第107話 一種の役員面接
出だしこそ衝撃のあまり普段僕らに使うフランクな口調が出てしまった津久田さんだったけど、少しすれば、育ちのいい丁寧な言葉遣いに戻った。
まあ、それでも気まずそうな雰囲気は拭えなかったけど。
双方の親も交えてまずまず会話が弾む。……というか、大企業の社長を前にしても平然としていられる僕の母親の図太さ……。そりゃあ、包丁握っているときは父親も震え上がるわ。
僕は正直もういっぱいいっぱい。水上砲のケアをするだけであとは何もできません。何も頭が回らない。
いや、こんなの最終面接と何が違うの? 役員面接って意味ではまさにそれですよ? 社長直々に、って意味ではまああれかもしれないけど。
「そういえば、佳織と八色君はもう彼のバイト先で知り合っていたと言っていたが、どれくらいなんだ?」
かれこれ数時間くらい話してからのこと。テーブルを囲んでいる四人のなかで、唯一僕と津久田さんがバイト先で知り合っていることを聞いてなかった社長……お父さんがそう尋ねた。
「え、えっと……」
僕は答えに窮してしまう。……だって、ねえ。
普段からラインでやり取りをする仲ではあるけど、その内容のほとんどは僕の小千谷さんに対する制裁の外注だ。あとせいぜい小千谷さんのシフトの確認が来たりとか、そのくらい。別にそんなに特別仲が良いっていうわけではないのが事実だ。
……とは言えないよなあ。特にこの場で小千谷さんの名前を出すのは憚られるし。
「八色君は人の話を聞くのが上手なので、私もしばしばお店で時間が空いたときに話相手になってもらっています。結構何かたくさん話してしまうような雰囲気は持っているんですよ?」
さすが津久田さんというか……。激戦をくぐり抜けてきただけはある。どっちかというと津久田さんのほうが話を聞いているイメージがあるけど、うまいこと小千谷さんのことを伏せつつさらに僕のことを持ち上げる回答。誤魔化しかたとしては最高だ。
「なるほど。ちなみに八色君はそこのバイトでどれくらい働いているのかな?」
「こ、今年で四年目です」
「ほう、それはもうバイトのなかではベテランと言ってもいい年数だろう。さぞ周りからは頼られていることだろうね」
お父さんはその瞬間、好々爺と言わんばかりに柔らかい表情を僕に向けてそう言う。……こういうところは津久田さんの親だなあって思ったりする。
「いっ、いえそんなことは──」
褒められたら謙遜。とりあえずこういう場ではそれに限る。右手を顔の前で横に振って、否定の言葉を並べようとしたけど、しかしそれは別の人によって遮られた。
「旦那様のおっしゃる通りでございます」
「沼田……珍しいじゃないか、急に話に参加してくるなんて」
テーブルを囲んでいるのは僕ら四人だけだけど、部屋にはもうひとり、執事らしき男性がついていた。津久田さんのお父さんとほぼ同年代くらいだ。
その沼田さんという執事の人は、なくなりかけていたお茶菓子の補充分を両手に持ってテーブルに差し出しつつ、
「先日、私の息子があるお店でゲーム機を買ったそうなのですが、それが動かなかったようなのです。その際、対応を求める電話をかけると、最初は色々しどろもどろだったそうなのですが、担当するスタッフさんが代わってからもの凄く丁寧な接客をしていただいたようで、息子も感心しておりました。店に行けなかったのに交換対応までしてもらった、と」
ゆっくりと話して、空いた両手を体の前に合わせる。
……ん? なんか、そのエピソード前にどこかで聞いたことあるような気がするなあ。……あ。
「ほう? それで?」
「息子に聞くに、そのお店は普段佳織お嬢様が足繁く通っていらっしゃる中古店のようで、その代わった担当スタッフさんのお名前は、八色さんと名乗ったと申し上げておりました」
そういえば、そのときのお客さんの名前、沼田だったなあ……。えらく口振りが丁寧かと思ったら……なるほど、執事の家系ならそういう口調になってもおかしくない。
……っていうか。自分の接客をこんな形で褒められるのは正直かなり恥ずかしい……。接客業って、言ってみればお客さんとの一期一会なわけで(常連さんとかまあそういうのもあるけど)。僕だけの感覚かもしれないけど、こういう特別記憶に残るような対応をしたお客さんと二度会うとなんか気恥ずかしい。
それが、まさかこのお見合いの席で出てくるなんて……。っていうか津久田家の執事一家も中古店来るのかい。庶民派売り出し過ぎでは……?
「それから佳織お嬢様のお見合いの相手が八色様というお名前の方に決まったとお聞きしてからは、こうしてお目にかかるのを楽しみにしておりました」
「ほほう、沼田の息子と沼田にそこまで言わしめるとは、なかなかじゃないか」
……さらに期待の目をお父さんがされているんですが、どうしろと? あれに関してはただ普通に仕事をしただけなのにどうしろと? なんで仕事の報いがこういう形で出るんだよう……。
「……旦那様、そろそろ……」
流れのなかで沼田さんはお父さんにそっと耳打ちをして何かを打ち合わせる。
「ああ、そうだな。では、あまり我々が長居をするのも場違いだろうから、ここらへんであとは若いふたりに任せるとしよう。ここの部屋は明日のチェックアウトの時間まで確保しているから、好きなようにしてくれて構わない。佳織も、明日までは完全に予定を空けているから、いいね?」
お父さんはどっしりと据えていた腰を上げ、僕と津久田さんにそう言う。
「では、お母様もご一緒に。折角ですからここの旅館で食事でもいかがでしょうか。わざわざここまで足を運んでいただいたお礼といたしまして、お代はこちらで持ちますので」
「いえいえそんな、申し訳ないですー」
……そう言いながら嬉々としてあなたも座布団から立ち上がりましたね?
「えっ、お、お父様……? ど、どういうことですか……?」
津久田さんは困惑の表情で今にも部屋を出ようとしている親ふたり執事さんひとりを見て聞く。
「……佳織。そろそろ二十五歳だろう? もう身を固めてもいい時期だと思うんだ。佳織が選ぶ相手なら、私は基本的に口は出さない。あとは……わかるだろう?」
また再び優しい笑みを浮かべて、お父さんは僕の母親を引き連れて部屋を後にした。最後まで残った執事の沼田さんも、
「旦那様はこの後予定がございますので、数時間もするとこちらの旅館を出発されますが、私どもは佳織お嬢様と八色様につくよう指示を頂いておりますので、旅館のなかにおります。何か用事がございましたら、何なりとお申しつけください。では、失礼致します」
それだけ言い残して美しい所作で出ていった。……頭を下げる角度といい速度といい、歩く様といい綺麗すぎる……。なんて人なんだ。
そして、僕と津久田さんのふたりだけが部屋に取り残された。
「……ご、ごめんね? 色々と巻き込んじゃって……」
もう僕しかいないので、いつも通りの軽い口調に戻った津久田さん。正座するのも疲れたーというように足を崩し始めた。……僕も痺れてます。足攣りそう。
「いっ、いえ……。これに関して一番悪いのは多分僕の父親なんで」
私怨混じりに僕を売ったあのドタコン父親がもうギルティだ。
「……で、でも……どうしようか……これ……」
吐息混じりのため息とともに、津久田さんはテーブルに肘をついて頭を抱える。……うん、どうしましょうね……この状況。
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