。そろそろ赤信号も終わる。

「……や、八色さんにきつく抱きつかれていると思うと……ちょっと興奮しちゃいまして……」


 ポッと軽く顔を赤く染めて、水上さんはもぞもぞと両足を動かしてそう呟いた。

 あ、だめだこれ。放置するとそのうち事故るぞ。


「うんわかったやっぱりちょっと休憩しようか水上さん。それがいいようんきっと」

「休憩ですか? ……そこのホテルとか私いいんじゃないかなって思うんですけど……」


「うーん、国道だから走っていればそのうちコンビニとかあるよね? そこでちょっと飲み物でも買おうか、いや、買いたいなあ僕」

 まずいまずい。隙を見てはすぐ僕を「休憩」に誘おうとする。油断ならないったらありゃしない。


「……わかりました。では適当にコンビニに入って休憩しましょうか。お手洗い行きたくなってきましたし」

 ふう……。ひとまずなんとかなりそうだ。


 その後、近くにあったコンビニに入って、軽く目が覚める微炭酸の飲み物を購入し、一服した。……飲み物と一緒にちゃっかり水上さん、ゴムを買わせようとしていたけど、そっと棚に僕は戻しておいた。……当分それを使う機会はないと思うので結構です。


 休憩も挟んでからも、色々危ない会話はしたけど、とりあえず無事に僕らは東京に無事故でたどり着いた。

 ……生きてるって素晴らしいですね。

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